【完結】 『筋肉はすべてを解決する』

ファンタスティック小説家

『筋肉はすべてを解決する』

「筋肉はすべてを解決する」


 男はそう僕に言った。

 たびたびSNSで見かける言葉だ。

 つまらないジョーク。そんなわけないのに。


「少年、筋肉はすべてを解決する」

「くだらない。そんなもので解決するなら、どうしてこの国は少子化が止まらないんです? どうして僕のお父さんは低所得者でお母さんと離婚したんですか? どうして僕は17歳になるこの歳まで彼女の1人もいないんです? どうして学校でいじめられてるんです?」

「筋肉があればそれらすべてが解決する」

「そんな訳がないって言ってるんだ!」

「黙れぇえええ!」


 思いきりぶん殴られた。

 恐るべきマッチョの拳は、僕の鳩尾をぶちぬいて、肺の空気を強引に搾り出させた。

 殺す気だ。そう思った。


「げほっ、ごはっ……っ!」

「いいか、もう口を開くな?」


 僕は黙ってコクコクっとうなずく。

 恐れからそうするしかなかった。


「━━どうだ。いま筋肉が解決したぞ。くだらない言い訳をならべて動こうとしない屁理屈クソ野郎を黙らせることができた。お前はこれから筋トレをする。そして、すべてを解決する」


 学校が終わって、いつものようにイキッた同級生たちに絡まれて嫌な思いをして、そうして気分が落ち込んでいたところに、突然現れたマッチョに腹パンされた。


 理不尽すぎる。

 意味がわからない。

 どうして僕がこんな目に。


「有酸素運動を40分することにより脂肪燃焼効率は劇的に変化する! 休むな! 走れ、走れ、走れぇえ!」


 翌日、僕と男のトレーニングが始まった。

 厳しいメニューであった。辛かった。

 だが、不審者の男から逃げられなかった。

 怖かったんだ。だから言うことを聞いた。


 はやくどっかへ行ってくれ。

 そう願いながら、必死に耐えた。


「なんか……顔が変わったか?」


 1ヶ月後。僕は鏡のまえで変化に気づく。

 筋肉のおかげである。

 余計な脂肪が落ちて、顔が締まって見えた。


「なんか、自信がついてきた?」


 2ヶ月後。自己肯定感の上昇。筋肉のおかげである。通学のために駅に向かう足取りは堂々としたものになった。背筋もピンと伸び、世視がひとつ高い視野で見えるようになった気がした。


「おい、僕ちゃん、最近なんか付き合い悪くねえ? 前みたいに金貸してくれよ?」

「うるさい。黙っていろ、この包茎クソ野郎。金玉ちぎり取って喉にぶち詰め込むぞ」


 3ヶ月後。僕に逆らう者はいなくなった。筋肉のおかげである。物理的に強化された肉体と、高まる精神力「その気になればコイツをぶち殺せる」という原始的な側面での余裕感から、僕には覇気のようなものが備わりつつあった。


「実は前からあなたのことが好きで……」


 4ヶ月後。僕は彼女を手に入れた。筋肉のおかげである。カッコよくなれたからだ。ずっと憧れだった学校一の美少女だ。授業中に目があったら、一緒に下校したり、休日にはデートをして、念願のえちちなこともした。


「あなたは優しい人ね」


 5ヶ月後。俺は優しいと言われることが多くなった。筋肉のおかげである。強い者は弱いものにたいして自然と優しくなれる。それは魅力として他者からは映る。


「好きです! 付き合ってください!」


 6ヶ月後。ハーレムが始まった。

 これもまた筋肉のおかげである。人間は動物だ。そこには原始的なシステムが残っている。すなわち生物的な強さ。自分を守ってくれそうか、頼りになりそうか。そう言ったものを視覚的に判断する。筋肉はそうした″オスの魅力″を底上げする。無意識レベルの話だ。女性が意識して「筋肉好き!」と思わずとも、無意識に筋肉のある男を「いいかも」と感じてしまうのだ。無意識で、原始的で、だからこそ抗いがたい摂理なのである。


「事故にあったらしいけど、大丈夫!?」


 7ヶ月後。事故にあったが傷ひとつなかった。筋肉のおかげである。肉体の防御性能があがっているのだ。


「芸能事務所に入りませんか?」


 8ヶ月後。モデルにスカウトされた。とりあえず筋肉のおかげである。おおきな収入ができた。僕の家は貧しさから解放され、両親や兄妹には感謝された。


「卒業おめでとう! 一流大学合格だな!」


 高校を卒業し、僕は一流大学に進学した。

 筋肉のおかげである。自分に自信がついたことで、必然と僕は僕の可能性を信じることができた。それは勉学にさえ影響を及ぼし「やればできる」を活性化させた。鮮烈な成功体験がさらなる成功に近づくための手段なのだ。


