第39話 襲撃

 閉架から出して貰った本のほとんどは、館外持ち出し禁止指定だった。


「申し訳ありません。保管数が少ない貴重な資料なので、館内での閲覧のみとさせていただいております」


 受付カウンターのお姉さんは申し訳なさそうな表情。

 でも今は閲覧できるだけで御の字だ。


「ありがとうございます。読み終えたらこちらに持ってきます」


 俺は頭を下げ、受け取った本5冊を持って閲覧室へ。空いている机上に本を置いて陣取る。

 どの本もそれなりの厚さがある。しかし全文検索なんて機能が無い以上、1冊ずつ内容を確認していくしかない。


 俺は1冊目を広げ、まずは目次から関係ありそうな場所をピックアップする作業を開始した。


 ◇◇◇


 途中昼夕食を食べたりしつつも、図書館閉館時間の17時まで粘って10冊ほど確認。残念ながら『堕神エストロゲンの嘆き』について直接記載されている内容の発見には至らなかった。 


 しかし成果が無かった訳では無い。俺の知識では意外に感じる事実がいくつも出てきたからだ。


 例えば20年ほど前までは、

  ○ 筋肉神テストステロンが年2回の大祭で顕現していて、祭に参加した一般人でも言葉を賜る事が可能だった

  ○ 堕神エストロゲン領域とも交流があり、対立はしていたが敵対という程ではなかった

らしい。


 今回図書館で調べるまで、堕神エストロゲンについては『絶対悪で相容れないものとされている』と思っていた。


 少なくとも世間一般は昔からずっとそう思っている筈だ。それが当たり前だと信じていた。だからこそ父からGLUとの協約について聞いたとき驚いたのだ。

 しかし完全な敵対関係となったのは長い歴史からみたらごく最近の事らしい。


 筋肉神テストステロンは俺に言った。


『私が管理するアナボリック世界は今、危機に瀕しています。悪魔カタボリックや、堕神エストロゲンとその使徒メタボリックによる侵略を受けているのです』


『そこで私、筋肉神テストステロン悪魔カタボリック堕神エストロゲン使徒メタボリックと戦う事が可能な勇者を、アナボリック大陸へと送り出すこととしたのです』


 この時点での筋肉神テストステロンは明らかに堕神エストロゲン悪魔カタボリックと敵対しているように感じる。


 神の方針が変化したのだろうか。そしてそれを受けてビルダー帝国の人間も変化したという事なのだろうか。


 学校がはじまったらサダハルとも話してみよう。奴は行動こそ脳筋的だがそれなりに色々考えてはいる。この世界の神のありようについても疑問をもっているというような事を言っていたし。


 本を返して帝立図書館を出て、家に帰る途中で気がついた。後をつけられていると。


 一応筋配けはいを隠してはいる。それなりの腕だ。一般人では気づかないだろう。

 しかし現在の俺のステータス上での筋配けはい値は81。元々チートの上、シュウヘとの戦いで更に上がっている。


 身体がまだできあがっていないので出力的には筋士団きしだん員全開の高筋圧こうきあつより劣るかもしれない。しかし出力ではなく感知能力なら既に筋士団きしだん員レベルを超えている自信がある。


 何が目的なのだろう。わからない。ただ家までついて来られるとうっとうしそうだ。

 試してみるか。俺はまっすぐ家に帰るルートから外れる。代わりに大回りで向かうのは人通りが少なく、かつ治安があまりよろしくない辺り。


 俺のような身なりがいいお坊ちゃま風の少年が一人で歩いていると誘拐されそうな辺りだ。

 しかし実はあまり問題は無い。この世界の不良分子は筋肉的に落ちこぼれた奴がほとんど。集団で襲ってこようと脅威には感じない。


 それでも何か邪な意図を持って近づいてくる奴は筋愛きあいで黙らせる。筋肉挑発ポージングをしなくとも一般人が危険を感じる程度の筋愛きあいを放つくらいは余裕だ。


 いい感じに人が少なくなってきた。もしこの追跡者が邪な意図を持っているならそろそろ出てきてもいいだろう。


 俺の家や素性を知る事が目的なら出てこないかもしれない。その場合は全速力でまくだけだ。

 ここトリプトファンもロイシンと同様、トレーニング用の周回路が街壁内側にある。ロイシンと違うのは速度無制限の走路がある事。つまり俺の最高速で引き離すなんて力業を使うことが出来る。


 ちょうど周囲に人の筋配けはいすら無くなった、そう感じた次の瞬間だった。


 筋配けはいを隠蔽したまま追跡者が急速に近づく。俺は気づいていないふりをしたままぎりぎりまでひきつけ、そして石畳を蹴って右方向に避ける。俺の首があった場所を手刀が通り抜けた。

