第22話 予定外の訓練

 本日の我が家の夕食は蒸し野牛ランドバイソンモモ肉、蒸し野菜、茹でキノコ、茹で卵、生野菜、玄米ガレット。

 

 蒸し肉をはむはむした後、リサに頼んでみる。


「今度プロリン平原で実習をやるそうです。ですから一度どんな場所か、実際に行って確認したいのですけれど」


 ミトさん達が実習を楽しみにしているようだ。それなら僕もそれなりの準備をしておいた方がいいだろう。

 そして明日は第3曜日で学校は休み。だからあわよくば偵察をしたいと思ったわけだ。


『ミトさんにいいところを見せたいのが目的だろう。若いな』


 6歳だから若くて当然だ。なので田常呂たどころ浩治こうじの台詞はいつも通り無視する。


「そう言えば初の壁外実習ですね。場所も私の頃と同じですか」


「リサも野外実習でプロリン平原へ行ったのですか」


「ええ」


 彼女は頷く。


「初等科の壁外実習は昔からあそこです。初心者にとって無難な程度の魔物しか出ませんし、坂も少ないですから。

 ただ実習前に見ておきたいという気持ちはわかります。明日雨が降らなければ行ってみましょう」


 よし、これで実習前に状況がわかる。

 どの辺りにどんな魔物がいるのか傾向がわかれば実習でかなり有利になるだろう。

 

「どんな場所なんですか」


「3本の川が合流する場所で、河原、森、荒れ地という環境です。

 出現する魔物はスライム、コボルト、ゴブリン。魔獣が角兎、魔鹿、魔猪。つまりいつもの狩り場と同じです」


 学校でミトさん達が言っていた通りだ。つまり僕にとっては休養日にいつも倒している程度の敵。怖いことは全くない。


「お坊ちゃまの場合は魔物討伐よりも輜重訓練の方が大変かもしれません。トリプトファンから現地までの往復は各班1台、荷物満載の人力車を引いていく事になりますから」


 リサの言葉に疑問を感じた。


「人力車を引くことがそんなに大変なんですか?」


 今ひとつスグルにはイメージできない。車夫は筋肉専門職の中でも簡単な方とされている筈だし。

 それに学校で人力車の使い方は勉強トレーニングしている。確かに動き出しは少し重い。しかし一度動いてしまえばそう問題はなかった筈だ。


「大人の体重があって、かつ平地で使用する分にはそれほど難しい事はありません。ですがお坊ちゃまのように体重が軽く、かつ坂道の上り下りがある場合はそれなりに困難です」


 俺には今ひとつ納得が出来ない。


「筋力で引っ張ればいいだけじゃないんですか?」


「重量物を持ち上げて運ぶ場合は筋力でどうにでもなります。しかしそのまま押したり引っ張ったりして動かす、または人力車に乗せて動かす場合は筋力だけでは難しいのです。

 このあたりは明日、実際にやってみた方が納得がしやすいでしょう」


 俺としては人力車より魔物や魔獣が出やすいところを確かめたい。そのために一刻でも早く現場へ行きたい。

 そうリサに言おうとしたところで田常呂たどころ浩治こうじが反応した。


『このままだと間違いなく実習で苦労しそうだから言っておく。リサの言うとおりにした方がいい』


『どういう事だ?』


『お前も俺なら同じ知識を持っているだろう。荷車を引くのに使う力を生み出すのは筋力ではなく摩擦力だ。この摩擦力は摩擦係数と垂直抗力の乗算。そしてこの場合の垂直抗力とは体重だ』


 そう言われてスグルも知識としては理解した。しかし実感は出来ないし納得もしにくい。

 やはり人力車なしでさっさと現地に行くようにリサに頼んでおこう。そう思ったところで俺の口が勝手に動く。


「わかりました。ところで人力車は明日すぐに用意できるのでしょうか? もし時間がかかるならその次の休養日でも間に合いますけれど」


 田常呂たどころ浩治こうじめ、勝手に返答しやがって。

 しかし一応俺の意見も考慮はしてくれてはいるようだ。次の休養日でいいと言っている辺りでそう感じる。


「問題はありません。大物を買ったり運んだりする為、この家にも折りたたみ式荷物用人力車を用意してあります。折りたたみ式ですから通常型よりやや引きにくいですが、訓練にはちょうどいいでしょう」


 どうやら人力車は試さなければならないようだ。

 そこまで言うなら仕方ないだろう。それにプロリン平原までの距離はおおよそ60km。荷車を引いてもいつもと同じ速度で走れれば1時間で到着出来るし、何ならもっと速く引いてもいい。


『そううまく行かないぞ。まあやらないと納得できないようだから仕方ないが』


 田常呂たどころ浩治こうじの不吉な戯れ言はいつものように無視する。


 ◇◇◇


 そして翌日。朝起きると庭に組み立て式人力車と土嚢が置かれていた。

 なお庭は草も雑木も完全に高さ1cmに刈りそろえられている。この1ヶ月ちょいの間、訓練した結果だ。


「リサありがとう。早朝起きて用意してくれて」


「この程度の用意は10分かかりません。ですからご心配なく。


 それではまず輜重訓練という事で、この土嚢を人力車に積んでいただきます。どう積むのかも訓練です。ですので聞かれない限り私からの口出しはいたしません。


 なお土嚢は合計で1,200kg、初回という事で実習の半分にしました。今日はこれを引いて西門から出てプロリン平原へ向かいます。


 学校にある人力車とモデルは違いますが基本は同じです。積み方や操縦方法は授業で学習済みですよね」


「ええ」


 学校でも習ったし問題は無い。

 

『地球の人力車と違うのは3輪あるところだな。といっても普段接地していて重量を支えているのは2輪だけだ。


 形としては地球のリアカーの人が引っ張る棒の更に前に前輪があると思えばいい。この補助輪は高速走行時のコントロールやブレーキ用だ。ブレーキは後輪にもついているがな。


 人が1人の場合は前輪と荷台の間に入って引っ張る形だ。2人目は後ろから押す担当で、更に人数が多ければ荷室の左右に付いて押す形になる。


 単なる勉強トレなら整地ローラーを引く方が効果的だし絵になる。重い魂多羅♪と歌いながらな。しかし今回は人力車そのものの訓練だから仕方ない』


 田常呂たどころ浩治こうじが誰に対してかわからない説明を入れたがいつも通り無視。

 

 それでは荷物代わりの土嚢を積むとしよう。

 俺は授業で習った通り土嚢を人力車に積み始める。出来るだけ中心に寄せて、重心がメイン車軸より少しだけ前になるように。そう授業では言っていたな。

 

『一つ積んでは父のため 二つ積んでは母のため……』

 

 田常呂たどころ浩治こうじが何やら言っている。しかし俺はいつも通り無視して土嚢を積んでいく。

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