第37話 ひとまず色々一件落着?

『俺はスグルだ!』

 スグルを自称する俺の脳内人格が言い返す。しかし論拠はない。

 それにたどころはわかっている。


『違う。スグルも俺だ。前世に背を向けこっちの世界のスグルという人間になりきろうとした俺自身だ』


 そう、スグルも俺自身なのだ。記憶も思考回路も全部。だから何をどう考え結果どうなったのか。その全てを理解している。


スグルは自分の人生は失敗だったと感じていた。受験に失敗した上、入った後も留年。大学ではぼっちで恋人どころか友人だっていやしない。


 そんな自分を変えるため最初は水泳部、次は空手部に身を置いてみたがうまくいかない。ならばと一人で身体を鍛えてみたがやっぱりうまくいかない。これならどうだとステロイドを使った結果声が甲高くなって後頭部に小さいハゲが出来た。


 ジムやプロテインや薬剤に使ったせいで金がなくなった。仕方なくやったバイトのせいで顔が妙に知られてしまい、一般企業への就職がしにくくなった』


 自分の事をこんな風に言うのはなかなか苦しい。俺自身までダメージを食らってしまう。しかし説明の都合上仕方ない。


『そんな人生を変える絶好の機会が来た。異世界転生だ。

 そこでスグルはもとの田常呂たどころ浩治こうじの全てを捨てようとした。全て捨ててスグル・セルジオ・オリバになりきろうとしたんだ』


スグルはスグルだ!』


 抗議を無視して俺は続ける。


『転生しても田常呂たどころ浩治こうじの記憶は消えずに残っていた。思い出せないままスグルの記憶が6歳の誕生日まで書き加えられた。そして突如、全ての知識と記憶を使えるようになった。


 そこまでたどころスグルは同一だった。別れたのはその後。スグル田常呂たどころ浩治こうじを捨てた。自分の中の田常呂たどころ浩治こうじを全て否定しスグルである事を演じたんだ。


 その結果思考が二重化した。スグルたどころと。それが今の状態だ』


スグルはスグル・セルジオ・オリバ。ビルダー帝国の現パクトラリス侯爵であるマユミ・セルジオ・オリバの長男だ』


 スグルの抗議、大分弱々しくなっている。つまりスグルも自覚があるという事だろう。

 先ほどから反論らしい反論もない。自分がスグルであるという主張だけだ。


たどころも最初のうちは思ったんだ。スグルの思考はスグルの部分が影響しているのかもしれないと。6歳の狭量な視界と思考では異世界の24歳を理解出来ないし認められなかった。結果スグルという脳内人格を作り上げたのではないかと。


 しかしある程度経って気づいた。田常呂たどころ浩治こうじの部分を否定しているのはスグルではない。田常呂たどころ浩治こうじの記憶と思考そのものだと』


『何故そう言える』


 そう考えた材料は幾つか存在する。


『まず1点、たどころ田常呂たどころ浩治こうじの記憶と同じようにスグルの記憶を思い出せる事だ。スグル田常呂たどころ浩治こうじの記憶を思い出す際、わざわざ別の部分を覗き込むように装っているけれどな。


 例えばある植物を見た時、この植物は何だっただろうと考える。そうするとスグルが学んだ内容と田常呂たどころ浩治こうじが学んだ内容が同じように出てくるんだ、たどころは』


スグルはあくまでスグル・セルジオ・オリバ、田常呂たどころ浩治こうじの記憶を思い出す事が出来るだけだ』


 論拠なしの弱々しい反論は無視して次の説明へ。


『第2点。実際スグル自身もなんやかんや言って田常呂たどころ浩治こうじの記憶や知識を普通に使っているだろう。この前の算術学習の文章題小テスト、スグルはこの世界で習った文章分解法ではなくXを使った一次方程式で解いていたよな。それも地球で使用する算術記号とXなんてアルファベットまで使って』


 今度はスグルの返答がない。ただのしかばねのようだ。いや違うそうじゃない。屍では俺が困る。


『そして第3点。本来のスグルの一人称は僕だ。俺は田常呂たどころ浩治こうじの一人称だろう。たどころもスグルの記憶を持っているからわかる』


 ふうっ。脳内でスグルがため息らしいのをついた気がした。


『それでもスグルはスグルだ、あくまでスグルのつもりだ。

 ただもし俺が田常呂たどころ浩治こうじである事を認めたらどうなるんだ。スグルは消えるのか?』


 そう来たか。


たどころもわからない。さっきまではスグルにその事を認めさせたら、スグルという脳内人格は消えるのではないかと思っていた』


 そして既にスグルは俺の言っている事を認めている。口では認めていないような事を言っているけれどたどころからスグルの思考は見えるのだ。だからそこは間違いない。


 それでもスグルという脳内人格は消えていない。という事は。

 突如は理解した。そうか、そういう事だったのか。


『おいどうした。田常呂たどころの気配が薄くなっていく感じがするんだが』


 スグルの焦ったような調子の脳内音声。その通りだ。


『どうやらたどころではなくスグルの方がメイン人格だったようだ。スグル田常呂たどころ浩治こうじを忘れ去る事を危惧して作り上げた人格、それがたどころらしい』


『なんだって!?』


 スグルはそう叫ぶ。しかし既に理解している筈だ。何故ならスグルたどころなのだから。


『あとは自問自答しろ。スグルたどころなんだから』


 たどころの意識は消える。いや消えたのではない、戻ったのだ。スグル自身に。だからとして何を言って何を思っていたのか、今の俺には全てわかる。


 そう、俺は田常呂たどころ浩治こうじであった事を忘れようとしていた。筋肉神テストステロンから貰ったチートを武器に、田常呂たどころ浩治こうじであった部分を全て捨ててやり直そうとしていたのだ。


