小花、光凜帝に目通り願うこと
「これを左腕に付けておけ」
聯星が投げてよこしたのは熊避け札だった。
「わたしも光凜帝の皇宮のつくりはよく分からないが、おそらく皇城の門は死人にしか開けない。月震宮で、おまえがひとりで薬研公主の部屋に行けなかったのと似たような仕掛けだろう。わたしの左腕を貸す」
死人の聯星は薬研公主の身内ってことで光凜帝の皇城には入れない、小花は生者だから門が開けられない。
そのあたりのことは分からないでもないが「腕を貸すってどういうこと?」と思いながらも小花は木切れを左腕の傷に巻いてある布きれに挟み込んだ。
するとどうだい。
腕がなんだかおかしな具合なんだ。
腕を振り上げようと思うと、一呼吸置いて、振り上がる。
手のひらを握るのも、指を差すのも、やろうと思ったそのときからすこしだけずれる。
気持ちが悪かったけど、そんなこと言ってる場合でもなかった。
「光凜帝の城下、
小花は桃園を出て通りをひとつ抜けるところでそう唱えた。
大通に走り込めば、もちろん、小花が唱えたとおりの場所に出た。
右手は皇城のすぐまえさ。
聯星はすかさず
するとだ、一天にわかにかき曇り、ドン、ドドンと雷鳴鳴り響いたかと思えば、空から
玄河にはとくべつの力がある。ただのよく切れる刃物じゃないのさ。
切って命を奪ったものを、一度だけ出してくることができる。出して、剣士の命令に従わせることがね。ものすごくたくさんの気を使うせいで、
聯星は居並ぶ衛士に獣をけしかけた。
光凜帝の皇城の門前は大混乱さ。しかし衛士だって光凜帝の城を守る近衛中の近衛。慌てたと見えたのも束の間、すぐに獣を囲み、矢を射かけた。聯星もまた衛士と剣を交えて戦ったよ。
一撃、二撃。ひとり、ふたり、さんにんと、斬りかかる衛士の剣を
三頭の獣を操りながら、踊るように衛士たちを受け流す。
小花はひとつ、気がついた。
聯星は、衛士を切って捨てない。馬腹を一刀のもとに切り捨てたあの剣の腕をもってすれば、衛士を両断することなんか朝飯前のはずなのにね。
彼は切っていいものとよくないものを選んでるんだ、と分かった。
それから、聯星は左腕を使ってない。玄河を掴んだ右腕一本で戦ってるんだ。腕を貸すっていうのはそういうことなんだ。
小花は門前の混乱に乗じて、首尾良く門の前まで辿り着いた。
生者に光凜帝の皇城の門は開けない。
冥界は死者のものだからね。
「押せ!」
たくさんの衛士と剣を交えながら聯星が小花に呼びかけた。
小花は押したよ。聯星の貸してくれた左腕でね。
皇城の門は酷く冷たくて触れたところから全身に冷気が伝わって痺れてくるようだった。傷が痛んだけど、もちろんそんなことはどうでもよかった。
巨大な門が小花の細腕ひとつで音もなく開いたんだ。
門が開いたのに驚いたんだろう、一斉に衛士が小花を見た。
聯星とやり合ってるのも、獣を囲んでるのも、みんなが小花を見て、そして向かってきた。
小花は迷ってる間もない。細く開いたその隙間から、門の内側に駆け込んだんだ。
門の内側は、星空だった。
普通、皇城の門と建物のあいだには百官が帝に拝謁する広間とか、
光凜帝の御座所は、そんなものはなにひとつなかった。おおきな九つの柱に支えられた星空の天蓋だったのさ。
四方を見渡しても、門も、建物も見当たらなかったよ。
真後ろを振り返っても、小花の入ってきたはずの門すらなかった。
天を見上げると、やはり星空しかない。
星空といっても偽物なんだ。濃紺の天蓋に、水晶や紅玉、翠玉、黄珠が填め込まれている。
あたりは静かだったよ。物音ひとつしなかった。門の外はどうなってるのか確かめようもなかったけど小花のあとに続いて入ってくる衛士の気配もない。
聯星がなんとかしてるんだろう、そう思った。なら、早くこの場所をはやいことどうにかして光凜帝に会わなきゃいけない。
どうにか――たぶん、星が鍵なんだ。そう考えるしかなかった。
手がかりはそれしかない。
星――そう、星にはこんな物語があった――
「
三女星は
小花が頭に浮かんでくる星の話をなにげなく呟いたときだ。
目の前に扉が現れた。
扉を開けてみると、扉の向こうは機織り部屋だった。
数十人の女たちが広い講堂のようなところで、一心に
カララ、コトト、トントン、カララ、コトト、トントン
たくさんの織機の音は渾然一体になって部屋に満ちていたよ。
織り上げられるのは、暗く、蒼く輝く雲錦さ。吸い込まれそうな透明な蒼さに、小花は陶然となった。こんなに美しいものがこの世にあるなんて信じられない、そうも思った。まあ、この世じゃなくてあの世だけどさ。
「あの、さ。光凜帝のいらっしゃるところって――」
小花は部屋の出入り口のすぐちかくで作業をしている織女のひとりに声を掛けてみた。
しかし、応えはない。
小花の姿は目に映らず、声は耳に入らないようだった。
「仕事中、悪いけど、聴いとくれよ!」
小花が声を張り上げたそのときだ。
目の前の光景は掻き消え、小花はもとの星の間に戻っていた。
なにが起こったのか、なにが悪かったのかさっぱりだったけど、仕方がない、次だ。小花は気を取り直して次の星の話を思い出してみた。
「ある日、
これは男が
この話では、扉は現れない。
なにが違うんだろう?
小花はしばし考え、
「
この話を呟くと、目の前に扉が現れた。
「やっぱり『人を表す星』を呼べばいいんだね」
たぶん目の前の扉を開ければ、狩場が現れるのだろう。そこには天陰がいる。
ならば――分かる。
あたしは光凛帝を表す星を知ってる!
そうさ、薬研公主はこう小花に言ったんだ。
「あたしは『
小花の求めに応じて、扉が現れた。
小花は迷わずその扉を開けたよ。
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