第13話 斧使いゼルフ②

 恵まれた体格を活かして斧使いの戦士ウォリアークラスとして活躍し、冒険者パーティー“火蜥蜴の尾”のリーダーの役を担うゼルフ。

 しかし、彼が冒険者となったのはほんの成り行きだった。


 生まれつき頑丈な身体を持った彼は、故郷の村ではガキ大将で通っていた。

 喧嘩で負けたことはなく、力を誇示すれば必ず付いてくる者がいた。


 退屈な畑仕事を嫌い故郷から飛び出した後も、およそ苦労とは無縁だった。

 村の財物庫からくすねた路銀も尽きかけてはいたが、冒険者ギルドを覗いてみたのも冷やかし程度のつもりで、本気で冒険者になろうと決意していたわけじゃない。


 だが、彼の心を奪う存在がそこにはいた。

 ギルドで出会った受付嬢は、野暮ったい故郷の村娘達とは次元の異なる美女だった。

 エルフの血が混じっているというその女性は、可憐かれんにしてあでやか。おまけに、豊満なバストの持ち主だった。

 ほとんど一目惚れだったと言っていい。

(ちなみにそのギルドにはもう一人、ガキみたいなちんまい受付嬢がいることを後に知るが、彼の意識にのぼることはほとんどなかった)

 

 戦士職ウォリアーと鑑定された時も、初期ステータスとは思えないほど恵まれた数値だと受付嬢からは絶賛された。

 おだてられるままに冒険者となり、受付嬢ほどではないものの、容姿も悪くない、年若い魔法使いソーサラークラスと回復魔法ヒーラークラスの仲間もできた。

 クエストも成功続きで、とんとん拍子にBランクまで昇りつめた。

 

 まったく戦闘に参加しようとしない盗賊職シーフの若造をパーティーに入れたことだけは失敗と言えば失敗だった。

 村の悪童あくどうだった頃、舎弟にしていた近所のガキとなんとなく似ていて、こき使ってみるのも面白いかなどと考えてしまったのが間違いだった。

 とはいえ、それもパーティーから追放してしまえば大した問題ではなかった。


 あとは、目障りなSランク冒険者、勇者パーティーを抜き去り、受付嬢の心さえ我が物としてしまえば、望みは全て叶ったも同然だった。


 だが、受付嬢から気軽に請け負ったクエストで、彼は人生において初めての大きな挫折を味わうこととなる。

 彼にとっての不幸は、その初めてが自らの生死に関わるほどの深刻な失敗だったことだ。


「くそがっ」


 自身の半生が次々と頭に浮かび、ゼルフは毒づいた。

 走馬灯のようで縁起でもない。

 こんなところで命尽きるようなら、くだらない人生だったと思えてならなかった。


「ねえ、ゼルフ。早くなんとかして」

「そうよ。あたし、こんなところで死ぬなんてまっぴらだわ」


 パーティーの二人の声が、やけに甲高く耳障りに聞こえる。

 くだらないと言えばこいつらもそうだ、とゼルフは声に意識を向けた。

 黒魔術士のエイミと回復術士のリーザ。

 エイミは年齢以上に思考が子どもっぽく、甘えがち。

 リーザは高飛車でわがまま。


 共に、何をするにもゼルフに頼りっきりで、主体性というものが感じられなかった。

 生まれついてのガキ大将気質のゼルフが、自分に依存するよう仕向けていた結果でもあるのだが、彼自身にその自覚はない。


「うるせえ。こういう時に知恵絞るのが魔術士の役目だろうが。てめえらで考えろ!」


 ゼルフは感情のままに、二人の声がした方に向けて怒鳴り散らした。

 貴重な体力をこんなことで減らすのは、いかにも愚かしい。

 普段は彼に言いなりのエイミとリーザだが、この時は不満げに言い返した。


「だって、この部屋魔力が封印されてるんだもん」

「元はと言えば、ゼルフがつまんないトラップに引っかかったせいでしょ!」


 罠にはまり閉じ込められてから、幾度も交わしたやりとりだった。

 建設的な意見は出てこない。


 ゼルフをリーダーとする冒険者パーティー”火蜥蜴の尾”はギルド史上最難題とされるクエスト、ナイトメア・レルムの探索に挑んでいた。

 浅い階層では神聖術による結界の影響があり、噂に聞くほどの強力なモンスターに出会うこともなかった。

 それが油断を誘った。


 第七層まで降りた時だった。

 彼らにとって、致命的な罠にかかったのは。

 

 アビスモ・ピット。

 小部屋に足を踏みいれた瞬間床が抜け落ち、その下には魔力を打ち消す暗闇の牢が待ち構えていた。闇それ自体が質量を持つような特殊な空間で、松明の灯もつかず、あらゆる魔術も発動する前に打ち消されてしまう。

 周囲は鉄柵に囲まれ、ゼルフがどれだけ攻撃を加えてもびくともしなかった。

 何も見えない空間が、彼らの思考力を奪う。


 幸いにして三人とも致命傷を負うことはなかったが、脱出の目途はまったく立たなかった。

 昼夜の別がないダンジョン内では時間の感覚も失せてくるが、もう数日は少なくとも経っているだろう。


 回復薬も使い果たし、食料も尽きかけてきた。

 本来、何が起こるか分からないダンジョンの探索には、非常食もアイテムも余裕を持って多めに持っていくのが冒険者の鉄則だが、エイミもリーザもあまり重い荷を持つのを嫌がったのだ。

