第14話 斧使いゼルフ③

 ナイトメア・レルム攻略組が“火蜥蜴の尾”を救出して、無事町に戻ってきた。

 その知らせは、本人達より先に他の冒険者達によってギルドにもたらされた。


「ほんとですか!?」


 レベッカはいてもたってもいられず、ギルドの扉を出て彼らを待った。

 現金なもので、ギルドに居合わせなかった冒険者達も、どこからともなく集まり出し、戦場から凱旋した英雄のごとく彼らをもてはやした。


「やりやがったなお前ら」

「レヴィン、お前ほんとはすげえ冒険者だったんだな!?」

「おいこら、ゼルフ。てめえらのせいでダリアさんからレアアイテム巻き上げられたんだぞ。今度おごれや」


 冒険者達にもみくちゃにされながら、彼らはギルドに向かって歩いてくる。

 その先頭に立つ者に向けて、レベッカは微笑みかけた。


「お帰りなさい、レヴィンさん、皆さん。よくご無事で」

「ただいま、レベッカさん」


 レヴィンも彼女の前に立ち、微笑を返した。


「なんだか見違えちゃいました。すっかりパーティーリーダーが板についてる感じですね」

「いや、これは……。ダンジョンの中でずっと先行してたのがクセになってるだけで……」

「またまた~。皆さんのお顔を見れば、レヴィンさんを頼りにしているのがよく分かりますよ」

「そんなこと……。からかわないでくださいよ、レベッカさん」

「からかってなんかいませんよ! とにかく、皆さんが無事帰ってきてくれてほんとに良かったです」


 レベッカは皆をギルドの中に招き入れた。

 救出されたゼルフだけは仏頂面だったが、大きな怪我もなく衰弱している様子もない。

 “火蜥蜴の尾”の他の二人――エイミとリーザは疲労困憊で一足早く宿に戻ってしまったので、彼のタフさはさすがといえた。


「……ゼルフさん。無事だったのね」

「……ああ」


 ギルドのカウンター越しに、受付嬢のダリアとゼルフが向き合う。

 それまで祝杯ムードでなごやかだった冒険者達のあいだに、緊張が走った。

 元はといえば、ダリアが無理に困難なクエストをゼルフに勧めたのが、今回の騒動のきっかけだった。

 彼が恨みに思っていたとしてもおかしくはない。

 皆息をひそめて、二人の様子をちらちらと伺う。


「あ、あの、ゼルフさん。ダリアさんも悪気があったわけではなくて、期待の表れだったというか、張り切り過ぎたというか……」


 慌ててレベッカが割って入ろうとするが、二人はお互いの目だけを見て、レベッカが話しかけていることにすらまったく気づいていない様子だった。


「……土産みやげだ」


 ゼルフは不機嫌そうな顔のまま、何かをカウンターの上に放り投げるように差し出した。

 指輪だった。

 複雑な紋様が刻まれたさかずきを模した台座に、あかい宝玉がはめ込まれている。

 宝玉はそれ自体が光を宿し、まるで炎が中で揺らめいているかのようだった。

 それを目にしたダリアは、口を手にやり驚きの表情を浮かべた。


「これってまさか、インフェルノ・リング!? こんなレアアイテム……もしかして、ナイトメア・レルムで見つけたの?」


 さすがダリアもギルドの受付嬢をやっているだけあって、アイテムの知識はそれなりにある。

 特に宝石や装飾品の類は本人の趣味でもあって、レベッカにも負けないだけの勉強をしていた。


 インフェルノ・リングは、身につけていると常時炎の精霊の加護を得られ、火炎系の魔術やブレスを無効化できるマジックアイテムだ。

 冒険者以外の者にとっても護身用として人気の装飾品だが、製作法は謎に包まれており、ダンジョンなどで見つけるしか入手方法のない稀少な品だった。


