第4章 試験を受けよう

第10話 堕神の飽食?

 まず筋士団きしだん7名が到着。リサが簡単な説明をした後、筋士団きしだん員1名とともに王都トリプトファンの第一筋士団きしだん本部へ行き事情聴取。

 結果、移動以外で30分もかかってしまった。


「お坊ちゃま、面倒をおかけして申し訳ありませんでした」


 いや、リサが謝ることじゃない。


「仕方ないでしょう。筋士団きしだんも捜査や取扱の為に必要でしょうから」


「いえ、本来はこの程度の目撃・処理事案、10分もあれば終わる筈です。筋肉採用で事務能力がない者でも処理出来るように書類が出来ていますから。


 担当の筋士団きしだん員がやるのは書類に書いてある通り質問し、項目に書き込んでいく事だけです。こちらの身元確認が出来なければその把握で多少時間はかかりますが、今回は正規の身分証を持っていましたし提示もしていますから問題ない筈です」


 そうなのか。


「なら何故3倍も時間がかかったんだろう」


「担当者の能力不足です。書類を見ると筋肉と勉強トレ以外の語彙力が欠けているように感じました。


 第一筋士団きしだんはこういう知的処理能力や実戦での戦闘能力が足りない者が多いと言われています。王都トリプトファンの警備筋士きしとして筋肉の見栄えがいい者の優先採用枠がある事が原因です。

 結果、筋士団きしだんに『飾りと見栄えの第一筋士団きしだん』なんて呼ばれいたりします」


 リサ、けっこう厳しい。元筋士きしだけにその辺をよく知っているからだろうか。

 なお田常呂たどころ浩治こうじは逆の意見。


『俺からみると、これでもかなり早く済んだという感覚だぞ。単なる関係者の事情聴取でも出身地やら卒業学校やら全部聞いて、4時間5時間かかるのは当たり前だったからな。

 あと確かに担当者、引き締まったいい尻をしていた』


 いずれにせよ終わったらどうでもいい。いや、ちょっと気になる事を思いついたからおまけで聞いてみる。


「第一筋士団きしだんが飾りと見栄えなら、それ以外の筋士団きしだんにもそんな蔑称みたいなものはあるんですか」


 リサは頷いた。


「ええ。足だけ速い第二筋士団きしだん、戦闘馬鹿の第三筋士団きしだん勉強トレしかしてない第四筋士団きしだん、人畜無害な第五筋士団きしだん、何処にいるのか特科筋士団きしだん

 こんな感じです」


 うーむ、筋士団きしだんにも筋肉のようにそれぞれ違いがあるようだ。この辺はロイシンにいたのでは気付かなかったなと思う。


「それではお昼を食べに行きましょう」


「店で食べるんですか?」


「ええ」


 楽しみと同時に不安になる。

 実は俺、外食をした事がない。出かける時は弁当だし、それ以外は全部家だ。


 それに外食に批判的な意見が多い事を知っている。客を増やす為に味ばかり重視して栄養バランスが悪いとか、その味も濃すぎるとか、危険な食材を使っているとか。


 例えばパンケーキという堕落の食べ物があるらしい。炭水化物と脂肪を混ぜて焼いたものに、ほとんど糖分というソースと、牛乳から乳清を取った残り滓であるバターという脂肪のかたまりを載せて食べる代物だそうだ。


『日本では結構人気があったぞ。その上に更にホイップクリームを載せたりもする』


 ホイップクリーム! 脂肪分の塊に糖を加えて泡立てたという不浄の食べ物か!

 やはり田常呂たどころ浩治こうじがいた世界、ろくなものではなさそうだ。堕神エストロゲンに支配されている。


「外で食べて大丈夫なんですか?」


「外食にも様々な店があります。堕神エストロゲン崇拝の極みのような料理を出す店も、健康にいい料理を出す店も。王都トリプトファンでこれから生活する以上、時には清濁併せ飲む覚悟も必要です」


 本当にそうなのだろうか。それは堕神エストロゲンの誘惑というものではないだろうか。


 歩いてみるとトリプトファンの街、外見上ははロイシンの街とそう変わりない。石畳の道路、石造りの頑丈な3階建てくらいの建物、所々にある水場。


 そんな中を歩いて行くと外食関係の店が並んでいる一角に出た。先程思ったパンケーキ、更には堕神エストロゲン信仰の権化としか言えないソフトクリームなどの食べ物を売っている店まである。


「あんなメニューを堂々と出しているような店、そのままにしてもいいのでしょうか」


「チートディに食べるなら問題ありません。それにカロリーが足りず筋肉が消耗しそうな時、疲労して消耗しきった時にも有用です。

 それに誰しも筋肉貴族や筋士きしという訳ではありません。社会の大部分を支えているのは専門筋肉職と平民です。彼らにはこういった娯楽的な食べ物も必要でしょう」


 理屈では確かにそうなのだろう。しかし俺はいまひとつ割り切れない。


「ただこれから私達が行く店はそこまで堕神エストロゲン的ではありません。そこの3階にある筋肉マッスルドナルドです。ロイシンにも支店がありますが、ごらんになった事はありませんか」


 確かに2軒先の上の方にある大きなMが描かれた赤い看板には見覚えがある。


「確かにロイシンでも見た気がします」


「手軽で便利です。注文は私がしますからご心配なく」


 大丈夫なのだろうか、まともな食べ物が食べられるかという意味で。


 吹き抜けになっている昇降口で3階へと跳躍。赤白の服と黄色い上着で筋肉を隠した赤髪白肌の人形が立っている入口から中へ。

 

 中はカウンターで受付する形式でそこそこ人が並んでいた。そしてやはり堕神エストロゲン的な食べ物もある。この店も堕落した店のようだ。


 列が進んで、そして俺達の番になった。


「ローストポークガレットの昼マッスルセットを2つ、どちらもマッスルシェイクと蒸し野菜で」


「ローストポークガレットの昼マッスルセット、マッスルシェイクと蒸し野菜で2つですね。180レップス1,800円になります」


 リサが支払っている間に対応しているのと別の店員が料理を用意してカウンターに出す。

 見た感じでは確かに健康に悪く無さそうだ。蕎麦粉のガレット、脂身がまったく見えないローストポーク、キャベツと人参とブロッコリーの蒸し野菜。


 確かにこれなら問題はないだろうと思う。ローストポークや蒸し野菜にかかっているソースが少し気になる位だ。


■■■ 蛇足の用語解説 ■■■

  

○ レップ、レップス

  ビルダー帝国の金銭の単位。感覚的には1レップス=日本の10円程度。

  なお地球の筋肉鍛錬業界では、『トレーニングを行う回数』をレップ数と呼ぶ。例えばベンチプレスを10回=10レップ。


〇 ドナルド(ランランルー)

  このビルダー帝国でのドナルド設定は以下の通りとなっている。

乱爛流ランランルーという武術を極めたマッチョ。鍛えられた身体をだぶだぶの服に隠し、腐敗した地獄ヘル体制に仲間であるグマリス、パーディー、ベンハーグラーと共に立ち向かった』


  なおこの話の元については『ドナルド ランランルー 伝説』で検索の事。一部の人以外は知らない常識? に巡り会えるかもしれない。


〇 昇降口

  ビルダー帝国で階段に相当するもの。吹き抜けになっていて、各階にジャンプ及び着地用のスペースが設けられている。慣れた人は1階から3階へ一気にジャンプして移動する。

 なお跳躍力に自信がない人用に半階分ずつの段になっている部分があるのが普通である。

  学校で上履きをはき替える場所ではないので要注意。

 

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