第3話 初めての魔物狩り

 音がかなり近づいてきた。まもなく攻撃が来そうだ。

 俺は視覚、聴覚、そして筋配けはい察知全てを使って敵を待ち受ける。


 それほど強そうな筋配けはいではない。だから攻撃は利き腕の右パンチのつもりだ。本気で蹴りを入れると靴に穴があきそうだからというのもあるけれど。


 大きさは俺より小さい感じだ。この辺で出る魔物だとゴブリンあたりだろうか。

 木々の間に姿が見えた。やはりゴブリンだ。現物を見るのははじめて。しかし本で何度も見たのですぐわかる。

 

 2足歩行で全体のシルエットは人に近い。だが体色は青灰色で腕も脚も細い。筋肉神テストステロンの恵みの外にある魔物だからだろうか。


 筋肉が無い事をカバーするため、槍や剣、弓矢などといった武器を持っている事が多いらしい。一般人が襲われた際はそういった武器で怪我をする事が多いと本には載っていた。


 筋肉神テストステロンの恩寵であるステータス閲覧能力で強さを確認する。筋力値15、雑魚だ。一般の大人で50前後、今の俺は52だから。


 ゴブリンは足を止め、こちらを見る。

 キュワキュワ、キュイー!

 どうやらゴブリンもこっちを認めた模様だ。気勢を上げ、ボロボロの剣をこちらへ突き出して攻撃してきた。


 剣など恐れることはない。筋肉こそ至高だ。

 俺は膝屈曲筋と大腿四頭筋を動かし姿勢を相手の剣の高さにあわせる。

 ぎりぎりまで間合いを引きつけ、大腰筋、腸腰筋、大胸筋、三角筋、上腕三頭筋の連携を意識しつつ、拳を前へ送り出して奴に放った。


 拳に剣の切っ先の感触。しかし拳に込められた筋愛きあいはボロボロの剣を粉砕。更にゴブリンの拳と腕を砕き、胸部を穿つ。


 それでもゴブリン、噛みついてこようとする。敵を貫いた右拳を思い切り跳ね上げた。ゴブリンの身体は上へと跳ね跳ぶ。


 ドサッ。ゴブリンの死骸が落下した。もう動かない。間違いない、俺はゴブリンを倒した。倒す事に成功した。


 俺は自分の右腕や肩を確認する。服の袖に緑色の染みがついてしまっていた。勿論ゴブリンの体液だ。これは後で洗ってごまかすとして、拳や腕の方はどうだ?

 怪我ひとつない。俺の筋力はこの程度の魔物なら余裕のようだ。


 もう少し此処で実力を確認しよう。耳は次の魔物の存在を捉えている。筋愛きあいを放つまでもなさそうだ。

 ただ動きはゴブリンより遅い。それに数が多い気がする。俺の耳が確認しただけでも5カ所。怪しいのを含めるともっと多い。


 ならこちらから迎え撃とう。一番近い方向の左斜め向かいへ俺は歩き出す。出来るだけ敵の音を聞き取れるよう、足音を殺しながら。


 今度の敵は地面近い場所にいるようだ。そして高さもそれほどなく、そして動きはかなり遅い。俺が普通に歩く速度の半分もない程度だ。


 なお俺だって歩く場合、そこまで速度は速くない。概ね時速5km程度。だから敵は時速2km程度。


 敵まであと5mというところまで近づいた。だが姿は見えない。木々に隠れている訳では無い。これは擬態か、ならばこの魔物は……


 そう思った次の瞬間、地面が盛り上がってこちらへと飛んできた。いや地面ではない。これはスライムだ!


 急な攻撃だったので体勢は万全ではない。それでもジャブ程度の動作の拳でなんとか迎え撃つ。


 水面くらいの感触でスライムの表面は潰れた。しかしこの抵抗の無さに安心してはいけない。スライムは核以外はゼリー程度の強度しかないと本には書いてある。


 伝承ではスライム、筋肉神テストステロンの呪いを受けて筋肉を全て失ったとされている。代わりに悪魔カタボリックによって核が周囲の水分を集めて動かす能力を手に入れたとも。


 核を破壊しなければスライムは倒せない。だから俺の拳の狙いは中央にある筈の核。

 拳が硬い何かに当たった。そのまま一気に腕を振り抜く。


 パチリと何かが弾けたような感触があった。一瞬遅れてスライムの身体だった土色の液体が崩れるように下へと落ちる。

 スライム、ゴブリンより弱いようだ。そして俺の筋力はこの辺の魔物なら充分通用するらしい。


 さて、まだ俺の把握下には4カ所魔物らしい音がする場所がある。どれもおそらくはスライムだろう。

 ならひととおり片付けてから次の行動を考えよう。今度は不意をつかれないよう注意して。


 ◇◇◇


 この調子で俺はゴブリン3匹、スライム11匹を倒す事に成功した。しかも筋肉にはそれほど疲労感は無い。

 これなら街壁の外でも充分対応出来る。そう思った時だ。


 筋配けはい3つを感じた。どれも俺より数段強い。筋肉貴族の父程ではない。しかし一般人よりは遥かに上の筋配けはいだ。

 まずい。これは逃げた方がいいだろう。俺は筋配けはいを出来るだけ消して考える。


 本当なら街壁に向かってダッシュしたいところだ。しかしこの筋配けはい、こともあろうに街壁の方から近づいている。


 森の奥方向へ逃げるのはまずい。奥へ行けば行くほど強い魔物が出るとされている。鍛えてはいるが俺はまだ6歳、そこまで強い訳じゃない。


 仕方ない。いちかばちかだが見張所から見えるだろう方向へ逃げよう。見張りの筋士団きしだんに助けを求めるのだ。あとで親に怒られるだろうけれど、命には替えられない。

 そう思った時だった。


「こちらは第三筋士団きしだんです。こちらは一般人立ち入り禁止区域になっております。事情を聴取しますので、こちらが到着するまで動かないで下さい」


 警備の筋士団きしだん員に見つかったのか。ほっとすると同時に別の結末を思いついてしまう。このままでは両親に怒られる事は必須だと。


 逃げるか。しかし逃げられる気がしない。相手の筋配けはいは明らかに俺より大きい。おそらく筋力も上だ。全力で走っても捕まってしまうだろう。


 よく考えれば見つかって当然だった。筋士団きしだん員なら見えない場所であっても筋配けはいで人がいるかどうか位はわかる。


 しかも俺は筋肉挑発ポージングを使ってしまった。『俺の筋配けはいを見てくれ!』と言わんばかりの事をしてしまった訳だ。


 仕方ない。潔く捕まって父や母に怒られるとしよう。俺はその場で筋士団きしだん員が来るのを待つ事にした。

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