第21話:終劇と革命の足音


 公爵の城の上。ふきっ晒しのバルコニー。夕焼けによって白磁の壁や柵は橙色に染め上げられていた。


 柵に寄りかかるようにして灰色髪の女が一人、シェリー酒を啜っている。彼女は社交用のドレスを身に纏い、その上からガウンを羽織っていた。翡翠色を基調とし、その上に金糸でアクセントが施されている。シンプルだが、上品な代物だった。

 顔には山羊の角があしらわれた仮面を着けている。手には黒革手袋がはめられ、銀の紋様が夕焼けに閃いていた。


 なれないドレスを纏った女、ヤシマはシェリー酒を飲み込むと、一つ大きな溜息をついた。


 背後の大ホールでは退廃的な馬鹿騒ぎが繰り広げられ、眼下では、町の灯りが聞こえるはずもない喧騒と共に揺れている。

 どちらの勢いも今日は一段と強く感じられる。遥かに強烈に。


 背後から、声が掛かった。


「君は踊らないのかね?」


 法務官だった。知恵と静寂の象徴たるフクロウの仮面を被っている。


「山羊の仮面を被った平民風情と誰が踊るというのでしょう。呼ばれただけでも有難いですよ」


 ヤシマは自嘲気味に宣った。黄白色の甘露が入ったグラスを揺らす。酔いの中で彼女の舌は浮いている。


「そう自分を卑下するものでもないさ。今は皆が君のことで持ちきりだ。『暗鬱な病巣たる革命派の外科手術に成功した奇跡の外科医だ』という風にね」


 法務官はあの時と同じようにブランデーを口にした。ただ、今回のは勝利の美酒といった風で、前回のは苦渋の一杯といった様相であった。


「はは、違いますよ。私は医者なんてもんじゃありません。免許を持たない殺し屋、其れすなわち、ヤブ医者であります。患者の心臓を悪性腫瘍と言って切除したり、万病の薬と言って回転式拳銃を処方するような輩ですよ」


 ヤシマはわざとらしく声を出して笑った。悦に浸る頭のおかしい自惚れ屋のように。


「素直に喜べないのかね?ないしは、まともに謙遜すらも出来ないようじゃ社交界ではやっていけんよ。老婆心で言わせて貰うが…」


 法務官はヤシマの捻くれた態度に愛想を尽くし欠けていた。


「ええ、勿論ですとも。村が一つ焼けましたが、革命派の証拠たる盗品は幾つも見つかりましたから、奴等をやっちまったのは間違い無いでしょう。村が一つ焼けましたがね」


 ヤシマは数mmp程の毒を混ぜた言い回しをした。だが、散々に過酷な実刑判決を下してきた法務官の鉄仮面には形無しだ。


「村の一つや二つ何を躊躇する必要がある。おまけに、税すらまともに納めん商人が地主をしていた村だ。戸籍の管理も無茶苦茶、徴税官に至っては数年間に渡って訪れていない。逆に潰れてくれて清々したぐらいだよ。その商人を見つけたら、間違い無く絞首台へ直行だ」


 酔いに任せた抑揚で法務官は宣った。まるで神の名を罵倒する様な悪魔、若しくはその逆のような形相であった。


「おそらく、既にこの国にはいやしませんがね…」


 ヤシマは小声で囁いた。法務官は其れを聞き逃し、問い直そうとした。だが、ヤシマが無理矢理に其れを遮った。


「ところで、法務官殿。Bremsenの夕刊はご覧になりましたか?」


「Bremsen?あの三流板屋か?おかしな羊皮紙に記事を書く様になってから相当羽振りが良いらしいが、記事の質は相変わらずだろう。お前の持ってきたあの記事の様にな」


「そう馬鹿にするもんじゃありません。道化の間抜けなメイクの下から見るからこそ、見えてくるものもありましょう!舞踏会の仮面だって同じことですよ」


 ガウンの下から黄ばんだパルプ紙の束を取り出し、法務官に差し出すヤシマ。法務官は其れを訝しげに受け取る。

 その疑念まみれの視線は、段々と鬼気迫るものへと変わる。そして、質の悪い写真へと目が行き着き、彼の血相は失われた。漆喰じみた灰色だ。

 法務官は何かを言おうとした。叫ぼうともした。だが、声が出なかった。

 代わりに、ヤシマが朗らかに笑い、宣った。


「すてきな音楽が聴こえて来ます。そうでしょう、法務官」


 ヤシマは眼下の街並みを披露した。ご丁寧に右手で指し示し、これ見よがしに一礼してみせた。


 街の方から光の列が此方の方へと進んでくる。這広がる粘菌の如く、ゆっくりと。されど着実に。襲撃と革命の足音を響かせながら。

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