 ゼルフは険しい顔つきのまま、口の端だけわずかに上げた。


「ああ。今回はダンジョンの攻略まではできなかったけどな。クエスト失敗なんて記録を付けられるのはごめんだ。こいつでなんとかならねえか?」

「ええ、もちろんよ! これ一つで緊急クエストの報酬を支払っても十分お釣りがくるわ」

「じゃあ、こいつはあんたにやる」

「まあ、嬉しい!」


 ダリアはカウンターから乗り出してゼルフの首に抱きついた。

 その場に居合わせた男性冒険者達から殺気が湧くのを、傍で見ているレベッカの方が感じていた。

 さらにダリアは喜々として人差し指にゼルフから渡された指輪をはめてみせた。

 さすがマジックアイテムだけあって、リングがダリアのほっそりとした指に合わせ変形し、ぴったりとはまった。

 エルフの血を引く神秘的な美しさを持つダリアに、どこか妖しげな雰囲気もあるその指輪はよく似合っていた。


(そういう軽率な振る舞いが冒険者さん達に誤解を生むの、ダリアさんは無自覚なんでしょうね)


 レベッカは内心呆れながらも、口では何も言わなかった。

 実際、ダリアも一部冒険者にはレベッカ以上の人気があるものだから、彼女の態度が容易に改まるとは思えなかった。彼らはダリアの本命がギルドマスター、エドアルドであることを知っているのだろうか、と内心ひやひやものだった。


 ダリアは安請け合いしているが “火蜥蜴の尾” のクエスト成否に関する報告書を作成して冒険者ギルド本部に届けるのは、きっとレベッカの役目となるだろう。

 救助のため緊急クエストまで発行したのに、ナイトメア・レルムの探索クエストのほうは"失敗"と記録に残せないとなると、かなりめんどくさいつじつま合わせが必要になりそうだった。


「はぁ。本部の人間にツッコまれたらマスターに丸投げしようかな……」


 口の中で小さく、憂鬱ゆううつそうにつぶやく。


 ――それはともかく。


 レベッカはレヴィンにそっと近づいた。

 彼はギルドの片隅で、ダリアとゼルフの様子を遠巻きに見ていた。


「……インフェルノ・リングを見つけたの、レヴィンさんですよね?」


 まわりに気づかれないよう、小さな声でささやきかける。


「どうしてそう思ったんですか?」


 レヴィンは否定しなかった。

 逆に聞き返され、レベッカは微笑を返した。


「ナイトメア・レルムは第六層辺りまでは何度か攻略され、アイテムもほとんど取りつくされているはずです。ゼルフさん達は第七層のトラップで動けなくなっていたと聞きました。アイテム探索をするような余裕はなかったはずです」

「……さすがですね」


 クエストでレアアイテムを発見したとなれば、ダリアとゼルフ双方の顔が立つ。

 レベッカとしても事がこれ以上ややこしくならずに大助かりだった。


「でも、いいんですか? ゼルフさんが見つけたってことにしちゃって」

「まあ、今回のことは貸しにしときます。あんまりあの人のプライド潰しちゃうと逆恨みされかねないですし……」


 レヴィンはにやりと笑ってみせた。


「……それに、レアアイテム一つくらいどうってことありませんよ。俺なら、無傷でナイトメア・レルムのもっと深くまで攻略できそうですからね」

「まあ。言うようになりましたね~」


 レベッカも彼そっくりに、にやっと笑みを返す。


「でも、自分の能力をあまり過信しないでくださいね。ナイトメア・レルムにはまだまだ解明されていない点がたくさんあります。冒険者救助の緊急クエストを連続で立てるなんて、わたし嫌ですよ?」

