第35話 邪剣・夜

 たどころはシュウヘに問いかける。


「貴公へひとつ質問していいだろうか」


「答えられる事なら」


「航空力士はイスラム教徒でなければならない筈だ。しかしこの世界の場合は神が異なる。その場合の貴公の立場を尻たい」


 尻たいは誤字ではない。たどころがそう漢字を意識して言ったのだ。おぞましいので深く意味を考えてはいけない。


「世界が違えば神も違う。故に現在の我は堕神エストロゲンの信徒にして使徒メタボリック


 シュウヘは淀みなくそう答えた。


「貴公の立場は理解した」


 たどころは頷く。


「残念ながらこの身体がこの世界アナボリックで身につけた技術では航空力士には勝てそうにない。だから俺も前世で身につけた淫夢の民としての経験と能力、そして我が邪剣・夜で戦わせて貰おう。


 これらの技もまた己の身体のみを使う技。しかし正直なところ筋肉神テストステロン的ではない。しかし堕神エストロゲンなら許し賜う技だろう。

 そういう意味もあって、貴公の今の神を聞いた。以上だ」


 何だろう。嫌な予感がする。負けるとか怪我をするとかそういった方向ではない。もっと別の方向でダメージを食らいそうな嫌な予感が。


「承知。では参る!」


 シュウヘが軽く膝を曲げ、次の瞬間空へと舞った。


「空中百烈張り手!」


 先ほどサダハルに使った技だ。しかしたどころはひょいひょいと奇妙なステップで全てを躱す。


「いちいち筋肉で防御する事はない。記憶の世界の偉人も言っている。『当たらなければどうという事は無い』と」


『どんな偉人なんだ?』


『深く追求するな』


 たどころ、まだ余裕がありそうだ。

 シュウヘは20m離れたところへ着地する。


「やはり貴殿は慣れておるようだ。しかしそれではこちらを攻撃する事は出来まい」


「そうかな」


 たどころは不適に笑う。不敵ではなく不適、違いは邪悪さの有無だ。

 明らかに田常呂たどころ浩治こうじ、何かを狙っている。単なる勝利を狙っているのではない。かつて始業式の日に3人を倒した時以上の邪悪さを感じる。


「なら貴公はそのまま戦うがいい。そろそろこちらも本気で行く」


「戯れ言を!」


 シュウヘは再び飛び上った。


「テッポウ!」


 圧縮された空気塊が襲ってくる。先ほどの張り手より数は少ないが威力は大きそうだ。


「当たらなければどうという事は無い、赤い3倍版!」


 やはりたどころは怪しいステップで避けまくる。ただ何が赤いのかスグルにはよくわからない。


『気分だ気分。それではいよいよ本気で行くぞ!』


 着地しようとするシュウヘ目がけてたどころは強烈にダッシュ。それを助走として更にジャンプして突っ込んだ。


「超級覇王電影弾!」


 たどころ、着地の隙を狙った訳か。知らない技だが高さを除けばシュウヘの頭突きと似ている。


『技の名前は冗談だ』


「甘うござる!」


 シュウヘは張り手でたどころの勢いを殺す。まずい、そうスグルが思った瞬間、強烈な腕力に跳ね飛ばされた。

 跳ね飛ばされた方向は……上空!


