第25話 実習の作戦

 引っ越してから10回位は魔物討伐をやった。だから今の俺は筋配けはいだけでも魔物の種類がある程度はわかる。


 あちこちにある小さな筋配けはいはスライム。それよりは大きいがやはり小さめで2~3個まとまって動いているのはコボルト。それより大きくて単独でも動いているのがゴブリンだ。


 魔獣も筋配けはいと動きで概ね判別がつく。一気に移動して突然立ち止まるのは角兎。もう少し筋配けはいが大きく移動が大きめなのが魔鹿。


 今関知できる魔物や魔獣はその程度だ。種類はトリプトファン郊外のいつもの狩り場と同じ。単に魔物討伐ならわざわざ此処まで来る必要は無さそうな気がする。


「大した魔物や魔獣はいないようですね」


「ええ。ここで野外訓練をするのは討伐訓練より輜重訓練、拠点建設訓練、野外宿泊訓練をする為です」


「なら別途、トリプトファンの近くでも討伐訓練をやればいいと思うのですけれど」


「なまじ街の近くで訓練を行うと、学校が休みの休養日等に街を抜け出して力試しなんて事をしでかす可能性が高くなります。

 今から10年ほど前、まさにそういった事案が多発した結果、トリプトファン近郊での討伐訓練がなくなったというのが実情です」

 

 なるほど。確かに外で自分の力を試したくなる気持ちは俺にもよくわかる。


『何せ実践済みだからな』


 うるさい。

 さて、20分ほど平原を歩いてみたけれど、あまり面白い発見はない。ゴブリンやコボルトの巣穴とか、トロールが出そうな場所とかがあれば面白いのだけれど。


「実習の際は素直に水場を狙うのが早そうですね」


 魔物や魔獣の位置と覚えている地図とを照らし合わせるとそんな感じだ。


「その通りです。実際魔物が多いのはその辺りです。ですが学校の実習では概ね皆さん同じ事を考えると思います。 

 ですのでメイドとしてより数年前の先輩として、ちょっとだけおすすめの場所をお教えしましょう」


 おすすめの場所か。どの辺でどんな場所だろう。魔物が多くいたりするのだろうか。


「これから行く場所は実習区域の西北側ぎりぎりになります。地形としては扇状地の上端部分です。川は伏流していて水がありません。乾いた雑木林といった感じの場所で、普通なら魔物は出ないだろう場所です。

 それ以上はまず現地へ行ってからという事で」


『普通なら、というところがひっかかるな』


 俺も田常呂たどころ浩治こうじと同意見だ。ただその辺りは現地に行ってからという事なのだろう。


「わかりました」


「それでは行きます。少し遠いですので走りましょう」


 そう言うとリサは走り始めた。道路では無く河原を、あの人力車を背負ったままで。


 俺も慌てて後を追う。リサの後をついていく分には何処を走ればいいか考えなくて済む分楽だ。


 しかし当たり前だけれど道路とは足場が違う。足場は大きめの石が積み重なった河原で、所々石が浮いている。なおかつルート全体が全体に登り調子。


 走る速度は街道と同等の60km/h程度。ただ足場がさっきいった通りなので、今の俺には走って後をついていくので精一杯。


 時々森と河原の境に赤い杭が打ってあるのが見える。


「あの赤い杭は何ですか?」


「討伐実習をするときの区分け確認用です。討伐実習では班ごとに区域が決められていて、その中で討伐をする事になります」


 更に行くと周囲が森から荒れた雑木林という感じになった。細い木や草が主体の雑木や草、そして地面は砂利多めという感じにになる。草の種類で見ると、これは……


「下が乾燥しているんですか?」


「その通りです。このあたりの地面は目の粗い砂や礫で保水力がありません。大雨が降れば川になりますが、それ以外は地下そこそこ深い場所を伏流しています。結果、こういった場所でも大丈夫な種類の雑木や草ばかりになっています」


