第41話 襲撃⑵

 どこまで話そうか。少し考えた結果、

  ① シュウヘから『堕神エストロゲンの嘆き』という言葉について調べてみろと言われた事

  ② それで実際に図書館で関係ありそうな本を閉架から出して貰って読んだ事

をリサに話した。


 リサは頷く。


「王立図書館に残党がいたのでしょう。そう考えればそれらの本が一斉に閉架においやられたというのも頷けます。

 この事は取り調べの筋士団きしだんに話しましたでしょうか?」


「いえ」


「そうですか。それでしたら明日にでも信頼できる辺りに情報を流して調査するよう依頼しておきます。

 さて、問題は今後のお坊ちゃまの安全です。お坊ちゃまに対する襲撃は単独犯とは限りません。もし単独でないのなら、お坊ちゃまに対する不信心者インフィデル認定は他の者にも伝わっている事でしょう。

 つまりお坊ちゃまは今後も狙われる可能性があります」


 なるほど、そうなる訳か。しかし今日襲ってきた男は弱かった。正直この程度なら脅威はまるで感じない。


「油断はしないで下さい。今回の襲撃者が弱くとも今後の襲撃者が弱いとは限りません。むしろ今回失敗した事でそれなりに強い、厄介な敵が送り込まれる可能性があります」


 言われてみると確かにそうだ。そして今の俺は無敵という訳ではない。シュウヘに対してもあの手を使わなかったら勝てなかった位の未熟者だ。


「この家にいる間と登下校は私が何とかします。ですが学校にいる間の安全までは現状では完全に確保できません。

 もちろん早急に何とか手を回すつもりです。ですがお坊ちゃまも充分に注意してください」


 学校なら部外者が入り込みにくいから安全じゃないだろうか。いや、既に学校内に残党が潜伏している可能性は否定できない。きっとリサが言っているのはそういう事だ。


「わかりました。ところで学校の方はどうするんですか?」


「まだ方法は決めていません。明日、しかるべき筋と相談して決めます」


 筋肉侯爵である父の関係を使うのだろうか。それともリサ自身に何らかのそういった伝手があるのだろうか。

 今ひとつわからないけれど。


「ところでお坊ちゃまは明日も図書館に行かれるのでしょうか」


 実はこれ、どうしようかと思っている。

 どうせ明日も壁の外へ討伐に行けないだろう。だから図書館で更に調べるというのはありだ。ピックアップはしているけれど今日確認していない本がまだ十数冊残っている。


 それに『堕神エストロゲンの嘆き』そのものについてはまだわかっていない。それにツィーグラ派についても調べたいところだ。


「トレーニングをして、そして午後からですね」


「でしたら明日のトレーニングや図書館行きについては私も付き合いましょう。万が一の事があってはいけません」


 リサと壁内で訓練か。

 リサは訓練相手としては有能だ。ただリサと訓練しているところをクラスメイト等に目撃されたくない。俺の素性がバレてしまう可能性があるからだ。


 ただリサが俺から目を離せないというのは理解できる。襲撃があった以上仕方ない。


「わかりました」


「それでは明日は朝8時から訓練にしましょう。

 明後日は学校ですけれど、お坊ちゃまは完全に筋肉を使い切っても1日あれば完全回復するようです。それに明後日は第1曜日、午前中に筋肉を目一杯使うような授業は入っていません。

 

 使徒メタボリックと言えど中級相手に手こずるという事は、勉強トレが足りない様子です。いくら6歳と言えど初等部6年ならそれなりの実力が必要でしょう。

 ですから久しぶりに基礎からじっくり確認させていただきます」


 待ってくれ。シュウヘは中級とは言え堕神エストロゲンが選びし勇者なんだ。その上年齢は倍。引き分けに持ちこんだだけでも充分過ぎるくらいだろう。

 なんて事は勿論言えない訳で……


 失言だった。リサ指導による基礎からの勉強トレ、学校の授業や補習とは比べものにならない位にきついのだ。


 この訓練のおかげでおかげで記憶が目覚めてから半年で初等部6年に飛び級合格出来る筋力と学力を身につける事が出来た。


 しかし最近は討伐とか実習の下見とか相対的に楽な訓練ばかりになっている。基礎的な勉強トレは学校でやっているだろう、そういう判断のもとに。

 俺自身もすっかりそういう環境に慣れてしまっている。


 それが基礎から確認か……何かもう、危険な予感しかしない。生きるか死ぬかという事はないだろうけれど。多分、きっと。


 ◇◇◇


 そして翌日。勉強トレはウォーミングアップと称するランニングからはじまった。


「トリプトファンの走路は速度無制限車線があるのがいいところです。カーブもほどよく緩和曲線とカントがついていますし、空いていれば200km/h出しても大丈夫です」


 ちょっと待ってくれ! 今だって既にウォーミングアップとは言いがたい速度で走っていると思うのだけれど。

 ついていくだけで精一杯。だから実際の速度がどれくらいかはわからない。ただ以前体験した120km/hよりは余裕で速い。


「リサ、これで、速さは、どれくらい、なんだ」


 俺でもこんな感じで話すのがが精一杯だ。


「概ね140km/hくらいです。この速度になるとまっすぐ前を見たまま話すのは風圧の為に難しくなります。ですので横を向いて空気をうまく流しながら話すのがこつです。

 時速180km/hで走って横を向いても空気圧で首がねじ切れる事はありません。ですから心配はいりません」


 いや、空気抵抗で話しにくいという問題ではない。俺の身体能力の限界だ。走行速度は概ねストライドとピッチで決まるが、6歳の俺の足の長さとリサの足の長さでは4割以上の差がある。

 つまりその分足を速く動かす必要がある訳で……


「それにしてもこの走路は整備状態が良いですね。カーブ部分はほぼ直角に近いバンクまでかかっていますから、速度を落とさず走れま……!」


 突如俺はリサに抱きかかえられた。そのままリサは跳躍。

 直後走っていた走路が崩壊した。崩れていく走路が遠くなり、そして少し離れた街壁上へと着地。


「強烈なパンチですね。走路ごとお坊ちゃまを倒そうとしたようです」


 抱きかかえられる直前、急激に前方下で筋愛きあいがふくれあがったのは感じた。あれが走路を崩壊させた攻撃だったのだろう。

 ただリサの反応が一瞬早かった。結果俺は巻き込まれずに走路から脱出、街壁に逃れたという訳だ。

 周囲に走っている人は他にはいなかった。だから犠牲者はいない。この後気づかずに突っ込んでくる者がいなければ、だが。


「坊ちゃま、立てますか」


「ああ」

 

 リサの腕から街壁の上へ。急激にあらぬ方向から受けたGのせいでまだ少しだけふらつくが、それでもなんとか踏ん張って立つ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る