「着地を狙うは予想の範囲内。ここまで戦った貴殿への敬意としてアフガン航空相撲伝統の技で送ろう。まずはアフターバーナー!」


 跳ね飛ばされた先の空中でがっちり筋肉の塊に捕まえられる。直後から強烈な加速感。

 地上が一気に遠のく。ミトさん達が点になって判別できなくなり、更には雲を超え、スパイン山脈の山々より更に高い場所へ。


『名前はアフターバーナーだが実際は上昇気流と高筋圧こうきあつを利用した技だな。それでこれだけ上昇できるというのは驚異だ』


 田常呂たどころ浩治こうじの言葉からは危機感を感じない。こいつ、状況を把握できているのだろうか。


『いやまずいだろう! 死ぬぞこれは!』


『いや、ここはあえて言わせて貰おう。『計画通り!』』 


 たどころ、間違いなく悪い顔をした。俺自身の表情を見る事は出来ないから確認出来ないけれど。

 そしてたどころ、呟くと同時に左腕と身体を妙な方向へ動かす。


「うっ!」


 シュウヘの腕の力が一瞬弱まった。自由になった一瞬でたどころの身体がシュウヘの束縛から脱する。


「実はわざと捕まっていた。抜けようと思えばいくらでも抜けられる。男相手の寝技は鍛えた。男子空手部や男子水泳部その他で」


「なんと!」


 空手部や水泳部が何かは記憶でわかる。しかしスグルは突っ込まない。何故そんなところで寝技を鍛えたのか、その理由を聞いてはいけない気がするから。


「これだけ挑発した上で組み付けば、航空力士たる貴殿は間違いなくアフガン航空落としを仕掛けてくるだろう。予測した通りだった。

 ついでに言うと最初貴殿を見た時から思っていたのだ。ウホッ、いい男と」


 何を言っているのだたどころ! なぜここでいい男なんて言葉が出てくるのだ!

 スグルを無視してたどころはシュウヘの胴と股に両腕両足をまわし、背後をしっかり固める。

 

「これで貴公が今の俺相手に使える技はない。筋肉が肥大するまで鍛え上げたが故に腕の可動範囲は常人以下。それが貴公の欠点だ」


「むう……しかしそれは貴殿とて同じ事。むしろ空中なら航空力士たる我の土俵!」


「ああ、だから組み付かせて貰った。ここにはマットが無いからな。

 それでは我が技を披露させて貰おう。性に未開発なイスラムの民よ、変態宗主国日本の生み出した技を知るがいい」


 嫌な予感が180%を突破した。


『何をする気だ!』


「さて、ここで俺の世界の偉人いいおとこ、タカカズ・アベの名言を披露しよう。『俺はノンケだってかまわないで食っちまう人間なんだぜ!』」


 たどころの右手、左手が怪しく動いた。

 ちょっと待て田常呂たどころ浩治こうじ! 何処を触っている! 何をいじっていたぶっている!


『何だ! 何をする気だ!』

「何だ! 何をする気だ!」


 スグルの思念とシュウヘの言葉がハモった。

 たどころはたまならく邪悪でいい顔をしつつ宣言。


「そろそろいいだろう。卍解ばんかい。貫け! 邪剣・夜じゃけん、よる


 ウッ!!!

 アッ! アッー!

 アッー!!!!!


 シュウヘとたどころの叫び声? が大空に響いた。

 そして空しく虚空へと消えていく……



■■■ 蛇足の用語解説 ■■■


 ● 邪剣・夜

   あるビデオで役名・田所が放った「行きましょうよ。じゃけん夜いきましょうね~」という台詞が元。淫夢厨※の間では必殺技とされているらしい。

   ※『淫夢厨』は禁則事項なので検索する場合は自己責任


 ● どんな偉人

   オリジナルは非実在軍人(シャア・アズナブル 最終階級:総帥)の台詞。この台詞もオリジナルよりオマージュで知った世代の方が多数派になってしまった。


 ● 超級覇王電影弾

    気を纏ったもの凄い威力の体当たり。と書くと格闘漫画的に聞こえるが実はガンダムな技だったりする(『機動武闘伝Gガンダム』。まあGガンはロボット物であると同時に格闘漫画でもあるから問題ない)


 ● 計画通り

   ここは画像検索していただけると幸い。どれくらい悪い顔で言っているのか、よくわかる筈。


 ● タカカズ・アベ

   阿部高和。職業は自動車修理工。いい男。

   ここまで聞いてわからない方は覚悟を決めて検索。ただし自己責任にて。


 ● 卍解ばんかい

   死神の専用武器・斬魄刀の能力を最大限に解放すること。出典は漫画『BLEACH』(著:久保帯人)

   転じて自分の武器を全力使用可能な状態にすること。


 ● アッー!

   発音不可能な台詞。元々の出所は2ch野球総合板の多田野スレらしい。だから誰かさんオマージュのこのお話で使うのは正しい用法である、きっと。今回は本人だけではなく相手にも言わせているけれど。


 ● その他、書き手からの一言

   『筋肉異世界アナボリック』が『尻の異世界穴堀っく』にならないよう、今後はこの手のシーンを自主規制する所存です。

 

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