第6話 筋肉侯爵と上級使徒の実力

 街から1時間走ったところで俺達は足を止める。


「ここがGLUとの戦いの場なのですか?」


 父は頷いた。


「そうだ。見たとおり、何をしても問題が出ない場所だからな」


 土むき出しの崖。草や小灌木しか生えていない荒れ地。目の前にあるのはそういう風景だ。


『まるで昭和の稲城の造成地のようだ。仮面ライダーとかレッドマンが出てきそうだな』


 俺の記憶の中にいる田常呂たどころ浩治こうじからよくわからない感想が出る。理解出来ないし役に立ちそうもないから無視だ。


 それより問題は遙か遠くから近づいてくる強力な筋配けはい。崖の先なので姿は見えない。それでも明らかに強力だとわかる。


 筋配けはいの数は3つ。うち1つがとんでもなく強大だ。筋配けはいの雰囲気は違うが、強大さで言えば俺の父である筋肉貴族72家序列第4位、マユミ・セルジオ・オリバ・パクトラリス侯爵と同等と感じる。


 筋配けはい3つは俺達がいる1km先、崖の上部分で停まった。そしてそこからは一番強大な筋配けはいだけがこちらに向かって近づいてくる。


「行ってくる」


「お気をつけて」 


 父は軽くかがんだ姿勢をとった後、思い切りジャンプした。地響きと共に宙に舞い、弾道軌道で目の前の平地へ飛んでいく。


 向こうからも白い姿の何者かが同じように空中を飛んできた。白いランニングに白い短パン、黒い靴を履いているのがわかる。

 父より少しだけ速く白い姿の男が着地した。


「すこやかな毎日、ゆたかな人生。使徒メタボリックGLUグルコ・エザキ、ここに見参!」


 白い姿の男GLUはそう名乗りを上げる。そして両手を大きく広げて上にあげ、右足で片足立ちするという異形の筋肉挑発ポージングを行った。強烈な筋愛きあいが放たれる。


「ビル帝国パクトラリス侯爵マユミ・セルジオ・オリバ、此処に在り!」


 父は名乗ると共にサイドチェストの筋肉挑発ポージング筋愛きあいを放ち迎え撃った。


 濃厚かつ強力な筋愛きあいがぶつかり合う。大地が揺れ、木々が倒れる。二人の間の空間がきしみ悲鳴をあげ、地面が爆発して砂煙をあげた。


 俺のいる場所から二人まで500m近くある。それでも放たれた筋愛きあいの強大さに吹き飛ばされそうだ。俺は耐えて立っているのがやっとの状態。


 本気の筋肉貴族、そして上級使徒メタボリックとはここまでの存在だったのか。俺は自分の無知を思い知った。


『江崎グリコのグリコはグリコーゲンの略だ! 血糖値のグルコースじゃない!』

 そんな中、田常呂たどころ浩治こうじがよくわからない事を叫んでいる。無視、というか聞いている余裕なんて無い。


 GLUはすっと身体を屈め、次の瞬間父へ向けて猛烈にダッシュした。


跪坐姿クラウチング攻撃アタック!」


「肩メロン!」


 父は右肩を前に出して同じく突進。ぶつかり合った瞬間に爆発が起こった。少し遅れて分厚い筋肉がぶつかる鈍い音。

 

 父は大丈夫か! 不安が俺を襲う。しかし感じる筋配けはいは2つ。双方とも大きさはぶつかる前とそう変わらない。


 どうらやこの程度、この2人にとっては挨拶程度らしい。そう俺は察した。

 

