第55話 筋愛の大切さ

「わかった。次回から気をつける」


 サトウリアス男爵、妙に素直な返答だ。この辺が何か場にそぐわなくて奇妙に感じる。


「さて、気を取り直してもう一度。第一筋士団きしだん王都トリプトファン警備隊長、サトウリアス男爵である。スグル・オリバ及びその一行に告ぐ。第一筋士団きしだん長デルトイド公爵から逮捕状が出ている。


 被疑者スグル・セルジオ・オリバは5月20日15時35分ころ、トリプトファン特別区ザバス町1丁目3番先路上において、街頭警備活動に従事中の第一筋士団きしだん十卒長ケーリー・ギャレットに対し暴行を加えて気絶させ、職務の執行を妨害させた。

 この件によりビルダー帝国刑法第95条、公務執行妨害罪の被疑者として逮捕する」


 リサ、苦笑に見える笑みを浮かべた。


「ええ、それが正式な逮捕の宣言です。ただし雑な令状ですね。隠蔽スキルを使用して襲撃してきたケーリーが街頭警備中とは片腹痛いです。

 逆に言うと公爵自身が教団と手を結んで不法行為をしている、という事を認めたようなものでしょう。それだけ雑な逮捕状をデルトイド公爵自身が発したという事は。


 さてキヨシ、どうしますか。私は当然こんないい加減で雑な逮捕状を認めません。もしキヨシがここで自らの間違いを顧みればそれでよし、さもなくば私の筋肉にて間違いを正させていただきます」


「我は第一筋士団きしだん王都トリプトファン警備隊長、サトウリアス男爵。ならば私も筋肉でもって法を通させて貰おう」


 キヨシことサトウリアス男爵、真面目くさった顔でそう返答。

 これでようやく戦いになるようだ。


「では参る」


 サトウリアス男爵がそう宣言。次の瞬間、俺は反射的にフロントリラックスのポーズをとってしまった。ヤバい程の筋配けはい、いや筋愛きあいを感じたからだ。


 サトウリアス男爵はただ歩いているだけだ。それで自然に筋配けはいが流れ出ている。

 ただその筋愛きあい、圧倒的な量というか大きさだ。体格や筋肉のデカさがあいまってまさに巨人の行進というような迫力がある。


 一方でリサの方は筋愛きあい筋配けはいも通常と変わらない。ただ左足を半歩前に出し、軽く膝を曲げ、いつでも動ける姿勢をとっただけに見える。


 パンツにマント姿、筋肉ムキムキの筋肉男爵とメイド服姿のリサ。その間合いが5m程度まで近づいた。

 サトウリアス男爵は立ち止まり、左前の半身に近い姿勢を一瞬とった後。


 一段と強烈な筋配けはいが放たれた。足取りを感じさせない滑らかさと速度でサトウリアス男爵がリサに接近。


「黄金の右!」


 男爵の右ストレートがリサに迫る。

 リサはまだ動かない。サトウリアス男爵の右ストレートがリサに届くかという瞬間。

 

 リサがふっと前に出た。さらっと拳を払うように右手を動かす。瞬間放たれた筋愛きあいはサトウリアス男爵以上。


 バン! 


 巨大な何かを叩きつけたような音が響いた。サトウリアス男爵の身体が上方にブレる。巨体がリサと交錯し、そのままリサの左側方へと弾き飛んだ。


 リサがサトウリアス男爵の方へと向き直る。


「以前より筋力も筋愛きあいも大きくはなっています。ですが筋愛きあいを全然使いこなしていません」


 飛ばされて転がったサトウリアス男爵はすぐに立ち上がって構えた。今度は左半身の構えのまま、じりじりとリサに近づく。


「今度は私から行きましょう」


 リサが膝を曲げ、低い姿勢のまますっと前に出た。サトウリアス男爵は膝と腰を曲げて高さを合わせ、迎撃しようと右ストレートを放つ。


 今度はリサも拳だ。後方からごく自然に伸ばしているような動きで右拳を前に突き出す。

 拳がお互いの正面でぶつかった。先ほどと同じバン! という轟音。


 サトウリアス男爵がやや姿勢を崩して2歩ほど下がった。リサも軽く後方へ飛ぶ。

 間合いが10m位まで開いたところで2人とも構え直した。


「相手が圧倒的な筋力を持っている場合でも筋愛きあいの使い方次第でこうやって対等に持ち込めます。勿論相手も同等に筋愛きあいを使える場合は別ですが」


 リサは俺にそう解説。余裕という感じだ。今のもわざと同等程度に力を合わせたのではないかという気すらする。


 一方サトウリアス男爵、何故か笑い出した。


「ははははは、流石リサだ。強い!

 ならばこっちも最近覚えた本気マジで全力の最強技で立ち向かわせて貰おう」


 サトウリアス男爵が先ほどまでと少し違う形で構えた。先ほどまでは左半身、今回はそれよりもっと身体全体が正面を向いている形だ。


「いいでしょう。何でもどうぞ」


「では参る。千拳抜遠せんけんばっとう!」


 間合いはそのままにサトウリアス男爵はパンチを放つ。一発では無い。何発も何発も連射する形だ。


 バキバキバキ! リサの背後の雑木が弾けるように崩壊。

 俺は気づいた。シュウヘのテッポウと同じだ。サトウリアス男爵、筋力と筋愛きあいで空気を圧縮し打ち出す技を放っている。


 ただリサに動じた様子はない。ごく最小限の動きで躱している。見た目には柳が揺らぐようにゆっくりとした動きだ。


「鍛えればこのように通常の間合い以上に飛ぶ技も使えるようになります。威力もこういった技としてはかなり強力です。キヨシにしては良く出来たでしょう。

 しかしまだまだ連射速度が甘いです。それに空気を使う技は慣れてさえいれば避けるのは難しくありません」


 確かに理屈ではわかる。俺もシュウヘの百烈張り手やテッポウを避ける事が可能だった。

 しかし今サトウリアス男爵が出しているパンチ、結構速い連射速度のように感じる。少なくとも避けるのは難しくない、なんて事が言えない程度には。


 俺なら全力で横方向へ避けてそのまま距離を取るだろう。そうしないと避けるのは無理だ。

 しかしまあリサの事だ。俺と同じと考えない方がいいのだろう。多分、きっと。


「そろそろ決めさせていただきます」


 言葉とともにリサの姿が消えた。いや、姿勢を低くして一気に前進しただけ。しかし速過ぎて目に馴染まない。だから結果的に消えたように見えるだけだ。


 ドン! 強烈な音が響いた。サトウリアス男爵の動きが止まる。リサの拳がみぞおちに決まっていた。

 

「カ・ハグァア……」


「終わりです」


 前傾姿勢になったサトウリアス男爵の後ろ首筋にリサの手刀が決まる。

 サトウリアス男爵、ゆっくりと右側方へと倒れた。


「一応同期のようなものなので力加減はしました。障害は残らないでしょう。

 さて、これで戦闘における筋愛きあいの使い方の重要性について、お坊ちゃまも理解できたかと思います」


 何というか……

 確かに理解は出来た。けれどコメントに困る状態だ。リサの強さが圧倒的すぎて洒落にならない。

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