 

「おい、もう一度全員で体当たりするぞ。手ぇ貸せ」

「やだ。どうせ疲れるだけじゃん」

「肉体労働はゼルフの担当でしょう? 一人でやりなさいよ」

「アホか、てめえらは。俺たちはこのままじゃ、このクソ陰気な場所でそろってあの世行きなんだぞ!?」

「もっといい方法考えてよ。パーティーリーダーでしょ」

「こんなところであなた達と一緒に死ぬなんて、こっちこそまっぴらだわ」


 ましてや、言い争いに終始するなどもっての他だった。

 ダンジョン内で遭難した際、極力体力・気力の消耗を抑え救助を待つのが冒険者の基本だ。なんらかの手段で、自分達の居場所を伝える痕跡を周囲に残せればなおいい。

 だが、いままでおのが力のみを頼ってクエストをこなしていた“火蜥蜴の尾”の三人は、救援がやってくるという発想自体が希薄だった。


「やめだやめ。くだらねえ。てめえらの好きにしてろ」


 さすがにゼルフ達も空腹と寝不足で気力が萎えかけていた。

 言い争う気力ももったいない、と遅まきながら気づく。


 ふてくされたように、ゼルフは冷たい床に横になった。

 暗闇の中ではあったが、その気配は他の二人にも伝わったようだ。

 気まずい沈黙が闇の中に満ちる。

 

 最初にそれを破ったのは、エイミ達の方だった。


「……ごめん、言い過ぎた」

「あたしもごめんなさい。ほんとにこれが最後なら、喧嘩で終わりたくないわ」


 急にしおらしくなってしまった二人の声に、ゼルフは苦笑を返した。


「いまさらかよ」


 彼の中からも怒りが失せていく。

 投げやりな気分ではあったが、心のどこかでこんなものかもしれないな、という思いも湧いた。

 少なくとも、やりたいようには生きてきた。

 その最後が、女二人とダンジョン内でくたばるというのも、さほど悪くはないような気もしてくる。


「だってゼルフ、いつもダリアさんのことばっかりなんだもん」

「あ? なんだそりゃ?」

「エイミの言う通りよ。もっとあたし達のことも見なさいよ」


 不思議なことを言い出す仲間二人に、ゼルフは投げやりに返す。


「真っ暗で何も見えねえよ」

「じゃあ、これでどう?」


 不意に、ゼルフの投げ出した両手に温もりが感じられた。

 エイミとリーザの二人が、それぞれ包みこむようにして自分の手を握ったのだと気づく。


「わたし達がいるの、分かる?」

「……ああ」

「もっと、近くにいってもいい?」

「……ああ」


 なんだこれは? とゼルフの頭が混乱する。

 が、すぐに考えることを放棄した。

 二人の肌の温もりがぴったりとくっつく。

 心臓の鼓動が、息遣いが、暗闇の中ではっきりと感じられる。

 

 ――こんな最後も悪くねえな。


 本気でそう思い始めた。

 その時――、


 不意に、光が差し込んだ。


「いた! 皆さん、いましたよ! やっぱりここで間違いなかった」


 ついで、誰かの声。

 エイミとリーザの二人は、光の速さでずざざっとゼルフから飛びのいた。

 暗闇のおかげで、赤くなった頬を見られないことにほっとする。


「……なんだ?」


 ゼルフは身を起こし、光の方を見やった。

 それは、精霊遣いミーシャが作った、光の精霊ウィル・オー・ウィスプの明かりだった。

 どうやらおりの外では、魔力を打ち消す闇の力は作用していないようだ。

 暗闇に慣れたゼルフの目にはまばゆく映った。

 それでも目を細めて見ると、明かりの下には見知った人影があった。


「ゼルフさん、エイミさん、リーザさん。無事だったみたいですね。いま罠を解除します」

「「レヴィン?」」


 “火蜥蜴の尾”の三人は異口同音に彼の名を呼んだ。

 彼らの目の前に立っているのは、自分達がパーティーから追放した盗賊職シーフのレヴィンだった。

 彼だけではなかった。


「や~や~、ほんとにいた~。この生体を感知する指輪って便利ね~」

「思ったよか浅い階層で捕まっててくれて助かったな」


 レヴィンに続き、総勢十人もの冒険者達がやってくる。

 まるで、レヴィンが中隊のリーダーでもあるかのように彼らの目には映った。


 レヴィンはゼルフ達が捕らえられている檻の状態をつぶさに調べる。


じょうの部分が弱い……。ギルドでもらったアダマンタイト・ピックなら開けられそうです」


 それは今回の探索のため、冒険者が寄付したマジック・アイテムだった。

 レヴィンはさほど手間取ることもなく開錠を果たし、檻の扉を開けた。


「動けますか、ゼルフさん?」

「……てめえ、誰にモノ言ってやがる」


 檻の中から返ってきた声に、レヴィンは苦笑を返した。


「それだけ憎まれ口を叩けるようなら大丈夫ですね。さあ、脱出しましょう」


 ゼルフにとって、レヴィンに救助されたうえ仕切られるというのは屈辱でしかなかったが、反抗できるほどの余力はなかった。


「言われるまでもねえ。こんなとこはもう、まっぴらだ。行くぞ、お前ら」


 まるで自力でそこから抜け出たような態度で、ゼルフは仲間を伴い、檻の中からはい出した。

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