第3章 王都へ向かおう

第7話 移動も訓練?

 父とGLUの戦いで己の未熟さとこれから進むべき道の遠さ険しさを知った日から3ヶ月程経った3月頭。

 俺は帝立学校初等義務教育トレ課程の試験を受ける為、王都トリプトファンへ向かっていた。


 義務教育トレ学校そのものはロイシンの街にも揃っている。だから学校に通うだけなら王都トリプトファンへ行く必要はない。

 わざわざ王都トリプトファンへ行くのは勿論理由がある。

 

王都トリプトファンの帝立学校には全国から優秀な生徒トレーニーが集まる。教育トレ機材も教育トレ理論もビル帝国の最先端だ。それにロイシン以外の街を知る事も経験になるだろう。


 帝立学校は初等義務教育トレ課程にも入学試験がある。入学するには筋肉だけでなく知識や思考力も必要だ。しかしスグルなら問題無いだろう』


 これは父の意見。母も同意見だったし、他の街へ行ってみたい俺としても大歓迎だ。なので王都トリプトファンへ向かっている。


 王都トリプトファンまでは240km程度。筋肉の疲労回復を考え試験の前々日に家を出て、2泊して試験。試験終了後1泊して、翌日の合格発表を確認。

 その後ロイシンの街へと帰るというスケジュールだ。


 日常の着替え、試験用の服、通称赤本と呼ばれる試験対策用の問題集と筆記用具。そして水と行動食。


 試験用の服装は学校から指定されている。具体的には『運動にふさわしい上下。半袖短パン、色は上が白色無地、下が黒色無地』。


 これは実のところ義務教育トレ前に国から対象児童に配られる指定服そのものだ。筋肉貴族のようにトランクス&マントという訳では無い。


 一般の児童はあまり鍛えられていないから安全や健康の上で仕方ないのかもしれない。それに指定服なら児童全員が持っているので、試験会場で差が出る事もない。


 これらをザックにぎちぎちに詰め込んで、朝8時に家を出る。お供は毎度お馴染み僕付きメイドのリサだけだ。


 リサはそれなりに勉強トレを積んだ強者だ。元々は第三筋士団きしだんの女子隊にいたらしい。


『色々あって辞表を出したところでパクトラリス侯爵だんちょうに拾われました。そして坊ちゃま専属メイドになったわけです』


 父や母などから聞いた話では、筋力は女子隊の中ではトップクラス。男性の上級筋士きしに劣らないらしい。


『リサがいれば下手な護衛よりよっぽど安心だろう』


 今回も父母からそう言われた位に信頼されている。年齢はまだ18歳でかつ色白、そしてシュレイテス男爵と同じように筋肉が目立ちにくい体形なので見た目は強そうに見えないのだけれど。


 メイド服に背負子というスタイルのリサと、半袖半ズボンにランニングザックという姿の俺は、ロイシン南門を出た後走り始める。


「坊ちゃまの走る姿勢は安定していますね。大分走り込みの訓練もなさったように見えますが、違いますでしょうか」


「ロイシンの周回型訓練走路トラックでは制限速度ぎりぎりで走る訓練をしたけれど」


 ロイシンの街の街壁際には街を一周する周回型訓練走路トラックがある。制限速度は時速80km。この速度までなら半日以上走れるのは確認済みだ。


 それに姿勢が安定しているのはリサもだ。長いスカートのメイド服に大きめの背負子を担いでいるという姿。なのに全く動きに無駄もブレもなく、楽々という感じにすら見える。


「でしたら少し速度を上げましょう。試験が明後日でしたら筋肉の回復時間は充分あります。勉強トレと時間短縮を兼ねて、街中では出来ない速度の勉強トレを致しましょう」


 リサはそう言うと、筋士団きしだん標準と同じ時速60kmから更に速度を上げた。俺も負けじとついていく。


「これで5割増し、時速90kmといったところです。ロイシンの周回型訓練走路トラック制限速度より少しだけ速めにしました。これなら少し遅くなりますが朝昼食を王都トリプトファンでのんびり食べる事が出来ます。

