第11話 何事も勉強(トレーニング)
「なるほど。外食でも健全なメニューはあるんですね」
出てきたのは俺の目にも健全とわかる料理の数々だった。
繊維が多くGI値が低い蕎麦粉で出来たガレット。具は見ても食べても脂身は一切感じられないローストポークとゆで卵の白身部分、そして野菜。
付け合わせの茹で野菜もマッスルシェイクもなかなかだ。
「今回のメニューはマッスルセットなので確かに健全です。ですが健全であろうとなかろうと、それを選ぶのは個人の自由です。
チートデイもありますし、特に脂肪分を必要とする時もあります。ですので
なるほど。
「僕の了見が狭いようでした」
「いえ、お坊ちゃまはオリバ家で育ったので仕方ありません。あの家は
ですがそれだけでは学校や他の社会等ではやっていけないでしょう。人には選択の自由がある。正しい、間違っているの定義も人によって違う。それを認識して下さい。
義務
「ありがとう、リサ」
確かに俺は偏狭であったかもしれない。記憶と思考に
「それでは食べ終わったら学校を外から確認して、そして家の確認へ向かいましょう」
学校を確認するのはわかる。明後日には試験をうける訳だし、下見をしておくのは悪くない。
しかし家の確認とは? その家とは、もしや……
「既にお坊ちゃまと私が住む家は借りてあります。中も使える状態になっている筈です。一部はわざと未整備のまま残しておいてもらっていますけれども。
今回の
やはり……それにしても気が早いだろうと思う。もちろんこれは手配しただろう父母に対してだ。
「試験に合格する前に家を確保ですか」
「試験に不正かミスが無い限り合格するだろう。お坊ちゃまを知っている人なら誰もがそう判断すると思います」
『浪人した時の悪夢が……』
俺の中の
ただ回りがそう見ていると聞くと俺もプレッシャーを感じてしまう。家に行ったら問題集を確認しておこう。大丈夫だと思うけれど念の為に。
◇◇◇
明後日試験を受ける学校は建物は普通の3階建てに見えた。しかし敷地がとにかく広い。
「こんなに広いんですか」
「この位の広さは必要です。実際これでも最高速測定には長さが足りないでしょう。
ただ器具類は屋外・屋内ともに充実している筈です」
言われてみると確かに広さは必要かもしれない。1km程度なら走る際、加速後すぐ減速しないと間に合わないから。
そしてリサの言う通り器具類は充実しているようだ。横鉄棒、横平行棒、5段鉄棒、その他よくわからない形の道具が多数設置されている。
「それでは家に行きましょう」
さて、いよいよ家だ。
2人暮らしと言うけれどどんな家だろう。
筋肉貴族は基本的に防衛区域である自領暮らしだ。防衛を任されている以上、領地の外に出る事はほとんど無い。
つまり別宅なんてものは必要無い。だから侯爵位である父も持っていない。どうしても
だから
しかし俺は生まれてからずっと筋肉伯爵であるオリバ家で育ってきた。だから一般的な庶民の家というのを実はよく知らないのだ。
一応友人はいなかった訳ではない。でも家に遊びに行くなんて仲ではない。出会ったら一緒に遊ぶ程度の仲だ。それに記憶が蘇ってからは
『寂しい少年時代だな』
まあ学校に通うようになったら自然と友人くらいは出来るだろうけれど。だからきっと問題は無い。
「お坊ちゃま、こちらの家で御座います」
えっ!?
学校からは結構近い。およそ500mくらいだろう。近いのは何かと便利だからありがたい。
そして周囲は普通っぽく見える住宅街だ。これも問題はない。
しかしリサが示した家、敷地の広さが異常な気がする。左側が次の交差点まで20mくらい、右側は……途切れなく塀が続いていて、次の交差点まで100m位の間、門とか塀の境っぽい場所とかは見当たらない。
「これって随分と広くないですか」
「家はそうでもありません。私とお坊ちゃまで維持可能な程度です」
リサはそう言って門扉を鍵で開ける、
中は……雑草が生い茂っていた。樹木というサイズはないが、直径5㎝程度の雑木は結構ある。
「うんうん、指示通りですね」
この荒れ放題の庭の何が指示通りなのだろう。そう思ったらリサが僕の方を振り向く。
「さてお坊ちゃま。この家の庭はこのような雑木や草で埋もれています。
そしてこの塀をご覧下さい。地面からの高さ20cm程度までは頑丈な石で出来ています。つまり軽く手刀を入れる程度では壊れません」
確かに塀は頑丈な作りになっているようだ。
「また家の方も同じように高さ20cmまでは頑丈な石になっています。また玄関入口は高さ20cmの石段2段と高くなっています。
この構造はある筋肉貴族家の屋敷と同じです。お坊ちゃまはわかりますでしょうか」
すぐに気付く。
「うちの家と同じですね。確か手刀や足払いの練習で、攻撃が壁や塀に当たった時の為と聞いています」
リサは頷いた。
「正解です。具体的には手刀はこんな形で練習します」
リサはすっと膝を曲げ腰を落とし、低い姿勢で右手を横へと高速で振り払う。
ダン! バリッ! 右手の爪先の20m近く先までの木や草が切断された。そのまま倒れたり周囲の木や草にひっかかったりする。
「次は足払いです。これくらい膝を曲げて」
リサは立ち上がって左足膝を軽く曲げ、そして右足をくるっと捻るように横方向に半回転させる。
右足爪先から先、10m位の草木が刈り取られた。
「どちらも実戦で使う技ではなく訓練です。筋肉の力を最大限に引き出し、
俺は街を抜け出す為に街壁を跳び越えた後に見た草原を思い出す。なるほど、あれは見晴らしを良くする他、この訓練の結果草地になったという理由もあった訳か。
「この荒れ加減はその練習をここでも出来るようにする為ですか?」
リサは頷いた。
「その通りです。3ヶ月前にこの家を借りた時、魔草と呼ばれる成長が非常に早い雑木の種をこの庭全体に蒔いたそうです。これはお坊ちゃまがこの家で同じような練習を出来るようにと言う御父様の考えからです」
『そんな事をしたらブラックバスやウシガエルのように従来の生態系が破壊されるぞ!』
確かにこんな草が蔓延ったら大変だろう。そう僕は思うので聞いてみる。
「その種が他へ飛んでいったら大変じゃないんですか?」
「魔草は特殊な肥料が無ければ2週間で枯れてしまいます。ですから問題はありません。トレーニング用にこの草を使用している場所も割と多くあるようです。
ですので問題はないでしょう」
なるほど。
「それでは
少しでも姿勢が高いと家や塀が壊れます。ですので気をつけてやりましょう」
出たなぶっつけ
一応此処で確認はしておこう。
「高速走行
「流石にあれは予定外でした。ですがお坊ちゃまが仰る通り、高速走行と此処の草刈り、そして昼食のマッスルドナルドは御父様の計画通りです」
やっぱりそうか、そう俺は思う。でもまあそれはそれとして、まずは
俺は姿勢を低くして、そしてリサがやっていたように右手を高速で横に振るう。
ササッ、軽い音。確かに草は切れたが木になっている部分までは切れていない。草も切れたのは1m先くらいまでだ。
なるほど、これはいい
「お坊ちゃま、手を使ったら必ず次は足でやって下さい。交互に使う事も
なるほど。俺は立ち上がって、そしてリサのやった真似で右足払いをかける。手刀よりも切れていない。爪先から10cm程度の草がやっとだ。
これはなかなか厳しい。だからこそやりがいがある。俺はしゃがんで手刀の第二撃を放った。
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