第40話 理由

 第一筋士団きしだんでの事情聴取は20分くらい。これには保護者としてリサに迎えに来て貰う時間も含まれている。


 つまり以前人さらいについて事情聴取された時より手際がよかった。やはりあの時の担当者は筋肉採用だったのだろう、なんて今頃になって納得したりする。


 さて、気になっている事についてリサに聞いてみよう。


「リサ、インフィデルという言葉を知っていますか?」


「ええ。坊ちゃまは何処で聞きましたか?」


 これについては先ほど筋士団きしだんの取り調べでも話している。それにリサなら話しても問題は無いだろう。


「襲撃してきた男は僕に『インフィデルに死を!』と言って攻撃してきたんです。ただ筋士団きしだんの取り調べではこの言葉が何か教えてくれませんでした」


 リサは頷く。


筋士団きしだんで説明しなかったのは仕方ありません。筋士団ここでこの言葉を使うのは禁忌ですから」


 禁忌か。どういう事だろう。


不信心者インフィデルというのは元々は筋肉神テストステロン教団用語で、そして差別用語です。具体的には不信心者、筋肉神テストステロンを信じない者を意味する蔑称です」


 宗教がらみか。まあ不信心者という意味がわかれば納得できる。ただ筋肉神テストステロンに恩寵を貰っている俺が不信心者インフィデル呼ばわりされる理由がわからない。


この世界アナボリックには筋肉神テストステロンを信じない民族や集団がいます。ビルダー帝国はアナボリック大陸最大の国家ですが、それでもスパイン山脈から西側やクラビカル山地の北側は領域の外です」


 突然話が飛んだ気がした。しかしきっとこれは説明に必要な内容なのだろう。そう俺は判断し、リサの言葉を追う。


「20年程前、筋肉神テストステロン教団のナンバー2、首席枢機卿であったジョン・ツィーグラがある声明を出しました。

 内容は筋肉神テストステロンの威光を示すため、国内国外を問わず不信心者インフィデルに対する積極的な教化活動を行うべきであるというものです。

 これが教団外に対して不信心者インフィデルという言葉が使われたはじめての事案だとされています」


 不信心者インフィデルという言葉は今回が初耳だ。しかしジョン・ツィーグラ首席枢機卿という名前で現代史として学習した内容が思い浮かぶ。


「ツィーグラの直接筋肉審判請求事案ですか」


 およそ20年前、ツィーグラ首席枢機卿と彼を支持する多くの者が帝国政庁へ押しかけ、直接筋肉審判により政体革新を図ったという事案だ。直接筋肉審判とはまあ、武力革命とほぼ同義だ。

 

「直接筋肉審判を訴えた者の中には現役筋肉貴族、筋士団きしだん員といった者もいました。彼らはツィーグラ派から流された純度の高い違法薬物ステロイドによってそういった地位についていたようです」


 おっと、何も言わないのに違法薬物ステロイドの話が出てきた。という事は、つまり……

 念のためリサに確認して答え合わせをしておこう。


「僕を襲った男は筋肉だけは発達していました。しわがれ声で、そして頭髪はハゲが進行していました。これは違法薬物ステロイドの影響でしょうか」


「お坊ちゃまは違法薬物ステロイドの影響についてご存じなのですね」


 この問いには問題なく答えられる。


「学校でも違法薬物ステロイドに対しては注意喚起がなされていますから。ただ注意だけで実際にどうなるのか全く教えてくれなかったので少し自分で調べました」


 学校での注意喚起があったのは事実だ。ただ理由は『身体がむしばまれる』とか抽象的なものばかりではっきり示されない。何がどうしてどうなるのか、一切教えないのだ。


 ただ『ダメ、ゼッタイ!』と理由の詳細を書かずに広報してもあまり意味はないと思うのだ。少なくとも俺はそう感じる。

 だから調べた。そういう言い訳だ。


 リサは頷いた。


「そうですか。

 確かにその症状は違法薬物ステロイドのものとほぼ同じです。そして不信心者インフィデルという言葉があったとなると、かつての直接筋肉審判請求事案を思い起こしてしまいます。

 ツィーグラ派の残党が動いているのではないか。筋士団きしだんの方もそう判断するでしょう」


 きな臭い話になってきた。


「残党がいるんですか?」


「おそらく。ツィーグラ派捜査の結果、千人近い違法薬物ステロイド使用者が検挙されました。しかし違法薬物ステロイドの入手経路等については使用者の数に見合った解明が出来ないままです。


 国や筋士団きしだん公式では残党の存在を認めてはいません。ですが実際はほとんどの者が残党の存在を疑っていない。そういう状況です」


 なるほど。確かにそれなら残党はきっといるのだろう。

 このビルダー帝国は筋肉こそ判断基準にして価値。故に人生逆転をかけて違法薬物ステロイドに手を伸ばす輩が後を絶たない。


 つまり残党が生き残る余地はいくらでもある訳だ。違法薬物ステロイド生産を握っているのなら。


「その男がツィーグラ派残党だとした場合、残る疑問はひとつです。何故お坊ちゃまを不信心者インフィデルと判断したかです。

 お坊ちゃまは今日、確か図書館に行ったと伺っております。それ以外に何処か立ち寄った場所はありますでしょうか?」


「いいえ」


 これは本当だ。ずっと図書館にいた。昼夕食も図書館で食べたくらいだ。


「なら理由は図書館で読んだ本にある可能性が高いでしょう。実習で使徒メタボリックと戦った件については、ツィーグラ派に不信心者インフィデルと認定される要素は無いと判断出来ますから」


 まさか使徒メタボリックであるシュウヘとアッー! な事をやってしまった事、バレていないよな。これがバレていれば確かに不信心者インフィデルと認められる可能性が……


 このアナボリック世界、少なくともビルダー帝国ではLGBTは犯罪ではない。といかそこそこ認められている。


 勿論身体が女子限定の場所に自称女性が勝手な理屈で入った場合は現代日本以上に厳しくわかりやすい処罰をされる。通称玉抜きと呼ばれる性犯罪防止措置を即時執行され……


 しかし他者にお気持ち以外の不利益を与えない行為はオールOKだ。だから俺がナニした行為そのものは罪に問われる事はない。

 

 問題はアッー! の相手が使徒メタボリックであるシュウヘだったという事だけ。いや、あの場は仕方なかったんだ。俺の性欲、いや生存の為に。


 でもアレ、周囲に観察できるような人間はいなかった筈だ。そもそも雲の上なんて高空でヤった事だし。

 はっ、まさかシュウヘから漏れたなんて事は……


「お坊ちゃまは図書館で何か特殊な本を読まれたりしませんでしたか? 原理主義的な筋肉神テストステロン崇拝者が忌み嫌うような本を?」


 言われてみれば確かにそんな本を読んでいた。堕神エストロゲンに関する本をわざわざ書庫から出して貰って。

 しかしそれはそれで疑問がある。


「図書館でそういった本を読むだけでターゲットにされたりするんですか?」


「ツィーグラ派の思想は筋肉神テストステロンへの唯一絶対帰依。思想取り締まり的な事も活動には含まれていたようです。図書館や書店といった思想を取り扱う可能性がある場所に浸透を図っていたという話もあります」


 なるほど、そういう事か。正直僕はほっとした。シュウヘとのアッー! が原因ではない可能性が高くなったから。

 あとこの国にも異端っぽい思想はあったようだ。あとでサダハルに話しておこう。

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