 行動食は途中2回、走りながら食べれば大丈夫です。準備は私の方でします」


「わかった。ありがとう」


 これだけ速度を上げて長距離を走るのは初めてだ。

 前に父とGLUとの戦いを見て以来、僕は街の外に出ていない。何せ俺はまだ6歳児。1人で街の外に出る許可なんてとれる訳がない。


 そしてロイシンの街壁内で長距離を走れる場所は18kmの周回型訓練走路トラックだけ。

 東側にある直線型訓練走路トラックではそれ以上出せるが、ここの長さは3kmでうち1kmは減速用。つまり実質2kmしか使えない。

 

 ただそれでもこの程度の速度は大丈夫だろう。そう俺は感じている。


 確かに今まで長距離の練習をした時速80kmより少しばかり早い。しかし筋肉神テストステロンによれば俺の筋肉は『速筋線維と遅筋線維両方の能力を併せ持つ最強の筋肉』。


 俺の筋肉そのものは最高時速120km以上を出す事が出来るのを確認済み。更に言うと循環系も呼吸系も今のところ問題を生じるような筋配けはいはない。


 3分程度走って、そしてリサは頷いた。


「流石坊ちゃまですね。この速度でもフォームにブレが出ていません。ならもう少しきりがいい速さまで上げましょう。2時間で王都トリプトファンに着く程度に」


 リサ、更に速度を上げた。勿論俺もついていく。

 この辺りの速度となると訓練走路トラックでもほとんど経験がない。直線路ならあっという間に減速場所に入ってしまうから。


 ただリサは余裕そうだ。背負子も上下動せずぴたりと安定している。恐ろしくスムーズな走りだ。俺よりずっと。

 俺の方は正直辛い。筋力的にはまだ余裕がある感じだが動きが上下してしまう。あと先程と比べて目がすこしチカチカする。これは速度のせいだろうか。


「目は細く開いて、かつ瞬きを多めにするのがコツです。瞬き後の視界で自分の100m前程度先の状況を把握します。小石等については足裏の感触で確認して膝と足首であわせて下さい。

 膝はある程度意識して曲げて、腰から上を上下させない事を意識すると楽です」


 リサの言う通りにしてみる。周回トラックを走っている時とは違う走り方だ。でも確かに走りやすくなった。先程より無駄なくスムーズに走れている。

 ふと思いついたので聞いてみる。


「ひょっとして父から、高速走行の訓練させておけと言う指示があったのですか?」


「わかりましたか。その通りです。ロイシンの街の中ではこういった訓練は出来ませんでしたから。だから出来るなら規定速度の倍まで上げて走る訓練をさせるように。そう指示を受けています」


 やはりそうかと思う。父が考えそうな事だ。それにこの速度、慣れるとなかなか爽快だ。前から受ける風も、横を流れていく風景も。


「慣れるとなかなかいい感じです」


「坊ちゃまは流石だと思います。普通はこの速度、すぐには慣れませんから。マユミ様も時速120kmは帰りの半分程度でいいと言ってらっしゃいました」


 それはそれでスパルタだなと思う。

 しかし以前はこうでは無かった気がする。それなりに年齢相応の子供らしい扱いをして貰っていたような……


 記憶を時系列に並べ替えて確認。父が俺の勉強トレに力を入れ始めたのは、俺が田常呂たどころ浩治こうじの記憶と思考を手に入れてから。


 それがスパルタになったのは、街を抜け出して第三筋士団きしだんに捕まった時以来だ。ああ、自業自得だったか。


 しかしおかげで通常の6歳を遙かに超える筋力を身につけることが出来たのだ。今では筋士団きしだんの平団員程度の筋力がある。ステータス能力で見る限りは。


 だから結果オーライだ。そう微妙に自分をごまかしつつ、俺は走る。


 ◇◇◇

 

「このペースならあと20分程度で王都トリプトファンに到着します。そろそろ速度を落としてクールダウ」


 リサの言葉が中途で途切れる。理由はすぐにわかった。悲鳴が聞こえたのだ。たとえ遠方からで、かつこちらが時速120km走行中であっても鍛えた耳はそれくらい簡単に捉える。


「速度を上げます」


「わかった」


 リサは更なる速度へと加速する。今度は本気のようで今までのと違い加速が急だ。俺も必死になって後をついていく。

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