【KAC20235】進撃の肩関節筋群

すきま讚魚

Crimson muscle and White bone(紅蓮の筋骨)

『隊長! 目標A、個体名「ローテーターカフ」越境確認! 威嚇行動を開始しました』

「オーケー、これよりコード「ヤツハシ作戦」を開始する。各班は散開し攻略ポイントへの攻撃を開始しろ。断裂完了の折には即座にマーカーを発射。いいか、我々の目的は殲滅だ、これはこれまでの機動防衛ではない、上は我が部隊に対象の殲滅を望んでいる。心してかかれ!!」

「「「イエッサー!!!」」」




 やあ、異世界に来たのならばこれを予想していなかった我が思考の軽薄さに猛省している真っ最中であります。

 人類が復活の儀式を敢行してしまった後始末……と言えば幾分か聞こえはいいであろうか、早い話が「ヤベェ化け物復活しちゃったなんとかしてよ青ダヌキ」現象である。逐一泣きつかれる身にもなってみろ、と未来への長期休暇を申請したい心情である事は否定のしようもございません。

 どうも、帝国特殊遊撃隊、通称「働き蟻アーマイト」にて小隊長を務めております、アドルフ・カノン・フォーゲルです。

 前世は超絶社畜漆黒の連勤術師、今世は最下層突撃部隊、異世界に神なぞ本当にいらっしゃるのでしょうか。一体、私が何か粗相でも致しましたかね? 勤務状況の改善を求め、至急全社ミーティングのスケジューリングを提案したい所存にございます。


 世界は大戦の真っ只中。我が帝国は「糖質万歳ハイル・カーボ」を掲げ、隣国はヴィーガニズムとナイスバルクをそれぞれ主張する、地獄の三つ巴。

 魔術という存在が残るこの世界で、どうしたことかイマイチ均衡状態の崩れぬ現状を打破したかったのでありましょう。遂に隣国、プロテイン共和国が禁忌を犯したのです。


 いにしえの伝承に遺る、伝説の『直火の七日間』。

 神が世界を断裂し、無酸素による圧と熱と痛みにより蹂躙された地は、その後休息を取られた——のちに残ったものが今の世界であり生命であると。

 いやそれただの筋トレの超回復期間やんけ……と思わなくもないのだが、その際に忘れ去られた全ての生命をも滅ぼしかねぬ存在。七体の巨人兵のうち数体を地中にて発見、復活の儀式を施したのだという。


 そう異世界転生の醍醐味! 人智を遥かに超えた超常現象や魔物との戦い!

 嬉しくもなんともねーよ、と思いつつも悲しきかな現在の私の立場は特殊遊撃隊の小隊長。辞令が下れば赴かねばならぬのです。

 何故。どの世界においても権力者は制御できぬ力を求め、解き放とうとするのでしょうか。遺憾ながら、小官は大いなるしっぺ返しが来るという未来を既に数多くの映画や書籍——なんなら現実世界でも学習済みであります。


 既に放たれた一体は敵軍の管理下を離脱、個として前進し破壊活動を継続。

 つらつらと並べれば真面目に聞こえるものの、端的に申し上げますと「制御不能の暴走モード」、いい迷惑とはこの事であります。サングラスを光らせて、大きなデスクに肘をついていたいものですな。


 彼は——若しくは彼女かもしれぬその怪物は。

 有象無象の区別なく、目の前に立ちはだかるものを許しはしない。


 だが——そう。

 私にはわかった「早すぎたんだ……」と。


 


「間も無く個体が国境へと差し掛かる、越境を確認次第、攻撃開始だ」


 さあ諸君、胸が躍るようだ。

 未だ誰も、世界中のどの国家をも成し得ていない偉業が待っている。

 化け物の殲滅、難攻不落の要塞の陥落、神の最終兵器の抹殺。それを一端の我が部隊へと一任していただけるとは無上の喜びにございます。


 怪獣映画では最前線に向かわされた末端部隊は、その業火の餌食となるのが定め。奴の威力を世界へと存分に知らしめるための礎。

 戦意意欲と防衛に伴う強い意志を示しておく事は、後々の展開を考慮すれば重要事項。


 駄菓子菓子、おっと、だがしかし。

 これは現実だ。生身の人間が立ち向かう現実だ。スピルバーグもマイケルベイも関わってないが、あちらこちらで火炎と爆発が起きている。高速道路がここにない事だけが幸いだ、落ちる心配がない。

