第50話 確保成功

 そろそろ頃合いだ。何度も攻撃してきているし、言い逃れは出来ないだろう。それに逃げられるという選択肢を塞ぐ必要がある。

 だから俺はサダハルに告げた。


「サダハル君、もういいでしょう。正体を明かしてやっても」


「わかった。ケリー先生、声も筋配けはいも変えているのは見事です。ですがわかってしまうんです。僕やスグルには」


 はっ、動揺したかのようにケリー先生が動きを止めた。

 その一瞬にミトさんが動いた。俺とサダハルに注意を向けた状態のケリー先生の背後へ飛び込む。


 ミトさんは先生の尻側に体当たりをするようにぶつかった後、バックドロップにも似た形で背後へと投げ飛ばした。いや、頭から石畳へと叩きつけた。


 流石に鍛えた頑丈なビルダー帝国筋士きしでもこれは厳しい。実際頭から思い切り出血しはじめている。石畳に血が流れ出ているから。

 それでも意識はあるようだ。立ち上ろうと手足で路面を掴もうともがく。

 しかし終わりだ。俺は近づいて手刀を叩き込んだ。


「アイス・ティー!」


 お約束の気絶撃一発。決まった。ちょい服が血で汚れたけれど、先生はぐったり動かなくなった。

 俺は仰向きに先生を寝せてマスクを外す。化粧を落としているがよく見ると間違いない。ケリー先生だ。


「本当にケリー先生だったんだ……」


「同意。筋配けはいも声も違った」


「そうですね。それでこれからどうしましょうか? 筋士団きしだんに任せるのは危ない気がするのですけれど」


 ミトさんの心配はもっともだ。しかし問題ない。


「僕の方で何とかします。リサ、頼みます」


 絶対近くにいる筈だ。だから俺はあえて普通の声でリサを呼んだ。


「何でしょうか、スグル様」


 予想通りリサが出現。それも俺達から5mも離れていない場所にだ。今まで筋配けはいすら全く感じなかった場所に突如出現したとしか思えない状態で。


 でもまあ、リサならこんなものだろう。だから俺は特に気にせずに尋ねる。


「今の戦闘を他に目撃していた者はいますか?」


「いいえ。ケーリーはこの場所で襲撃するつもりで外向きの進入忌避装置を前後の交差点に置いていました。防音装置、筋配けはい妨害装置も配置して他からの出入りや観察が出来ないようにしています。

 ですからここにいる5名と私、ケーリー以外にこの戦いに気づいた者はいない。断言します」


 ケリー先生、そこまで用意していたのか。俺達から相談を受けた後、ダッシュで先回りして。

 案外まめな性格だったのかもしれない。だからこそあれだけ完璧な偽装が出来ていたのだろうけれど。


 あとどうやらリサ、他人の前ではお坊ちゃまではなくスグル様と呼んでくれる様だ。こんな場だけれどその事にほっとする。


「それにしても今の戦闘は見事でした。特に勝負を決めたケーリーへの攻撃、飛び込んだ速度、タイミング、技の形どれも素晴らしかったと思います。

 さて、私を呼んだ理由は何でしょうか?」


 今の言葉はミトさんが決めたバックドロップもどきに対してだろう。確かに凄かったなと思いつつ、俺はお願いを口にする。


「先生を家の第3客間に運んでください。ただし気絶させたままか、最低でも身動きがとれない状態でお願いします」


「わかりました。あとこちらの片付けは私の方で行いましょう。ですから皆様はそのまま予定通りに」


 リサはケリー先生の出血場所にパウダーを振りかける。更には血の跡を何処からか取りだしたボトルで流したりなんて事も。

 いずれにせよ任せておけば問題ないだろう。だから俺は皆に言う。


「それでは予定通り行きましょう。出来れば服を洗いたいですから」


 血がついた部分は流しておきたい。そしてサダハルの家はもうすぐそこだ。

 歩き始めると皆、ついてくる。


「今の方はどなたですか? スグル君の知り合いのようですけれど」


「家のメイドです。小さい時から面倒を見て貰っています」


 これは事実だ。そしてそれ以上の事は俺も知らない。


「突然出現したように見えたけれど」


「隠蔽を使って僕を警護してくれていたんです。狙われているのはわかっていましたから」


「それってメイドの仕事じゃないよね」


「リサは特別です。並の筋士きしより強いですから」


 そう、特別にして例外だ。並の筋士きしどころか筋肉貴族級の実力がある気がする。何故そんな人がメイドをやっているのか、むしろ俺の方が知りたいくらいだ。

 そう思った時、ミトさんが呟くように言った。


「リサさんという名前なのですね。でしたらひょっとしてリサさんとはリサ・クロスさんでしょうか。かつて弱冠15歳で上級筋士きしになり、筋肉貴族に最も近い女性と言われた」


 えっ!? 何だって!

 そう言われても俺にはわからないんだ。そう思いつつ説明する。


「僕付きのメイドになったのは3年くらい前です。確かにそれまでは筋士きしをやっていたと言っていました。

 でもそれ以上は僕は知らないのです。リサも父も母も教えてくれませんでした」


 ミトさんは頷く。


「なら間違いないと思います。リサ・クロス上級筋士きし筋士団きしだんを辞したのがそれくらいだと聞いていますから」


 何故ミトさんは知っているんだろう。あとリサについて、他に何を知っているんだろう。


「リサは何故筋士団きしだんを辞めたのか、ミトさんは知っていますか?」


「元々は第一筋士団きしだんにいた事。上級筋士きしに昇任した際に希望して第三筋士団きしだんへ異動した事。

 そして814年にあった悪魔カタボリック襲撃事案の後、筋士団きしだんを去った事。

 私が知っているのはこのくらいです。具体的な理由は私も知りません」


 814年の悪魔カタボリック襲撃事案は知っている。ロイシンの西南西、スパイン山脈沿いのステルム地方が多数の悪魔カタボリックに襲われた事案だ。きっとその事案で何かあったのだろう。


 ただリサにそのことを直接聞くのはまずい気がする。これについてもやはり図書館あたりで調べるのがいいだろう。


「ところでケリー先生をスグル君の家に連れて行ってどうするつもり? 拷問とかは法律で禁止されているよね」


 勿論そうだ。しかし問題ない。


「身体に苦痛とか傷害とかを与えるような事はしません。ただ話を聞いて、そしてしかるべき筋を通して筋士団きしだんに引き渡すだけです。


 勿論筋士団きしだん内部にもツィーグラー派の残党はいるでしょう。ケリー先生も第一筋士団きしだんから派遣されていたようですし。

 ただその辺はリサ経由の伝手があります。だから心配はしなくて大丈夫です」 


 そう、苦痛を伴うような拷問をするつもりはない。おそらく多分きっとそれよりは人道的な方法だ。ビルダー帝国の法律にも触れない。日本の法律だとアウトな気がするけれど、多分。


 ただしここにいる皆には知られたくない方法ではある。だからその辺は言わぬが花という事で。

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