第8話
「そろそろ、その辺りにして頂けませんか?」
「っ……」
沖宮さんは挑発に乗ることなく笑顔で
蛇に睨まれた蛙とはこのことか。駒家さんがたじろいでいるのが分かる。数秒の間、動けないでいるようだった。だがそれでも虚勢を張っているのか挑発混じりに沖宮さんに言葉をぶつける。
「無名のあんたには絶対、勝ち残ることなんてできないわ。だってここにはそれなりに名が通っている人間も参加しているのよ。例えばさっき私の隣にいたあの娘」
駒家さんが
会場の明かりに照らされて輝く美しい金髪の髪。彫が深く鼻が高い東洋人離れした顔立ちだった。手足がスラっと伸びておりモデルのような美人。よく見てみるとどこか見覚えがあるような?
「彼女の名前は
北坂……。その名を聞いて思い出した。ダンスコンクールの賞の常連でよくニュースや雑誌で天才と称されていた人物だ。なんでそんな天才がこんな場所に……。
「ダンスの天才ってテレビでよく見たあの北坂さんがまさかアイドルを目指していたなんて……」
「ふふ……。そこの男は気づいている様子ね。ビックリしたでしょ?」
そう言いながら視線が合った北坂さんを手招きで呼びだす。
「どうしたんですかメグ。あっ、倖西佳音さんに捨てられたっていう例の人」
俺を見るなりそう言う北坂さん。そして沖宮さんの方を向くと
「ユニット加入を争うライバル同士ですがお互い頑張りましょうね」
「はい、よろしくお願いします」
沖宮さんと北坂さんがにこやかに挨拶を交わしている。えっ、凄い良い人だ。俺のその甘々な感想は数秒でひっくり返されることになる。
「黒髪……ですか。古風で良いですね。ですが今風のダンスには少し地味な印象を受けます。ごめんなさい。これは批判ではなくただの私の感想なので聞き流してください。決して悪気があるわけではないので……、ごめんなさいね?」
「……」
この人、ダメな人だ。沖宮さんも気づいた様子で苦笑いでスルーしている。一瞬でも良い人だと錯覚しかけた自分が恥ずかしい。
「ですがそこにいる男性とよくお似合いだと思いますよ。ふふふ……」
「別に私のことは何を言ってもいいですけどこれ以上、大友君をバカにするのはやめてもらえますか?」
沖宮さんの声には珍しく怒気が含まれていた。自分も挑発されてるのにあくまで俺を庇ってくれるのか。こんな状況なのに優しい。
「行こう。大友君」
俺の服の袖を引っ張り移動する。
「沖宮さんって凄いんだね。ちゃんと言い返せるなんて……。俺なんてどうしていいのか困惑しているだけだったよ……」
「でも……、言葉で何を言い返したってダメだよ。やっぱり実力で思い知らせなきゃ。絶対勝とうね大友君」
いつになく沖宮さんの表情が真剣だった。
◇
説明会を終えて俺と沖宮さんは公園内で自主練をしていた。
「とりあえずこれ、今回のオーディションの課題曲で重要な振り付けをまとめておいたから」
「ありがとう」
今回の課題曲で重要になるステップや振り付けをまとめた用紙を沖宮さんに渡す。
それをもとに沖宮さんに一通りリズムに合わせて踊ってもらうことにする。
アイドルのダンスにおいて重要なのは軸がぶれないことだ。特にアイドルの場合、見栄えが大切になるためグラグラでは成り立たない。そこで重要になってくるのが体幹だ。身体をぶれさせることなくキレのあるダンスをするには体幹の強さが必要不可欠だった。
彼女が曲に合わせて踊り始めた。
キレ、力強さ、軽快さ、やはり何度見ても学生のレベルではない。これらは彼女のダンスを支える根幹である軸がしっかりしているからこそ成り立つものだ。
体幹が強いのか。いやそれだけじゃない。複数のステップをリズムに合わせて踊る。簡単そうに見えてこれが結構難しいのだが彼女は二、三回聞いただけの曲なのにも関わらずもうほとんど完璧と言ってもいい程に合わせている。リズム感、そして自分の身体を自分の意のままに操る運動神経。これらの要素がずば抜けて高いからこそできる芸当だった。
佳音の時でさえ振り付けと楽曲のリズム、それから表情コントロールという様々な要素をマスターするのに三週間は要していた。だが彼女はまだ若干、表情がおぼつかないもののたった数十分でほとんど完成形に近づいていた。
ステップ一つとっても動きに全く無駄がない。ここまで自分の身体の動きを正確にコントロールすることができるなんて……。もうほとんどダンスに関しては大丈夫そうだ。
「そういえば以前、ちょっとダンスをやっていたって言っていたけどこれ『ちょっと』のレベルじゃないよね?」
「……ごめんなさい隠すつもりはなかったの。実は私、アメリカで昔ダンスを習ってたから」
初耳だ。アメリカでダンス!? 沖宮さんのダンスは本場のアメリカ仕込みってわけか。いやそれにしたってダンスのレベルが高すぎる気が……。まだ何か隠してそう……。そう思った俺は続けざまに彼女に詳細を聞こうとしたが表情を見てやめた。彼女の表情がどこか憂いを帯びた悲痛なものに見えたから。何かトラウマでもあるのだろうか?
しかしそんな顔は一瞬で切り替わり元の沖宮さんに戻ると休憩と言いながらベンチに座り込む。
「ん~、やっぱりダンスは疲れるね……。ちょっと乳酸が溜まってるのかも……。足をほぐさなきゃ」
彼女は自分で足をほぐし始める。俺はただボケっとそれを眺めていた。
「マネージャーさん。少しマッサージをお願いしてもいいですか?」
「そ、そうだよね。そのために俺はいるんだもん。もちろんだよ」
佳音の時もマッサージはしていた。だがやはり女性に対してするというのは緊張する。なにしろ気を遣わなければならないことが多い。不必要に距離が近くなりすぎないように十分に気を配っていたのだが……
「あ、あの……。沖宮さん」
「どうしたの?」
「……ちょっと、いやかなり体が密着している気がするんだけど……」
「うん。だってわざと近くにいるんだもの。だってその方がマッサージしやすいでしょう?」
「あはは……。そっか……。お気遣いありがとう」
沖宮さんの積極性が凄い……。だがこれはあくまでも沖宮さんなりの配慮だ。
……そのはずだ。
これも天然故なのか?それとも沖宮さんって案外計算高いのか?俺を翻弄してからかっているのか?そんな考えに駆られてしまう。
だって俺と密着している沖宮さんの表情を見るとどぎまぎする俺を見て楽しむような微笑を浮かべているのだから……
「そ、そのね? 別に嫌とかそういうんじゃなくて」
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