⑥ 殺風景な部屋

引っ越し前の部屋には生活の痕跡が見当たらない。

ここで暮らした二年九ヶ月がまるで無かったみたいに、床はツルツルと光っているし、壁は無機質に白い。

何も無い。カレンダーやポストイットは暮らしを作るアクセントなんだな。

予定がまるで書かれていない手帳のように、今までもこれからも無いないみたいな…景色。


昼間には、『これくらい何も無いと、さっぱりして暮らしやすい』と思ったはずなのに、夜になると異次元に連れて行かれそう。

予定や結果に縛られて、でも、励まされて生きているんだ。

何も無いと、やたら寂しくて、光っている床に孤独な未来が映りそうで目を開けるのが嫌だ。

慌ただしい引っ越しは何度もやったけれど、今回の引っ越しは荷物も少なくて煩わしさが無い分、センチメンタルになる。


ここでの思い出は直ぐ忘れる。

人生のほんの一ページで顧みることも無い。

単身赴任の最後の日。

帰る家があって、ここは仮の住処。

なのに、大切なことが転がってたエポックの時期。

魔法使いは定年の時を迎えたし、昨日の辞令に「社員を免ずる」と書いてあったのには、なんだかシュンとして、この先が無いみたいな失望感を感じた。

彼は特に感慨もないらしく、普通に自然に、

「明日も仕事あるし」と言っていた。


そう言う、不感症な感じが良い。昔からそうだけど、安心する。

ドキドキしたリメソメソしたりしないのが彼らしい。

彼にはこれからも続く未来があって、さ程立ち止まることも無いみたい。


代わりに私がちょっと立ち止まって寂しそうにしててあげる。あなたの大切な一瞬を心に留めておいてあげる。

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