第20話:革命前夜


 カタコンベの中の石室。扉も壁も分厚く、外に音は漏れない。其処では二人の男が密談していた。


「お前、密偵なんだろう。ジャック?」


ギルが言った。ゆったりとした亜麻の服装をしており、その物腰も同じ程度にゆったりとしたものだった

 だが、ジャックは何も答えず、ギルの黄色く濁った眼をただ見据えた。


「だんまりか。まあいい。全ては仮定の話だとして進めよう」


 ギルは壁に埋め込まれた頭蓋骨を指ではじいた。カタコンベは未だその役割を捨て去ったわけではない。


「あんた、どうしてあの女の部下になったんだ?」

 

 ギルは楽し気にヤシマの名刺を揺らして見せた。ジャックは未だ無反応だ。暗にギルに向けて聞き返しているようでもある。どうしてそうあっさりヤシマに口説かれたのか、と。


「俺自身の話か?俺は、そうだな…。あの女なら全てを変えられると踏んだからだな。こんな世の中だ。悪魔の力だって、借りなきゃならんだろう?」


 ジャックの顔を覗き込む黄色い瞳。暗闇に揺れる山羊髭。


「現に、あのアマはやってのけやがった。騎士団を瓦解させ、俺を逃がし、おまけに連中の死体で一芝居うちやがった。革命派の一掃だと宣い、廃村を焼き、虐殺現場をでっち上げ、特大の醜聞を捏造した」


 ギルは感無量というように、一枚の紙きれを取り出す。それには身を焼くような凄惨な情景が映し出されていた。ヤシマのとった写真だ。死屍累々の虐殺現場だ。


「革命は明日だ。ジャック!!!連中の仮面を引っぺがすぞ」


 ギルの叫びを聞き流しながら、ジャックは押し黙り、ヤシマのことを考えていた。


 彼女の次の指令。ビルアケム村の惨劇の情報を革命派に流すこと、ティズ・ケンジントンという名の商人から武器を仕入れること、そして仮面舞踏会の当日に起こるであろう暴動に加担すること。

 全ての指令が看守という仕事の職務から逸脱し、真っ向から否定していた。社会に混乱を持たらす者たちを隔離する立場ものが、全力でぶち壊そうとしているのだ。

 普通なら、止めるべきなのだろう。


 だが、ジャック自身は妙に納得していた。ヤシマの意図が漸く飲み込めたような気がしていた。

 

 彼女はこの革命モドキを王国全体へ広げるつもりだ。商人たちや退役兵達を抱き込み、現行の体制を切り倒す。そして、革命派に台頭させるつもりだ。

 

その先に何が待つのか?


 暴力、死、混乱。南部の国々の侵攻。秩序がもたらされるまでどれほどの時が掛かるだろうか。いや、二度と戻ってくることすらないのかもしれない。王国という体を成す事すらないのやも。


 しかし、誰がそれを責められるだろう。遅かれ早かれやってくる問題だ。誰にも避け得ない大きな流れ。彼女はそれを少しばかり早めるだけに過ぎない。少しでもマシな段階で起こす、それだけのことだ。

 洪水の後にこそ、大地は肥えるのだ。


 ただ、気掛かりなことが一つだけある。


 ヤシマも明日の舞踏会に出るのだ。血みどろの惨劇が披露されるあの場所に。

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