 ただそれでも不安があった。本当に田常呂たどころ浩治こうじの記憶や知識無しで出来るかという不安が。


 田常呂たどころ浩治こうじとしての思考や記憶、知識を知っている俺にとって、まだ6歳になったばかりのスグルのそれはあまりに頼りなく感じた。だから作ったのだ。全てを知っている存在としてのたどころを。


 あと俺がミトさんに好意をもったりリサの全裸にどぎまぎした理由もわかる。

 以前のスグルの解釈では『スグル部分、田常呂たどころ浩治こうじの記憶が無いまま6歳まで育ったスグルがそう感じた結果』としていた。


 しかし本当はそれだけではない。実は元の田常呂たどころ浩治こうじはいわゆるゲイではなかった。男性だけに性的興味を持つタイプではなかったのだ。

 実は田常呂たどころ浩治こうじ、相手が男性だろうと女性だろうと興味を持つタイプ、つまりバイだった。


 なら何故たどころがことさらに男色指向っぽい発言をしていたのか。それは単にそうやってスグルをからかっていただけだ。


 何というか、我ながら面倒くさい奴だったなと思う。まあ元の田常呂たどころ浩治こうじが面倒くさい奴だったのが原因なのだけれど。

 なんて思ったところで、遠くから声が聞こえた。


「ヤー! 実習中の生徒トレーニーに至急連絡だ! 実習を中止して拠点へと急いで戻ってくれ。繰り返す。実習を中止して急いで拠点へ戻れ。パワー!」


 ショー先生の声だ。大声スキルで実習範囲全体に届かせている。拠点から結構離れたここでも割と大音量で聞こえているのだ。拠点近くではさぞかしうるさいだろう。


 俺は立ち上がる。うん、流石筋肉神テストステロンの恩恵持ちだ。体力がかなり回復している。

 それでは戻るとしよう。俺は涸れ川を下流に向けて走り始めた。


 ◇◇◇


 中級とは言え使徒メタボリックが出現したのだ。実習は当然即時終了。片付けや拠点の解体なんてのは後回し。駆けつけた筋士団きしだんの護衛の元、全員が即時トリプトファンへと走って帰還だ。


 ほとんどの生徒トレーニーは学校へ到着して点呼を取った後解散。なお学校は明日、臨時休校と伝達された。明後日は第7曜日なので2連休となる。


 しかし俺達5班の皆さんだけは解散後、事情聴取が待っていた。実際に使徒メタボリックに会ったのは俺達だけ。だから仕方ない。


 全員一緒に聴取ではなく1人1人部屋をわけ、別個に筋士団きしだんの担当者が聴取するという形だった。


 俺は、

  ① サダハルの筋肉挑発ポージングで気づかれたのか、いきなり使徒メタボリックがやってきて

  ② まずはサダハルと戦って、サダハルを圧倒

  ③ 次に俺と戦ったが、空中で何とか奴を捕まえた俺が至近距離からの筋肉挑発ポージングと関節技で敵をかため

  ④ その状態で水中へ落ちて相打ち状態となり、使徒メタボリックは逃走した

という風に供述した。


 前世とか勇者とか筋肉神テストステロンの恩寵、シュウヘとの会話、そして俺がシュウヘに対して実際に使った技なんてのは一切言わなかった。

 俺が特別だと思われたくない。今の世界を壊したくない。俺は今の俺に満足している。だからだ。


 正直嘘のシナリオを考えながら矛盾無く喋るのはなかなか疲れる作業だった。たどころがいればこんな苦労はしないのに。そんな事を思ったりもした。


 聴取が終わって部屋を出る。5班の皆は誰も残っていない。どうやら俺の聴取が一番時間がかかったらしい。


 ミトさん達やサダハルへの事情聴取はどうだったのだろう。誰か前世だの勇者だのなんて会話について、話してしまっただろうか。


 事情聴取がある事は想定していた。だから本当は学校へ戻る途中、どこまで話して何を話さないか、話をあわせておきたかった。


 しかし帰り道は先生達や筋士団きしだんががっちり生徒トレーニーをガードしていた。鍛えられた耳は不特定多数の集団の中から必要な会話を選択して聞くことが出来る。だからそんな打ち合わせは出来なかったのだ。


 勇者だとか恩寵持ち、前世の記憶持ちという事がバレないだろうか。今の生活が一気に変わってしまわないだろうか。そんな不安でいっぱいのまま最低限の荷物を持ち、教室を出る。

 

 学校の玄関から外へ。校門に向かってあるくと知っている筋配けはいに気づいた。リサだ。リサがが迎えに来ている。 


「お坊ちゃま、お帰りなさい。お疲れ様でした」


 リサのその言葉で全身の力が抜けた。今まで緊張その他で持たせていたのだが、それが解けてしまったのだ。結果俺は倒れかける。


 リサはさっと俺を支えてくれる。俺はリサに甘えそのまま身体を委ねた。

 今くらいはいいだろう。俺としても精神的体力的に限界だったし。

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