「はははっ、まあ、半分は冗談です。ムチャはしないように、自分のペースでクエストはこなしていきますよ」


 堂々と答えるレヴィンに、本当に頼もしくなったな、とレベッカの中に感慨が湧く。

 もう誰がどう見ても、いっぱしの冒険者だ。

 さらにレベッカは何か言おうと口を開いたが、


「ちょっとそこ! 何をこっそりイチャついているの?」


 いつの間にかダリアがやってきて、じとーっとレベッカの顔を見ていた。


「「イチャついてなんかいません!」」


 レベッカとレヴィンは同時に言い返していた。

 ダリアは意地の悪い笑みを浮かべながらさらに言う。


「息ぴったりじゃない。レベッカ、あなた特定の冒険者とはお付き合いするなと言っておいて自分は……」

「ち~がい~ま~す!」

「あ~、ムキになるところが怪しいわぁ」

「もう、ダリアさん! 子どもみたいなこと言わないでください!」


 いつになくムキになって否定するレベッカ。

 あんまりに強く否定するものだから、レヴィンがちょっぴり傷ついた顔をしているのにも気づかなかった。

 自分のことは棚に上げて! 

 と、ちょっと頭に血が昇り、レベッカは我知らず叫んでいた。


「わたしはすべての冒険者さんを平等に愛しています!」


 思いのほか、レベッカの声はギルド中に響き渡った。

 それまでがやがやと騒がしかった冒険者達はみな口をつぐみ、レベッカの方を見やった。


「ちょ、な、なんで皆さんシーンとなるんですか!?」


 勢いで叫んでしまったことがいまさらながら恥ずかしくなり、レベッカはちょっと顔を赤らめた。

 ややあって、その場にいた誰かが声を上げた。


「聞いたかみんな! レベッカちゃんが愛する俺達に焼肉おごってくれるらしいぞ!」

「どこからそんな結論に至った!?」

「ありがとうレベッカちゃん! 俺達も愛してるよ!」

「あたしも!」

「俺も!」

「うるさいうるさ~い! もう、あなた達はいっつもそうやって何かにつけて――」

 

 レベッカの顔はもう真っ赤だった。

 と、そんな彼女に後から呼びかける者がいた。


「まあ、いいじゃないかレベッカくん。我々ギルドも、たまには冒険者達と食事の場で交流するというのも」


 ギルドマスターのエドアルドだった。


「どうだね。町議会からもらっている予算で、一つささやかなうたげを開くというのは」

「まあ、ステキですわ」


 エドアルドの言葉にまっさきにダリアが同意した。

 どちらかというと彼女にとっては、マスターと外食できるというのが大事であって他の冒険者達のことはおまけだろう。


「マジかよ!? 言ってみるもんだな!」

「よっ、マスター、太っ腹!」

「さすが俺達の冒険者ギルドだぜ!」

「世界一のギルドマスター!」


 普段ほとんど彼と会話する機会もないくせに、冒険者達は調子よくエドアルドを持ちあげる。


「……いいですけど、どうやって経費に組み込む気ですか? 会計処理の書類はマスターが片付けてくださいよ」

「いやぁ、はっはっは」


 エドアルドは意味なく笑って目をそらした。

 レベッカはため息をこらえきれなかった。

 けれど……、


「レベッカさんとの食事、楽しみです。お礼を言いたいこともたくさんありますし」

「わ、わたしも……。たくさん、お話したいです……」

「聞くところによると、お嬢、けっこう酒もいける口らしいじゃないか。楽しみだねえ」


 親しい冒険者達に囲まれると、そんなことはどうでもよくなった。

 たまには後のことを全部マスターに押しつけて、思いっきり羽目を外して飲み食いするのもいいかもしれない。


「ふふ~、カメリアさん。ドワーフ族のお酒の強さ、舐めないでくださいよ~」

「おっ、いいねえ、そうこなくっちゃ!」

「レヴィンさん。今回のクエストも含めて、最近の活躍ぶり、たっぷり聞かせてもらいますからね!」

「ええ、もちろん。俺もレベッカさんに報告したいことがたくさんあります」

「クロスさんはもう少し食べなきゃだめですよ。冒険者は身体が資本なんですから」

「は、はい……。レベッカさんがそう言うなら……その、がんばります」


 意気揚々と町へ繰り出す冒険者達。

 先頭を歩くエドアルドの気を引こうと、ダリアがあれこれと話しかけている。

 冒険者達と談笑しながら、レベッカもその後に続いた。

 

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