 もちろんこれも走りながらだ。

 10分程度走ると山が大分近くなってきた。こちらから見る山はほぼ切り立った崖状態で、その崖も土では無く岩がメイン。

 そんな場所でリサは足を止める。


「この辺りでいいでしょう。さて問題です。お坊ちゃまはこの場所、魔物や魔獣がいそうに感じますか?」


 樹木が少なくまばらな雑木や草だけ。水がない岩や砂利の地面。答えはすぐ出る。


「いえ、いないと思います」


 リサは頷いた。


「正解です。しかし此処が実習区域で一番おすすめの場所なんです。もちろんそれなりの実力は必要ですけれども。

 さて、此処でどうすれば魔物を寄せて倒すことが出来るでしょうか」


 魔物や魔獣がいないわけではない。感知範囲ぎりぎりまで探せばそこそこいる。しかし森の中よりはずっと少ない。

 ここが森の中と違うのは、雑木林で割と明るい事。そして周囲がすかすかで見通しがいい事。


『あとはここが実習区域でもかなり高い場所だという事だ』


 どうやら田常呂たどころ浩治こうじには答えがわかっているようだ。


『何なんだ、それは』


「すこし小細工していいですか」


 田常呂たどころ浩治こうじがリサにそう尋ねる。


「勿論です。ただ魔物を大量に倒してしまうと実習時に悲しい思いをします。ですから今はほどほどにした方がいいでしょう」


「わかりました」


 田常呂たどころ浩治こうじはそう返答。そして今やってきた方に向いて片足を一歩前に出しで、右腕を水平に素早く振るう。


 筋愛きあいを込めていないので効果はそれほどでもない。それでも3m程度の範囲にある雑木や草は高さ1mくらいのところでばっさりと刈り取られた。


『実際は思い切り筋愛きあいを込めて下側の草や雑木を刈り払う。庭の草刈りと違ってある程度の高さは残した方がいいだろう。

 さて、これがヒントだ。今度はスグルが考えろ』


 なるほど、今のでやっとスグルも理解した。


「こうやって下側広い範囲からわかるように筋愛きあいを放てばいいんですね。場合によっては筋肉挑発ポージングも使って」


「正解です」


 リサは頷いた。


「此処は他より高い場所なので、筋愛きあいがより遠くまで届きます。それを利用して魔物を他から引き寄せる、それがこの実習でより多く魔物を倒す裏技となります。


 筋士団きしだんコースとは言えまだ初等課程の生徒トレーニー。ですからまだ実践経験はほとんどありません。ですから気づく生徒トレーニーは他にいないでしょう」


「つまり討伐開始になったら此処を目指して、到着したら筋肉挑発ポージングをすればいい訳ですね」


「その通りです。他の班が早々に森の中で筋肉挑発ポージングをしていても焦る必要はありません。相当に鍛えていない限り森の中で筋肉挑発ポージングを行っても樹木に邪魔されて遠くまで筋愛きあいが届きませんから。


 他には拠点の東側、川を渡った先からはじまる尾根上、の実習範囲ぎりぎりにある小ピークもおすすめです。あちらの方がここより絶対的な魔物の数は多いですけれど、うっそうとした森で筋愛きあいが届きにくいです。


 あとはこちらはが水なし川を上るだけなので此処まで来るのが簡単です。向こうは支尾根についている獣道を辿って上るので、その分移動しにくいですから」


「ありがとう。実習で試してみます」


 これで実習で他の班より魔物を多く倒せるだろう。スライムしか倒せなくてがっかりなんて事はない。


 しかも俺達の班は速度重視だからここまで一気に移動するという作戦には有利。更に俺やサダハルがいるなら筋肉挑発ポージングも他より強力な筋愛きあいを飛ばせるだろう。


「ただ実際、今回の実習は魔物討伐の経験がない生徒トレーニーがほとんどだと思います。ですから魔物を10体以上倒せば全体でもトップクラスの討伐数になる筈です。ですから今言った一番討伐できる方法にこだわる必要はありません。


 今のお坊ちゃまがここで全力の筋肉挑発ポージングをすれば、実習部分の半分以上に筋愛きあいが届きます。そこまでして魔物を寄せると倒す作業も忙しくなるでしょう。

 お坊ちゃまは魔物に慣れていますから問題ありません。けれど他の生徒トレーニーはそうではないでしょう。


 だからいきなり一番効率がいい方法を使う必要はありません。所々で筋肉挑発ポージングしながら少しずつ倒す。それで足りない場合は一番高いところで全力の筋肉挑発ポージング。他の生徒トレーニーの事を考えるとその方が安心でしょう」


 確かにゴブリンが5体以上押し寄せるなんてのは、はじめての生徒トレーニーには辛いかもしれない。僕はリサとの特訓で慣れてしまったけれど。

 だから少しずつ倒して、というのは理解できる話だ。


「わかりました」


 リサは頷く。


「それでは戻りましょうか」


 俺達は来た道を戻り始める。 

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