第2章 上級使徒との戦い

第4話 悲しすぎる罰と父の教育と

 案の定、父にも母にも思い切り怒られた。おまけに罰としてバーピージャンプ1時間なんてのまでさせられた。


 もちろん1時間ぶっ通しではない。そんなの最初の数分で動けなくなってしまう。俺が受けたのはそんな甘い罰ではない。


 30秒全力でやって15秒休んでの繰り返しを合計120セット。40回に1回の補給タイム付。父が横で監督し、全力でないと判断されると1セット追加というおまけ付だ。


 1時間30分以上かかって何とか完遂した。しかしもうヘロヘロだ。完遂して気が抜けた瞬間、その場にへたり込んでしまった。

 ここまで筋肉を使い切ると立つどころか座るなんて事すら出来ない。結果、俺は床にだらんと倒れた状態のまま。呼吸がやっとで身体の向きすら変える事が出来ない始末だ。


「なかなか頑張ったな。現役の筋士団きしだん員でも60セットで概ね動けなくなる。それに免じて今回は勘弁してやろう」


 視界外からそんな父の声。ちょっと待ってくれ。大人の筋士団きしだん員の倍以上やらされたのか。

 俺はまだ6歳なんだぞ! 幼児虐待だ!

 そう文句を言いたいがそんな体力も筋力も残っていない。


「実際、スグルがやったのはそれだけ危険な行為なのだ。街壁の外には何が出るかわからない。

 今回はゴブリンとスライム程度だったようだ。しかし一歩街壁の外へ出れば悪魔カタボリック使徒メタボリックが出る事も珍しくないのだ。


 一度、本当に怖い敵というのを見ておいた方がいいだろう。そうすれば無茶は出来なくなる。

 明日はちょうど強敵が出る日だ。一緒に行って見てみればいいだろう。スライムやゴブリンではない、真に筋肉が必要な強敵とはどんなものかを」


 何だって! それは是非とも見てみたい!

 ただ今の俺では返答が出来ない。声を出すのだって筋肉が必要なのだ。


「返事はしなくていい。今の状態で出来るとは思わないからな。実際呼吸するのがやっとというところだろう。

 あとトイレは心配しなくていい。リサに始末するように言っておくから。このトレーニングルームは汗も尿も残らない床になっている。だから掃除をすれば問題無い」


 そう言われて俺は気付く。確かにこれではトイレすら行けない事に。

 そして1時間半以上水や食料を補給しつつトレーニングをしていたのだ。気がつけば膀胱の限界まで残り2割を切った状態で……


「心配はいらない。誰しも通る道だ」


 いやそんな事はない! 幼児の頃ならともかくとしてだ。この歳になって漏らすのも、それを若い女性であるリサに片付けさせるのも……


 そんな俺の嘆きも当然声に出せない。そして父は去り、すぐにメイド服姿のリサがやってきて……


(それ以降の事は思い出したくないから省略)


 ◇◇◇


 翌日朝7時47分。俺は父とともに、ロイシン北門を出て北に向かって走っていた。


「これから戦う敵は上級使徒メタボリック中でも最高戦力とされている1人、GLUだ」


 上級使徒メタボリックの最高戦力だと! 