 早々に退場するような扱いを、私は——我が部隊は許可しない。


「ロンメル、いつもすまんな」

「何を仰いますかフォーゲル、私の命は常に貴方と共に」


 隣に佇む我が部隊最大火力、絶対的なチート、無双、もはやこいつが主人公枠。

 そんな副官は、今日も眩い笑顔で心臓を捧げるようなポーズをする。もう一方の手ではとんでもなくデカい銃火器を背負いながらだが。

 光に目が眩まないよういつでも装備できるように頭上には特殊ゴーグルを装着し、即座に飛び出せるよう準備済みだ。


「各ポイント断裂後、恐らく個体は超火力のビームを放ってくるだろうからぁ、そこからロンメルくんが着弾後即転移。全エネルギーを集約したその水銀光子の膜が降りそそぐ必殺武器でどぉんっ、だよーっ」


 国境が見える丘の上、白衣からこれでもかと公式や術式、数式のタトゥーが刻まれた細い腕をのぞかせ、技師のハインケルが楽しそうに言う。

 嬉しそうな大きな目の下には、徹夜でこの武器を整備していたのだろう、いつもよりさらに濃く病的なクマが張り付いていて、マジでマッドサイエンティストにしか見えない。


「どーんとかバーンとか、本当にお前は「ナガシマ方式」だな。天才はよくわからん……」

「なになにぃ? 僕のこと、フォーゲルくん天才だって評価してくれるのぉ〜? ヤダァ照れちゃうなぁ」


 ナガシマ方式ってなぁに? と聞いてくるハインケルに色々と説明するのは面倒だったので、このタイミングで「越境確認!」の報が入ったのは助かった。

 さぁて、給料にはそうそう見合っていないが、我々は軍人だ。働くとしよう。




 神が創造したという造形は、否応にして理解のし難いものである。個体が確認された際に、恐らく誰もがそう感じた事であろう。

 否——そうであろうか?

 三角の形状の上から、重機のアームのように伸びる腕のような器官。それを振り回し、火焔を撒き散らす巨人兵。


『第二班、目標ポイント「小結節」到達! 破壊します!』

「スパイディ! そこに続く真紅の組織を完全に分断させろ! そいつは肩甲下筋だ!」

『はいぃ? ちょっと小隊長、またわけのわかんねーこと言っちゃってっけど! まぁね、俺ちゃん仕事は早いんでね、やってやりますよっと』


 ヒャッハァアアア!! とインカムから音声が聞こえると、ぶぢんっ! という太いワイヤーが斬れるような断裂音がした。


「内旋部位破壊! 総員、攻略ポイントを詰めろっっ」


 前のめりに傾いだ化け物を、背後から各班が一斉に砲撃。

 棘上、小円、そして我々の狙う棘下の各ポイントが、集中砲火を受けて軋む。やがて断裂音と共に、アームのような部分が完全にちぎれ、化け物はその場に倒れ伏すように地面に土埃をあげた。


「くるぞっ! グレノイドの咆哮だ!」


 完全に断裂したアームと三角の部位の裂け目から、高熱のエネルギー波が放たれる。観測されただけでも一都市を炎上し一瞬にして溶解させてしまうであろうその射程上に、隣に立つロンメルがにこりと微笑み一人立ち上がり戦車のハッチを開け躍り出る。


