第18話 勇者の疑問、もしくは神の陰謀

 先ほどのミトさんと同じ場所にもっと大きめの男子生徒トレーニーが現れた。教室でミトさんの前に座っていた勇者(公認前)、サダハルだ。


「気づいていたか。これでもミトさん同様、筋配けはいを最小限に抑えていたつもりなんだが」


 確かに上手く筋配けはいを隠していたと思う。


「ええ、その通りでしょう。現にこの3人は気づいてなかったようですから。

 ところで召喚勇者として、何か僕に質問があるのではないでしょうか?」


 この台詞も勿論田常呂たどころ浩治こうじだ。奴なりに何か考えている事があるらしい。


「そう、僕は筋肉神テストステロンに勇者として召喚された筈だ。しかし見てみると君にも僕と同じ筋肉神テストステロンの恩寵がついている。


 筋肉神テストステロンの恩寵だから悪魔カタボリック堕神エストロゲンの勢力という事はないだろう。それなら君はどういう存在なのか確認しておきたい」


 まあそうだろうなと思う。俺は筋肉神テストステロンから勇者の存在について聞いている。しかし勇者は俺より先にこっちに来たから俺のことを知らない筈だ。


『この辺の説明その他は田常呂たどころ浩治こうじに任せていいのか?』


『ああ。俺としても奴に聞きた事があるからな』


 ならスグル田常呂たどころ浩治こうじに任せて見物しておこう。


「僕の存在は勇者召喚の際の事故の産物です。勇者召喚の際に手違いが生じた。そう筋肉神テストステロンは言っていませんでしたか?」


「そう言えば聞いた気がする。迎えを寄越したが一足先に僕が死んでしまった為、回収に苦労したと」


『それがわかっているなら話は早い』


 田常呂たどころ浩治こうじは脳内でそう呟いた。


「ええ。その為に勇者を回収・確保する予定だった妖精が目標を見失い、代わりに別人を確保してしまいました。それが僕です。

 筋肉神テストステロンは元の世界に戻れない事の代償として、僕に勇者とほぼ同じ恩恵を与えてくれました。結果、僕という存在がこの世界に誕生した訳です」


「なるほど」


 サダハルは頷いて、そして続ける。


「それで筋肉神テストステロンはスグル君に何か使命を与えたりとかはしなかったかい」


「ええ。とくに言われませんでした」


「そうか」


 サダハルはそう言って、そして倒れている3人の方を見る。


「何故僕と同じ恩恵を持っている君がいるのか、それは今の説明で理解した。

 でもそれなら君は他の世界からの転生者で、そういった世界の常識も持っているのだろう。

 だとしたら彼らに対するこの扱いは少々手厳し過ぎないか? 君ならこの3人くらい高筋圧こうきあつだけで制圧できた筈だ」


『その通りだ、だがな』


 たどころはその部分だけ脳内で言って、そして後は口に出して続ける。


「その場合あの3人は僕との実力差に気がつかない。馬鹿に対しては馬鹿でもわかる方法で教えるのが親切です。


 それにビルダー帝国、そしてアナボリック世界的には筋肉での決定こそ正義。異世界での記憶が無い限り、疑問を感じる事は少ないでしょう。違いますか?」


 サダハルは苦笑した。何というか年齢にふさわしくない感じだ。スグルが言える立場ではないのだけれど。

 

「確かにその通りかもしれないな。ただそれに気づく君は此処と常識が違う異世界の出身で、実際はやり過ぎだと思ってもいる。違うか?」


「その通りです。しかし郷に入っては郷に従え、僕の記憶の中の世界にはそんな言葉があります」


「その通りだな」


 サダハルは頷いた。どうやら納得したようだ。

 なら会話はこれで終わりだろうか。そう思ったところで彼は再び口を開いた。


「さて、それでは次の質問だ。スグル君は異世界の記憶がある者として、この世界に不自然さを感じないかい?」


『確かに俺の記憶からみると異常な世界だがな』


 田常呂たどころ浩治こうじはそんな事を脳内で呟いた後、口を開く。


「世界が異なるという事は常識もまた異なるという事。今はそう考えています。ただ具体的に不自然さを感じた部分について教えていただければ、僕なりのコメントはお返し出来ると思います」


