第5話 戦闘場所へ移動中に

 そう言えばあの時、父が迎えにくる前にシュレイテス男爵と色々と話をしたな。僕は思い出す。

 中でも一番印象に残っているのはこのあたりのやりとりだ。


「鍛えられる内に鍛えておいた方がいい。筋肉痛で動けなくなるまで鍛えられるのはせいぜい筋士きしまでの特権だからさ。

 筋肉貴族になるとそこまでの勉強トレーニングは出来なくなる。出来て3割以下ってところさ」

 

 何故出来なくなるのだろう。この時の俺にはわからなかった。筋肉貴族こそ強力な敵に対応する為に極限まで鍛えるべき筈だ。そう思っていたからだ。


「どうしてですか?」


「交代要員がいない。そしていつ何時強敵が来ても戦えるようにしなければならない。それが筋肉貴族だからさ。

 俺のような新米の男爵だってそうだ。お前の親父のような侯爵級なんてのは余計にそうだろう。


 自分で無ければ戦えない敵が出た場合はどんな時であろうと戦わなきゃならない。ただ戦うだけじゃ駄目だ。勝たなきゃならない。

 だから何時いかなる時でも動けるようにしておく訳さ」


 なるほど。俺は深く深く納得した。

 しかし同時に疑問も生じる。


「唯一無二の戦力だからですか。しかしそれでは筋肉を維持するのは難しくないですか」


「それくらい出来なければ筋肉貴族じゃない。まあ俺も成り立ての筋肉貴族だから大きい事は言えないけれどさ。


 それにしてやっぱり6歳とは思えないくらいしっかりしているな。筋肉も動きも知識も思考力も。やはり侯爵家ともなると英才教育でもしているのか、やっぱり?」


「まあそんなところです」


 説明が面倒なので否定しないことにする。


「そのわりには考えなしに筋肉挑発ポージングをして筋配けはいでバレるとか微妙だよな」


「そこは経験不足という奴ですね。何せ一人で街壁の外に出たのははじめてですから」


「経験不足というのも6歳で使う言葉じゃないな」


 確かに6歳児が経験不足なんて言うのはおかしいだろう。自分でも冷静になるとそう思う。

 やはりこのあたりの感覚、田常呂たどころ浩治こうじの記憶のせいだろうか。俺自身は間違いなくスグルだという感覚があるのだけれど。


 あとこんな感じでシュレイテス男爵、年齢的にも20代前半と若いし話しやすくていい。

 今日から兄貴と呼ばせてくれ、とは言わないけれど。試合に負けた訳ではないし。


「それにしてもスグル、走っているが足はもう大丈夫なのか?」


 突如父にそんな事を聞かれ思考を切り替える。

 どういう意図だろう。そう思いつつ答える。 


「ええ、このくらいの速度なら問題ありません」


 現在の走行速度は概ね時速60km。1分間に1km走れる速度。

 これは警備隊や筋士きし等が特に急がず通常移動する時の規定速度。つまり警備隊員ならこのくらいなら特に疲れず1日中走る事が可能とされている。


 俺は6歳児で筋力も筋士団きしだんの平団員に劣る。それでもこのくらいの速度で走るのは余裕だ。父もそのことについて知っている筈だったのだが……


「なら超回復にかかる時間がとんでもなく少ないのだな。普通は昨日くらい筋肉を痛めつければ2日は影響が出る筈だ」


 はっ、そういえば……

 地獄のバーピーをやった事を思い出した。


「筋肉を痛めつけるとは、どのくらいの勉強トレーニングをさせたのでしょうか?」


「昨日の無断外出の罰として筋士団きしだんお馴染みバーピージャンプをさせた。身体が軽いから負担も少ないだろうという事で120セット、私の監視でだ」


「120セットって……私でも倒れますよ、それは」


 あきれ顔のシュレイテス男爵。筋肉男爵でもきついのかと思う。

 俺の場合は倒れるというか動けなかった。なので昼食と昼夕食はその場でマッスルシェイクを飲ませてもらった位だ。

 なお排泄については……思い出したくない。

 

「スグルは私から見ても常識を背面跳びしてくる。だから今日、余分な事をしないように完全に筋肉を売れ切れ状態にした。

 その筈なのだが……まさかもう超回復しているとは誤算だった」


 勿論筋肉神テストステロンの恩恵のおかげだ。『人の3割以下の時間で超回復が出来る』能力。

 なるほど、道理で身体が軽く感じる訳だ。これは超回復のおかげという事か。

 

 今の筋力なら……なんて事を勿論俺は口に出さず、父にこう返答する。


「わかりました。今日は大人しく見学に徹するので、心配しないで下さい」


 父がわざとらしい溜め息をついた。


「こういう台詞が返ってくるところが不安なのだ。まだ義務教育トレ前の6歳なのに」


「確かに6歳とは思えませんよね」


 俺は反論しない。立場を考えてというのもあるが、それ以上に2人の言葉は事実だろうと思うから。


■■■ 蛇足の用語解説 ■■■


○ 今日から兄貴と呼ばせてくれ

  ラッシャー木村の名台詞らしい。古い古いプロレスファン以外には特に意味が無いので以降割愛。


○ 超回復

  トレーニングしてズタボロになった筋肉が一定の時間の後回復し、トレーニング前を越える状態になる事。なお超回復しても一定期間トレーニングをしないと、筋肉は最初のトレーニング以前の状態へ戻ってしまう。

  超回復期間中(以前を超えた筋肉状態の間)にトレーニングを行う事で、更に筋肉が超回復しその状態を超え、そこでトレーニングをすることによって……

  こういったマゾ、いや辛抱強いトレーニングの積み重ねによって筋肉は育てられるらしい。 


○ 昼夕食

  ビルダー帝国では食事を1日5回以上とるのが普通だ。一般的な5回の場合、朝食、朝昼食、昼食、昼夕食、夕食と呼ばれる。これは筋肉を減らさず脂肪を増やさない為の常識的な行動とされている。少なくともビルダー帝国では。

  なお更にハードな運動をした場合も、筋肉を減らさないように軽く物を食べたりする。


○ マッスルシェイク

  冷凍した鳥のささみに水とバニラエッセンス、少しの甘味を加え、ミキサーで潰した飲料。カンピロパクターが怖いので地球人は飲んではいけない筈だが……(以降は『マッスルシェイク』で検索のこと。ちなみに以前も解説に出てきたマッスル北村関係)


○ 背面跳び

  走り高跳びで使う飛び方。ビルダー帝国では『常識の斜め上を行く』を『常識を背面跳びする』と表現する。なおそこまででは無い場合は、『常識をベリーロールする』。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る