「フォーゲル、神がこのような物を創造されたのならば。人類は果たして滅ぶべきなのでしょうか」


 高音の衝撃波の出す音に、鼓膜が悲鳴を上げる。

 その爆発的なエネルギーの収束を見つめながらそんな言葉を吐ける副官に、私はため息をついて返す。


「ロンメル。人類は滅ぶ、いつか死ぬ。いつだって生命は死に、滅ぶものだ。俺も死ぬしお前もいつか死ぬ時が来る——だが、今日じゃない」


 怪物の解き放った光線が、一直線にこちらを射抜かんと目指す。

 その迫り来る業火を、ゴーグルを装着したロンメルが真正面から受け——相殺した。


「だが、今日じゃない!? 最高の言葉じゃないかフォーゲル!!」


 言葉を発した次の瞬間、ロンメルはその異能で化け物の眼前へと転移する。


「くたばれぇぇええええっっ!!!!」


 もはや生身の人類には担げないようなシロモノ。特殊弾の高射砲を肩に担ぎ、ロンメルは狙いを定め——引き金を弾いた。


(ナン、ダト……オノレ、ニンゲンメ、ダガ、兄弟タチ……ガ、カナラズヤ)


 怪物の感情が、その衝撃波の延長線にいた私の心にそのまま流れ込んでくる。 


「アミノ酸不足だ、それに筋肥大を起こすための糖質も圧倒的に足りてない。「プロテイン飲んだらムキムキになっちゃう〜」程度の知識量でお前を復活させた、勉強不足の復活主を恨むんだな……」


 特殊弾の膜に包まれた個体は、断末魔の咆哮を上げ、やがて溶解し沈黙した。





「なんだと!? 帝国め、あの魔神たちを滅する力を有していたとは」

「……あんなもん、復活させるな。全て揃った時には人類が滅ぶぞ」


 それこそ、戦争自体が子供の遊戯に思える程度にはな……。そう呟いた私の声に、管制塔内にいた敵軍の魔導大隊司令部が一斉に振り向く。


「きっ、貴様! どうしてここに」

「共和国内はホウレンソウを徹底させているか? 赤いきつねの特殊能力を共有し認知していれば、みすみす司令部から直接打撃なぞしてこんぞ」


 呆れ顔の私の言葉に、隣に立つコードネーム赤い狐——ロンメルがにこりと微笑む。

 彼の能力とは、悪意を持った攻撃を受けるとその発生源へと瞬時に転移してしまうというもの。


「待て、全て揃うとは一体……ま、まさか伝説の書「肉単」を帝国は手に入れていたというのかっっ!?」


 司令官の叫びに、私は再び深いため息をつき、その手にあった銃口を向ける。

 既にロンメルの能力で、転移してきた小隊全員がこの管制塔を制圧済みだ。


「肉単か……懐かしい。俺の生まれた遠い国では、必須科目の教科書でね。丸暗記したさ」

「あん、き? 暗記だとっ——」


 ドンッという一発の銃声に、私の発言の真意を彼が知る事はなかった——。





 筋肉単語帳、通称:肉単。

 おおよそ、スポーツ医学や柔道整復科、形成外科学を学んだものが手にする、全ての筋肉の起始停止や支配神経を記した書物である。

 もうこの分野を履修した者なら「懐かしい〜」という事間違いなしだ。


 ローテーターカフ……腱板または回旋筋腱板とも呼ばれる、肩甲骨から腕を繋ぐ肩関節の筋肉の総称だ。

 そう——七つの巨人兵とは。始まりに過ぎない。

 あれは肩から腕、その一部分だったのだ。全てが集まり、集結すれば——恐らくさらに巨大な一体の怪物となりえるだろう。

 前後十字靭帯とか、椎間板ヘルニアとか、体幹部とか——予想もしたくない怪物がきっとまだ眠っているに違いない。


 そんなもの、絶対に復活させてたまるか。

 故に管制塔の下にある研究施設は全て爆破、証拠は何一つ残さぬよう研究資料は焼却処分とした。沈黙、冷却、圧迫、そして全ての証拠の挙上(押収)。実質上の計画の頓挫、凍結である。


「さて諸君、RICE処置は完了した。とっととずらかるとしよう」

「「「イエッサー!!!」」」


 さて、今日の晩飯は何にするか。

 私は能力食材召喚で米を各自の手元に召喚しつつ考える。


「そうだ、関節に良いグルコサミンを取り入れたもの……鰻丼か豚足を煮込んでどんぶりに」

「フォーゲル、全員分の食材をまたお一人で仕込むおつもりですか?」

「はは、骨が折れるだろうなぁ」


 ——野営地ではその日、部隊全員が夕飯の為に鰻と格闘したという。

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