第34話 覚悟

「参る」


 再びシュウヘが砲弾のように頭から飛んでいく。

 今度はサダハル、軽くジャンプして空中で受け止めた。そのままシュウヘの身体を下へ押しやって地面にたたきつけようとする。


「無駄!」

 

 シュウヘが両腕を高速で振り回した。空気抵抗と重心移動で2人の姿勢が変わる。シュウヘが頭を上へ持ち上げ、サダハルが上へと突き上げられた形になった。


「空中百烈張り手!」


 シュウヘから何十発もの張り手が高速で飛ぶ。


「パーフェクトディフェンダー!」


 サダハルは両腕を顔の前に掲げ、先ほどと同じように防戦。張り手の勢いで距離がひらいた状態で2人は着地した。


「なるほど、硬いで候。なら次は我が最高の攻撃技をご覧いただこう。とうっ!」


 シュウヘが今までより更に高く飛んだ。30m、40m、更に上へと上昇していく。


『あんなの筋力がいくらあっても無理だろ!』


 羽ばたきもせずに上昇するなんてどう考えてもおかしい。


『ここは崖が近いし岩や土が植物で隠れていないから日射で熱を持ちやすい。それらで起こった上昇気流を利用している。

 ここまで上から仕掛ける技となると……』


 そう説明してたどころは上を見上げた。シュウヘの筋配けはいが大きく膨らんでいる。高筋圧こうきあつを放つ直前といった感じだ。


『まずい!』


「伏せろ! 急げ!」


 たどころがミトさん達に叫んだ。


「えっ!?」


『間に合わないか!』


 上空からシュウヘが高速で落下してくる。重力加速以上の速さだ。奴の筋愛きあいが大きく膨れ上がる。

 地上のサダハルは大きく腕を上げ、そして腕を下ろし両手を腰にあてた。お馴染み筋肉挑発ポージング、ラットスプレッドの姿勢だ。


「デーイ・ジカタ!」


「ラットスプレッド!」


 たどころはミトさん達の前に立つ。両足を踏みしめて全力で筋肉挑発ポージングをかけた。

 

「ダブルバイセップス!」


 たどころ全力の高筋圧こうきあつに上半身のTシャツが完全にはじけ飛ぶ。


 サダハルとシュウヘの筋愛きあいがぶつかり大爆発が起きた。

 雑木は折れ飛んでいく。草の葉はあまりの筋圧きあつに耐えられず粉々になる。地面がえぐれ人の頭ほどもある岩が飛んでいく。

 大きな岩すらただそこに在る事を許されない。砕け、崩れ、転がっていく。


 俺の高筋圧こうきあつで俺と背後だけはなんとか守られている。それでも強烈な砂埃で何も見えない。だが筋配けはいで俺の後ろに3人、飛ばされずに耐えているのがわかる。


 そして俺の前方、2人の筋配けはいもわかる。

 勝負はついてしまった。サダハルの筋配けはいが明らかに弱っている。今の攻撃でかなりのダメージを受けたようだ。


『大丈夫なのか、これは!』


 砂埃が急速に晴れていく。クレーターのように凹んだ地面。内側にあった筈の岩や雑木等は全て今の衝撃で消し飛んでいる。

 その中心に2人の姿があった。立っている者1人と倒れている者1人。立っているのはシュウヘだ。つまり……


『仕方ない』


 たどころは脳内でそう呟いた。そして前へと歩き始める。

 シュウヘがこちらを見た。たどころが口を開く。


「まさかこの世界にアフガン航空相撲を使う者がいるとは思わなかった。今の技は奥義デーイ・ジカタ。厳密にはデーイ・ジカタを薬品や硝煙、原油を使わず筋愛きあいだけで発動させたもの。