 問答無用で倒すつもりだったようだ。なかなかにタチが悪い。


筋配けはいを殺したままの背後からの襲撃は違法だ。しかし僕はここで筋肉審判を宣言する! そちらから襲ってきた以上筋本位制による合意はとれたものと解釈する!」


 これは自分より弱いと思われる連中に襲撃された際の定型句だ。意味は『負けたらこっちの言う事に無条件で従って貰う。もし手加減を間違えて殺しても文句は言うなよ』。

 筋肉審判扱いとなった事により、たとえ相手を殺してもおとがめを受ける心配はしなくていい。


 このくらい大声で唱えれば鍛えられた警備担当の筋士団きしだんの耳に必ず入る。そう、全ては予定通りだ。


 俺が宣言している間も攻撃は続く。敵は1人、全身黒装束で顔も黒い仮面で隠している。腕は一般人としてならそこそこ出来る方といった程度か。

 

 さて、ステータスを確認しておこう。


『クトル・フタグン 31歳 身長170.5cm 体重65.2kg

 筋力64 最大70 筋配けはい60 持久51 柔軟44 回復42 速度51 燃費50

 特殊能力:なし』


 筋力と筋配けはい以外は一般平均よりやや強い程度の能力だ。俺から見ると全く怖くない。うちのクラスの連中相手に戦う方が速度が速い分よっぽど面倒だ。


「何故俺をつけてそして襲いかかったのですか! 何が目的ですか! 僕が狩った場合、全てを話してもらいます」


 これも大声で、相手だけでなく警備の筋士団きしだんさんにも聞こえるように。


不信心者インフィデルに死を!」


 奴め、妙なしわがれ声でそんな事をほざいた。インフィデル? とは何だ?

 わからないけれど、そろそろいいだろう。筋士団きしだんが駆けつけてくる筋配けはいがするし。面倒な事になる前に片付けさせて貰おう。


「アイス、ティ!」


 後頭部にチョップする。いわゆる気絶撃だ。俺はまだ未熟なのでこう言いながらのタイミングで一撃をかけないと上手く倒せない。


 世の中にこういったかけ声は色々ある。『チャーシューメン!』なんて言葉のタイミングで打つゴルフ漫画なんてのも日本にはあった。

 そして今の俺はこの『アイスティ』が使いやすい。だから使っている。他意とか過去の何とかとかは……げふんげふん。


 相手はあっさり倒れた。俺の気絶撃アイスティが決まったようだ。やっぱり弱い。きっとこいつの戦い方は筋配けはい隠匿で近づいての不意打ちがメインなのだろう。


 あと残念な事にあまり美味しそうではない。せっかく倒れて色々し放題なのだが。だから手は出さないでおく。


 なお俺のこの辺の好み、以前とは少し変わってきた。以前は細マッチョ青年一択だった。しかし最近はもっと若い同級生ぐらいの細マッチョ、もしくは女の子がいいと感じる。


 女の子は年齢は今のクラスメイトくらいで、女性女性している体型よりすらっとした性差が少な目のほうが好みだ。たとえば……


 何か思考が妙な方へ行きかけたのでここで切り替え。

 今の問題はこいつが何故俺を襲ったのかだ。そしてインフィデルとはどういう意味だろう。


 あとこいつには気になる事がある。先ほどのしわがれ声だ。あと頭に毛が少なくハゲかかっていて、そのくせ手足の毛は濃くて多め。

 仮面を取ってみる。案の定ニキビが多かった。

 

 俺はこの症状を知っている。アナボリックステロイドの副作用だ。何せ前世で田常呂たどころ浩治こうじが使用していた。だから一般人以上に知っている。


 この世界にもアナボリックステロイドに類するものはある。ただしビルダー帝国ここでは非合法。違法薬物ステロイドとして地球での麻薬みたいな扱いとなっている筈だ。


 面倒な事に巻き込まれた気がする。何が発端かはわからないけれど。


 そんな事を考えていると警備の筋士団きしだん員がやってきた。俺は大きく手を振ってここだと合図する。


■■■ 蛇足の用語解説 ■■■


 ○ チャーシューメン

   元ネタは『あした天気になあれ』(原作:ちばてつや)。ただしタイミングと間合いを取る方法としてそこそこメジャーになっているらしい。ただし書き手はゴルフをやらないので良く知らない。


 ○ アイスティ

   アッー!なビデオ『Babylon 34 真夏の夜の淫夢 ~the IMP~』の4章『昏睡レイプ!野獣と化した先輩』から。後に野獣先輩と呼ばれるようになった男は、睡眠薬入りアイスティを後輩に飲ませて……(以下自粛)。

   本件は『午後の紅茶』をもじって『ホモの紅茶』とも呼ばれていたりする。

   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る