「用心深いね、スグル君は。なら僕から言おう。

 この国では筋肉神テストステロンが絶対的な神として信奉されている。しかしそれ以外の神は堕神エストロゲン以外知られていない。名前もその存在も。


 これら2柱は絶対神でも創造神でもない。そのくせ信仰形態は一神教的になっている。スグル君はこの事に違和感を覚えないかい?」


 予想外の方向から意見が飛んできた。それはスグルだけでない。田常呂たどころ浩治こうじにとっても意外な言葉だったようだ。


「フィジーク公国は堕神エストロゲンも否定しないと聞きましたけれど」


「ああ。それでも今の僕が調べられる範囲では筋肉神テストステロン堕神エストロゲン以外の神は出てこない。


 僕は思う。本当は他に隠された神、もしくは神々がいるのではないかと。何かとんでもない秘密が隠されているのではないかと。


 神が実在するのはスグル君も知っている通りだ。なら筋肉神テストステロンが何かを隠しているのか。隠しているならその理由は何か。

 陰謀の香りがする。そこまで行かなくとも何かあるような気がする。スグル君はそう思わないか?」


『確かにそうだな、理解は出来る』


 この件についてはスグル田常呂たどころ浩治こうじの意見は異なる。


 筋肉こそがこの世界の絶対論理である以上、筋肉神テストステロンが至高にして唯一存在である事は自明。スグルとしてはこれが常識だ。

 しかし田常呂たどころ浩治こうじ的にはサダハルの論理に共感出来るらしい。


 ただたどころが選んだのはそう思う、そうは思わない以外の返答だった。


「他に聞かれたら異端審問でも受けそうですね」


「その異端審問という発想そのものが異世界的だろう。少なくとも今のビルダー帝国では聞かない言葉だしさ」


 スグルには異端審問という言葉は理解できない。たどころの記憶でニュアンスは感じる事が出来るのだけれど。


 なぜなら異端いう言葉はビルダー帝この国には存在しないからだ。似たような意味であるのは堕神エストロゲン堕ち。しかし異端とは少し違う気がする。

 かといって悪魔カタボリックが異端というわけでもない。何というか概念が少し違うのだ。


『確かに筋肉神テストステロン絶対のアナボリック世界には異端という概念がない。筋肉良ければ全て良し。他にあるのは堕神エストロゲン悪魔カタボリックだけだ』


 田常呂たどころ浩治こうじは脳内で呟いた後、サダハルに返答する。


「神については確かにそうかもしれません。ただ今の段階で答を出せる問題では無いでしょう」


「それはそうだ。そう簡単に解けるようならこの世界もとっくに違う常識になっているだろう。

 ただもし答えを解く鍵があるのなら、それはこのビルダー帝国では無い。フィジーク公国か、さもなくば堕神エストロゲン領域にあるだろう」


「遠いですね、入校したばかりの生徒トレーニーには」


 この場合の遠いとはきっと距離的な意味では無い。行くのが困難だという意味だろう。


 堕神エストロゲン領域には強力な使徒メタボリックが出現する。フィジーク公国に出入りするには国発行の許可証が必要だ。

 どちらも義務教育トレ期間の生徒トレーニーが行けるような状況では無い。


「ああ。しかし僕は知りたい。この違和感が単なる気のせいなのかそうでないのかを。

 だから勇者としての公認を目指すのが当面の目標だ。勇者なら許可なしで自由に動けるようだから。

 さて、常識外の会話はここまでのようだ」


 どういう意味かはスグルにもわかる。筋配けはいが近づいてきているからだ。ミトさんのものと、それより大きい教師らしい筋配けはいの2つが。


「興味深い話が聞けました」


「そう言ってもらえれば幸いだ」


 筋肉神テストステロンを疑うか。恩恵を与えられておきながら罰当たりな事だとスグルは感じる。しかし筋肉神テストステロンに選ばれた勇者がそう思うなら、それもまた神の御心によるものなのかもしれない。


『かもな。それにあの尻はいい。もう少し育てば極上の絞まりになるだろう』


 田常呂たどころ浩治こうじめ、どういう意味だ。不浄というか不潔というか、邪悪な筋配けはいを感じる。

 俺の気のせいだけならいいのだけれど。

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