「グライドパンチ!」


「はいっ! ズドーン!」


 GLUの拳と父の平手がぶつかり爆発が起こる。2人の周囲の地面がクレーターのように凹む。

 さっと2人は出来たばかりのクレータの両側へと飛んだ。間の距離は10m程。


 GLUが左足で地面を蹴って凹みを作った。その凹みに左足をかけ、右足を前にしてかがむ姿勢になる。


「スターティング・ブロック形成。真・跪坐姿クラウチング


 対する父は足を軽く広げ、両腕を軽く下へ下げる筋肉挑発ポージング中、もっとも基本的な姿勢をとった。


「フロントリラックス、からの……」 


 シュレイテス男爵が早口で俺に教えてくれる。


「よく見ておくんだ。互いの決め技が出る」


 言われなくてもわかる。2人の間の筋配けはいが張り詰めているのだ。その筋配けはいに圧倒されそうになる意識を何とか保つというか維持する。


 そして。


「真・跪坐姿クラウチング攻撃アタック、1粒300メートル!」


「肩に不整地用人力車ジープ!」


 最初と形だけは似た、しかし遙かに大きい筋愛きあいがこもった攻撃がぶつかり合った。

 今までで最大の爆発。激しい閃光。ズドーン! という振動。パーン! という衝撃音。

 巻き起こる激しい風と砂埃。俺は両足で踏ん張りつつ右腕で目をかばう。


 爆発の中心から煙が広がり、そして上方へと伸びていった。ある程度上から横に広がりキノコ雲を形作る。

 父は大丈夫か! 煙で見えないが感じる筋配けはいは2つ。どちらも先程までと比べ弱ってはいるが健在だ。  


「今回も引き分けだな」


 シュレイテス男爵の声が聞こえた。その言葉に俺はほっとする。

 とんでもない戦いだった。俺の予想を遙かに超えていた。


「迎えに行きますか」


「問題無い。侯爵はまだ半分は力を残している。GLUもだが」


 なるほど。今の筋配けはいは弱く感じるが、それは2人が戦闘態勢を解除しているからだ。通常時として考えればこれでも大分大きな筋配けはいではある。


「今回はこれまでだな」


「ああ」


 2人がそれぞれ反対方向を向いたのがわかった。父もGLUも帰りは飛行ではなく走って戻るようだ。

 父が戻る前に俺は疑問に思ったことをシュレイテス男爵に聞いてみる。


筋愛きあいで爆発するのはわかるのですが、あの閃光は何だったのでしょうか?」


「あれほどの筋力のぶつかり合いの場合、消費されるATP等のエネルギーは膨大な量になる。

 分解され発生した有機物の一部は体外へと漏れる。それらが攻撃で発した熱で爆発的に燃焼し、あの閃光を放つ訳だ」


『何だそのトンデモ理論は! ゆで理論かい!』


 そう脳内で理解不能な突っ込みを入れる田常呂たどころ浩治こうじは無視。


「そんな爆発まで起こる程にエネルギーが漏れるんですか?」 


 そうシュレイテス男爵に聞き返す。


「ああ。ただしそんな攻撃が出来るのは筋肉貴族でも上位伯爵級以上に限られる。私ではまだそこまでの攻撃は出来ない」


 なるほど。つまりうちの父は想像以上に筋肉強者だった訳だ。

 俺は自分の先に続く道の長さと困難さを思い知った。昨日ゴブリンやスライムを倒して感じた自分の筋肉に対する自信が木っ端みじんに砕かれた気がする。


 しかし俺は諦めない。これでも俺は筋肉神テストステロンの恩恵を受けている。そして予想を遙かに超える筋肉強者だった父、パクトラリス侯爵マユミ・セルジオ・オリバの息子だ。


 明日から勉強トレには更に力を入れることにしよう。いや、今日からだ。帰ったらすぐに勉強トレに励もう。


■■■ 蛇足の用語解説 ■■■


○ 昭和の稲城の造成地

  よく実写ヒーロー物に使われていた、三栄土木という会社所有の採石場付近一帯の事を言っていると思われる。東映生田スタジオと同じ山の続き。ごく最近まで往年の姿を色濃く残していた場所が結構残っていたが、南山東部土地区画整理事業やよみうりランド隣接地の新規開発等で大分変わってしまった。


○ グリコーゲンとグルコース

  江崎グリコ株式会社のグリコとはグリコーゲンに由来している。つまり血糖値で測定するグルコースとは違う。この辺は田常呂たどころが言ったとおり。


  グルコース(ブドウ糖)は糖を構成する最も基本的な物質で、このグルコースが何個もつながったものがグリコーゲン。大雑把に言うとこんな感じ。なお筋肉に含まれる筋グリコーゲンは筋肉収縮のエネルギー源。

  それぞれがどう使われるか、分解してどうなるかについては非常に面倒なので省略。興味がある人は各自検索のこと。


○ すこやかな毎日、ゆたかな人生

  江崎グリコ株式会社のコーポレートメッセージ。


○ ゆで理論

  ゆでたまご著『キン肉マン』で語られる常軌を逸した理論のこと。この理論によると物は重いほうが早く落ちるし、地球を逆回転させれば時間が逆行するらしい。

  

○ 使用している技名について

  GLUは短距離走のクラウチングスタート、砲丸投げのグライド投法、そして昔懐かしのグリコのキャッチフレーズ『ひとつぶ300メートル』から。筋肉挑発もいわゆるグリコポーズ。

  父マユミの技はボディビルのかけ声やポーズが元。メロンもジープも『はいっ! ズドーン!』も。ボディビルのかけ声には色々と変なのがあるので検索してみると面白いかもしれない。

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