第7話
「ちょっと、私を無視してんじゃないわよ」
「あっ……ご挨拶もせずごめんなさい。私は沖宮杏子です。よろしくお願いします」
横柄な態度を取る駒家さんとは対照的に丁寧に挨拶をする沖宮さん。俺と駒家さんがあまり面識がないと知った時から沖宮さんの表情は先ほどまでの暗くて陰鬱とした表情とは打って変わって明るいものに変わっていた。こんな態度で接されているにも関わらず沖宮さんは嫌な顔一つ見せない。
「ふんっ、いい子ちゃんぶっちゃって」
「???」
沖宮さんが訳も分からず困惑している。そりゃいきなりこんな攻撃的な態度の人間には怒りよりも混乱が勝るのも無理はない。
「そこのあんたもよ。さっきからずっとすかしてこの私のことを無視して……。いったい何様のつもり?」
いきなり絡んできた挙句、先ほどからこの娘に罵倒されまくっているこの状況。何様のつもりなのか訊きたいのはどちらかというと俺の方だと思うけど……。俺が言うべきセリフを先に言われてしまった。だがなるべく悪目立ちしたくない。そう思った俺はこの場を穏便に済ませるために謝罪する。
「無視してたわけじゃないんだ。ちょっと考え事をしてて、誤解させたなら謝るよ。ごめんね?」
「何よそのとりあえず謝っておこうっていう態度は……。煽ってるの?」
無言でいたらすかしていると言われ謝ったら煽り扱いされるってどうすりゃいいんだ。完全に八方ふさがりじゃないか。
「そんなすかした態度を取っていられるのも今のうちよ。オーディション本番で私の実力を見せつけてほえ面をかかせてやるわ」
自信満々にそう言ってのける駒家さん。まるで自分が勝利することを当然のことと思い込んでいる。
それにしてもこの娘、あんまり面識もないにも関わらずやたらと突っかかってくるな……。俺、どこかで恨まれるようなことでもしたのか?振り返ってみても全く身に覚えがない。教えてくれるか分からないが俺は直接彼女に尋ねてみることにした。
「こういっちゃなんだけどなんでそんなに攻撃的なの? 俺、何かした?」
「佳音先輩……」
「ん? 佳音がどうかしたの?」
「最近、少し佳音先輩の覇気がないように見えるわ。私はきっとあんたが原因だと思ってる」
「え?」
「とにかく私はあんたを叩きのめして佳音先輩に吉報を届けて元の完全無欠なキラキラ輝く先輩に戻ってもらうんだから」
なるほど……。駒家さんは以前からかなり佳音のことを慕っていたがまさかここまでとは知らなかった。それに一方的な憧れだけではなくちゃんと話もする仲だったのか。まあ、この娘は佳音と同じ事務所に所属しているため仲が良くても不思議ではない。
だが一つ不可解なことがあった。それは佳音に覇気がないという点だ。何故俺を切り捨てた佳音の不調の原因を押し付けられなければならないんだ。それに佳音の覇気がないってどういうことだ?俺がライブを見に行った際も以前の彼女と変わりないように見えた。
それともプライベートでの佳音の覇気が消えたということなのだろうか?うーん、全く分からない。
「いや、なんで俺のせいになるの? 俺は佳音に切り捨てられた側の人間なんだけど……。不調の原因を押し付けられても困るよ」
俺は今の自分の正直な気持ちを駒家さんにぶつける。
「あんたがこんな女連れて歩いてるからでしょ。気づきなさいよ。佳音先輩のプライドを傷つけたってこと。あの佳音先輩に捨てられたんなら五年はクヨクヨしてなさいよ」
「何、言ってんの?」
「すぐに何もなかったかのようにケロッとして別の女を連れてたんじゃ、佳音先輩が怒るのも無理はないわ。落ち込みなさいよ佳音先輩のために」
いや意味が分からない。何、メチャクチャなことを言っているんだ。俺はただただ困惑するしかなかった。駒家さんはそんな俺を鼻で笑うと次は矛先を変えて沖宮さんを挑発し始めた。
「その余裕の笑みをいつまで浮かべていられるのかしらね? あんたの引きつった痛々しい顔が早くみたいわ」
「えっ……?」
沖宮さんは俺と駒家さんのやり取りを苦笑いを浮かべながら眺めていた。恐らくどんな顔をして見ていれば良いのか分からなかったのだろう。だが急に矛先を自分に向けられてその苦笑いすら消えた。二人の間にどこか緊張が走るのを俺は感じていた。
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