 筋肉はすべてを解決する。

 その言葉の意味を理解した。


 筋肉がついて、筋力があがって、それによってすべてを暴力的に解決する……そんな安っぽい意味ではないのである。

 生物的に強くなることは、すなわち人生の始まりから終わりに至るまで、ありとあらゆる事象に対して強くなるということなのである。


 筋肉は人の見た目を良くする。

 筋肉は人を物理的に強くする。

 筋肉は人をモテさせる。

 筋肉は人を成功へ導く。


 すべての人間が筋トレをすればあらゆる物事が解決する。


 もっとも注意するべき点もある。

 それはモテすぎてクズ男になること。

 ずいぶんと多くの女子を悲しませた。


 だが、おかげで学んだ。

 ひとりの女性を愛することを。

 その尊さを、重さを、意味を。


 24歳で俺は結婚した。

 嫁とは夫婦円満で、結構生活のなかで6人の子供を産み育た。

 その後に14人の孫ができた。お正月は親戚一同が集まってすごい騒ぎになる。


 たくさんのいいことがあった。

 たくさんの嫌なこともあった。

 人生は辛く厳しいが、すべてが終わって振り返ると、総じて素晴らしいものだと思える。


 そうして、俺は今日、緊急搬送された病院で天寿を全うするのだ。

 あの男と出会った時から人生は変わった。もし出会っていなかったら、妻やたくさんの子供や孫に囲まれて逝くことはなかっただろう。


「おじいちゃん! しっかりして!」

「お願いです、お医者さん、おじいちゃんを!」

「下がってください、除細動器を使います!」


 目をつむる俺の身体へ、白衣の男が機器を押し当てるのが見える。電気ショックで蘇生を試みようというのだろう。


 俺はゴーストとなって、それを見守る。

 もう十分に生きた。幸せな人生だった。

 このまま逝っても悔いはない。


「ん?」


 ふと、背後に気配を感じた。

 とんでもない筋肉の男が立っていた。

 こ、この男は、まさか師匠?

 忘れもしない。あの17歳の夏、俺に筋肉の導きをあたえてくれた師匠その人ではないか。


「どうしてあなたがここに!」

「筋肉はすべてを解決する」

「……あはは、そうですね」


 気の抜けた笑い声が出た。

 今なら彼の言葉の意味を完全に理解できる。


「あなたはすべて正しかった。ありがとうございました、師匠。あなたに出会えたおかげで僕の人生は素晴らしいものになりました。なにも踏み出さず、うだうだ言い訳を並べ、足踏みをしていたらきっと僕の人生はこうはならなかった」

「いいや、お前はまだわかっていない」

「え? それって一体どう言う……」

「お前は筋肉を信じた。自分の生涯をかけて愛し続けた。筋肉はすべてを解決する。筋肉は裏切らない。だから、この筋肉には続きがある」

「すみません、師匠、深すぎてなにを言っているのかちょっと……」

「見よ、あれがお前の積み上げた肉体だ」


 男はつぶやき、俺の眠る身体を指差した。

 

「デカい。まるで胸がケツだ。肩もケツで、腕もケツのようだ」


 それはもうただのケツなのでは。


「あっ」


 白衣の男が「サンダーボルトぉぉお!」と叫びながら電気ショックを魂のぬけた俺の身体へたたきつけた。瞬間、スパークが起こった。

 同時に俺の意識が身体へと吸い込まれる。


「筋肉はすべてを解決する」


 師匠はそう言って、背中を向け、冷蔵庫みたいな肩越しにぐっと拳を握り、去っていった。

 

「動いた! 蘇生できました!」

「流石です、サンダーボルトと叫び出した時はもうヤケクソかと!」

「長年のトレーニングで身体が丈夫になっていたおかげで雷の電圧に耐えられたんですね! そのことを見抜くとはドクター、お見事です!」

「なんて強靭な肉体だ……期待せず最大出力で試したが……すげえ成功しちゃった……」


 960ヶ月後。俺は雷を打ち込まれて蘇った。

 これもまた筋肉のおかげであった。

 俺が人生を賭けて積み上げてきた筋トレ、やはり裏切らなかった。最後の瞬間でさえ、筋肉を愛した俺は、筋肉に愛されていたのである。


 時間ができた。

 わずかだが猶予ができた。

 筋肉に与えられた余生の使い道はすぐに決まった。

 

 私の最後の仕事は、師匠の意思を継ぎ、後世に伝えるべき使命を果たすことである。


 ゆえに小説を書こうと思う。

 内容は筋肉の導きを記したものだ。

 タイトルはもう決まっている。

 

 













『筋肉はすべてを解決する』 完結
























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