 そして貴公の前世は航空力士、違うか?」


 たどころは別人のような口調でそうシュウヘに告げる。


「ご存じあったか」


 シュウヘは俺の方を見て、そして頷いた。


「いかにも我は誇り高きアフガン航空力士。北部ドスタム部屋にて修行に励んだもののタリバン派航空力士3人による航空相撲殺を受け、無念にもこの世界へと遷り再起を期す者なり。

 もしや貴殿もアフガンの者なりや?」


 たどころは首を横に振る。


「いや、俺はただの元日本人。相撲取りでもない。ただの淫夢の民、一介の野獣だ」


『いいのか、正体がばれるような事をここで言って』


『この場をなんとかするには仕方ない。覚悟を決めろ』


 シュウヘはたどころをにらみつけるような目で見る。


「……確かに勇者の記載なくとも、同じ能力を持つ者と見た。筋肉神テストステロンの協約違反か」


「いや、俺はただの不具合イレギュラーだ。神々の戦いに関与する気はない。しかし今、俺は勇者サダハル達と組んでいる。このまま傍観する訳にはいかない。

 故に航空力士たるシュウヘ殿に対し、取組を一番所望する」


『勝てるのか?』


『わからん』


 田常呂たどころ浩治こうじは脳内であっさり返答して、そして付け加える。


『だがサダハルだけでなくミトさん達もいる。覚悟を決めろ』


 田常呂たどころ浩治こうじがいつもと違う。怖いくらいにシリアスだ。 


『それに奴の身体に不足はない。胸も腰も尻の締まりも良さそうだ』


 訂正。やはり田常呂たどころ浩治こうじだった。


「なるほど。ならこちらも貴殿と手合わせしよう。後悔は無いな」


「無論」


 たどころはそう言うと、サダハルの身体を拾い上げるように持ち上げる。

 下に水が溜まり始めていた。川だった場所にクレーターが出来たのだ。水がたまるのは当然だろう。


「ここは足場が悪くなりそうだ。もう少し足場がいい場所へ移るとしよう。

 あとすまない、サダハルを頼む」


 たどころはサダハルをミトさん達の方へ放り投げる。


『流石に今のは酷くないか。一応けが人で気絶中だろう』


『このままだと水死する。向こうで面倒見て貰う方が安全確実だ』


 フローラさんがサダハルを受け止めたのを確認。俺はクレーターをミトさん達と逆の方向へ向かって歩きはじめる。

 凹みの外側、しかし先ほどの爆発で草も岩もなくなり平らになった場所で停止。


「それでは始めよう」


「では参る」


 シュウヘは軽く膝を曲げる。次の瞬間砲弾のように頭を前に飛んで来た。先ほどサダハルに出したのと同じ頭突きだ。

 しかしたどころスグルも知らない怪しいステップで避ける。それだけではない。


「ホラホラホラホラホラホラホラホラ……」


 追撃しながら正拳突きのラッシュをシュウヘへたたき込んだ。


「くっ!」

 

 シュウヘが地を蹴り上へと逃げる。たどころは追わない。

 5mくらい先へシュウヘは着地した。


「貴殿は先ほどの者に比べ身体は年若いが慣れておる模様。もしや航空力士と戦いし事ありしや」


「実際に対戦したのは初めてだ。それにこの程度はまだ座興だろう」


『ゲームでならエドモンド本田相手で戦った事があるけれどな。流石に航空力士なんてのが実在するとは思わなかった』


 脳内で田常呂たどころ浩治こうじ、そんな事を言っている。どうやらまだ余裕はあるようだ。


■■■ 蛇足の用語解説 ■■■


○ エドモンド本田

  カプコンの格闘ゲーム『ストリートファイター』シリーズのキャラクター。そのプレイスタイルから一部からは航空力士ではないかと噂されていた。


  ただ今回の敵はそこまで大柄ではない。シュウヘ・イナ・ガオという名前の・を取って並び替えした名前で想像していただけると幸い(四股名ではなく本名の方)。ただしあくまで体格だけで、性格や口調は全く違うので念のため。

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