 確か上級使徒メタボリックというだけで災害レベルの敵の筈だ。その最高戦力となると……


「ならこんな少数ではなく、もっと大勢で向かうべきではないのですか?」


 俺達と同行しているのは1名、シュレイテス筋肉男爵という強者だ。それでも俺を含めて3名というのは少なすぎる。


「これはGLUとの協定だ。無秩序に戦いを繰り返していては互いに衰退して悪魔カタボリックの餌食になってしまうからな。

 だから戦いは特異な状況がない限り1ヶ月に1回、ビル帝国北部地方と堕神エストロゲン北部領域、互いの最高戦力1名のみでという事になっている」


「そんな協定があるのですか」


 俺にとっては初耳だ。この3ヶ月ちょいでかなりの本を読んだ。しかしそんな事、これっぽっちも書いていなかった。


「ああ。フィジーク大公のもと、筋肉神テストステロン堕神エストロゲンの名において結んでいる。

 もちろん全ての使徒メタボリックとの間にそういった協定を結べる訳ではない。ビルダー帝国全体でも結んでいる相手は何人かの上級使徒だけだ」


 フィジーク大公とはビルダー帝国の隣国、フィジーク公国の長だ。

 フィジーク公国はビルダー帝国と同様、筋肉神テストステロンの下にある国。しかしビルダー帝国ほど堕神エストロゲンを否定してはいない。

 故に堕神エストロゲン使徒メタボリックとの仲介をしているというのも納得は出来る。


 ただ今まで敵だと思っていた使徒メタボリックと協定と結ぶという事には違和感がある。更に疑問も出てくる。


使徒メタボリックは協定が結べる存在なんですか。それとGLU以外の他の使徒メタボリックはどうなんですか?」


「結べるかどうかは使徒メタボリック次第だ。私が協定を結んでいるのはGLUだけ。GLUはこの北に領域を持っている。互いに消耗しない為にも有効な協定だ」


「ならこの1対1の戦いは今までどうなっているんですか」


「私がパクトラリス侯爵に就任してから104回、全て引き分けだ。お互いに決着がつかないと認めた場合、引き分けとなる」


「もし負けたらどうなるんですか」


「それ以上は協定では定めていない。しかし負けた側の最大戦力がその場で潰える訳だ。その後全面的な戦いが起きた場合、最大戦力を失った側がどうなるかは想像出来るだろう」


 言われて俺は理解した。この1対1の戦いが持っている意味を。


 筋肉貴族の戦闘力は圧倒的だ。一般の筋士団きしだん員が300名体制で戦っても、筋肉男爵1名すら倒す事が出来ないと言われている。


 同じ筋肉貴族でも爵位と序列による差はかなり大きい。序列60番以下の男爵級筋肉貴族全員で相手をしても、序列30番台の筋肉伯爵1名にかなわないと言われているのだ。


 つまり最高戦力1名が倒れただけで戦力バランスは大きく変化する。その状況で戦えば後はお察し。父が言っているのはそういう事だ。


「つまり全面戦争と同等の意味があるのですね」


「その通りです」


 そう答えてくれたのはシュレイテス男爵だった。この人とは昨日知り合ったばかりだが、俺に対して割と好意的だ。


 知り合ったきっかけはもちろん昨日の筋士団きしだん隊員に捕まった事だ。隊舎へ連れて行かれた後、侯爵家の長子という事で当日の警備責任者で筋士団きしだん中隊長であるシュレイテス男爵じきじきに取り調べを受けた。


 外へ出た動機だの実際に何をやったかだの、更には今までにどんな勉強トレーニングをしたのかまで色々話をした結果。シュレイテス男爵からも色々話を聞いて、そして仲良くなった訳である。


 なおシュレイテス男爵は筋肉貴族としては細身だ。父のような筋肉ダルマ系ではない。

 ただ彼を見た時、俺の中の田常呂たどころ浩治こうじはこう言っていた。

『あの引き締まった尻、かなり出来る』


 だからきっと筋肉男爵の名にふさわしい強者なのだろう。俺はそう判断している。


■■■ 蛇足の用語解説 ■■■


○ フィジーク

 『爽やかな海の男っぽい美しさ』を競う競技(女性のフィジークもあります)。やたら筋肉をつけるのは×で、過度に脂肪を落としてムキムキにしたりなんて事もしない。筋肉の質やバランスが重視されている競技である。


○ GLU

  グルコースの略。血液検査では血糖値のこと。21世紀初頭の日本におけるメタボリックシンドロームの診断基準のひとつを担っている。

(診断基準:腹囲が既定より大きく、かつ血圧、血糖、血清脂質のうち2つが基準値外であること)


○ シュレイテス男爵

  名前は前鋸筋(anterior serratus muscle)から。肩甲骨を前外方に引いたり、肋骨を引き上げる働きを持つ。インナーマッスルだから鍛えても外からはわからない。


  その称号のせいかシュレイテス男爵は筋肉貴族としてはかなり細身。しかし田常呂たどころ浩治こうじにはその引き締まった尻に何か感ずるところがあったらしい。その理由をスグル君は理解していないようだけれども。

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