閑話
臨京の大通りで剣士が盗人を捕らえること
しかしそろそろ風向きが変わり始めていた。
河風は、昼間は河から陸に、夜は陸から河へと吹く。
とはいえその名を
物語売りは
そのときだ。
しばらくまえまで帝の座所すらあった臨京の
着物の袷からは男物、女物、五つばかりの財布が地面にこぼれ落ちている。
――聴衆を装った巾着切りだ。
物語売りの話に夢中になっている聴衆の懐狙いに精を出していたとき、剣士に服を斬られた、ということなのだろう。
慌てて逃げだそうとしたところが、すでに沓も斬られていたために片方脱げてしまって
けれどもはだけた男の胸、沓の脱げた足の甲には傷ひとつない。
男の動きは素早かった。盗みが露見するような
盗人の
逃げる男の左足、まだ沓を履いているほうの足が地面に縫い止められる。
男は足が地面から離せなくなり、逃げようと駆けていた勢いもあって、どう、と派手な音を立てて地面に倒れ込んだ。
縫い止められた盗人の足は、沓の口から剣先を突き入れられている。
やはり男に傷はなかった。
剣士の腕前は、薄紙一枚を見極める神技だ。
盗人には傷ひとつないとはいえ、髻を切られてしまって
いまのありさまでは、このまま首尾良く逃げ出せたとしても髪が長くなるまで人混みに紛れ込んで盗みを働くのは無理だろう。
盗人がなおも藻掻いているところを、聴衆のなかでも身体のおおきい男たちが盗人の背を踏みつけて押さえ込んだ。
剣士は盗人の沓と地面を縫い付けていた剣を抜いて構え直す。
剣士の持つ剣、丈は三尺。柄と鞘は
白刃は春の光を写したかの如く清く蒼く澄み、日輪をうけてきらりと光る。
それが、物語売りが物語のなかで語った
剣士が剣を抜いて
だが、彼が盗人に近づき剣を抜くところを、見た者はなかった。
なにか視界の隅で光った、と思った途端、このありさまだったのだ。
剣の一致に気づかぬ者でも、その剣技の冴えに、物語のなかの聯星を思い起こさぬ者はいない。
「貴様の
剣士が不機嫌にそう言った。彼はつねに物語売りのうしろに立って、不機嫌に見える無表情以外の表情をその顔に浮かべたことはなかったのだが、いまは『ほんとうに不機嫌だ』と分かる。
「ちょいと旦那、済まないが急いで
物語売りが押さえ込まれた盗人の近くにいた聴衆に声を掛けた。
「ほっとくとこの不届き者の命が危ない。もちろんあたしのお客の巾着を狙うなんざ、
警邏が地面に突っ伏してバタバタしている男と、すこし離れたところに散らばっている財布を確認し、物語売りの聴衆、数名の証言を聞いた。
盗人に間違いなしとして引き立てていったあと、物語売りは地面に落ちていた財布を持ち主に返していく。
この財布はだれのだい? という呼びかけに「私の」「いや俺のだ」「いやいやあたいのだよ」なんていう
みな、なにごともなかったように剣を鞘に収めたのち、ふたたび貝のように押し黙って物語売りの背後に戻った剣士の視線が気になるようで、ほんとうに自分のだと確信している者しか名乗り出ない。
「まあ心配しなくていいよ、この剣士殿はときどき加減を知らなくなるが、道理は
てててんてんてんてん
物語売りが骨張った指で、鼓を
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