第19話:ディープ・フェイク
正午の昼下がり。住民の去ったビル・アケム村にて、ヤシマはピンホールカメラを調整していた。カメラとは言っても、ブリキの箱に穴を開けただけの粗雑なもので、内側には反射防止用のタールが塗られていた。
ヤシマは、眼前でせわしなく動きまわるスタインベックへと高らかに指示を飛ばした。
「そこの死体は右!スタインベック、死霊術師の意地を見せて」
ああ、何と言う光景だろう。カメラの針孔の先には、焦土と化した麦畑、倒壊しかけた家や納屋が広がり、胸を潰す程に凄惨な死体の数々が横たわっていた。
子供を庇う母親、切り付け合い共倒れしたと思わしき兵士、火に塗れ水を求め緯度に飛び込もうとしたところで息絶えた少女。
全てがストーリー性を有していた。外連味が溢れる程に。
『人使いが荒いわ。全く』
死体を抱えたジェシーが言った。散弾銃により欠損した部分は、スタインベックの神がかった細工により傷の一つも残さず修復されていた。
「そうだよなぁ、ジェシー。おまけに革命派に殺させた騎士たちの死体で、こんなことをやるだなんて悪趣味にもほどがあるってもんだ」
スタインベックはメイクに汗をにじませながら言った。頭には羽根つきの山高帽を被っている。
「アンタにだけは言われたくないわ。変態ピエロ野郎」
ピンホールカメラの後ろから顔を覗かせるヤシマ。
彼女こそが事の全ての張本人だ。南部への避寒旅行という名の強制連行を行い、この村を廃村へと変えた。殺された騎士団の死体をスタインベックに加工させ、村人の死体へと仕立て上げ、惨劇を演出した。革命派のアジトを一掃したという程で。
そして、それをピンホールカメラで撮影する。手の込んだマッチポンプだ。
「アー、オーケイ。ハイ・チーズ」
ヤシマは調子よく宣った。ピンホールの覆いを取り払った。景気の良いポンという音が鳴り、針孔に詰められていたコルクが抜ける。
景気の良い合図を送ったは良いモノの、ピンホールカメラは日光を取り入れ直接トレーシングペーパーに焼き付ける仕組みだ。おかげで写真が出来上がるまで死体の前で何時間も待つ必要がある。
スタインベックはひょこひょことヤシマの方へと寄ってくる。ジェシーもその後ろを付いてくる。二人はヤシマの傍へと腰を下ろした。
「このお天道様の下で何時間も待つのかい?」
『私たちの方が先に焼き上がっちゃうんじゃないかしら』
「君はもう死体だろう、ジェシー?」
死体と道化師の夫婦漫才を傍目に、ヤシマは持ってきたスツールに腰掛けた。
煙草を取り出し、紫煙をふかせた。腐肉のどろりとした甘ったるい匂いはそんなものではかき消せないが、無いよりはましだった。
自身に言い聞かせるようにヤシマはうそぶいた。
「忍耐と献身よ。やりたかないけど、有用ね」
惨状から目を逸らすように、頭上を見上げる。
透き通るような青空。漂う白い雲。そして、死体の匂いを嗅ぎつけたカラス達が形成する黒い輪。糞だけは落とさないでくれと心中で願う。
くだらないことを考えながら、煙草をくゆらせると、紫煙がゆったりと立ち上っていった。
「元々、この村は何のために買ったんだ?」
スタインベックが暇を持て余し、問うた。
「名義は友人の商人よ。ひとえに金の為」
ヤシマは咥えた煙草を揺らしながら端的に答えた。
『ちんけな麦畑と森しかないじゃない。元を取るのに何年かかるやら』
《》
ジェシーの愚痴じみた疑問。
「麦角病に罹る麦が一等多い土地だよ。何年なんてもんじゃないさ、ジェシー」
「その麦角が鍵なのよ、
メイク面をわざとらしく歪めるスタインベック。説明を無言で促している。
「貴方、麦角付きの麦を食べた牛が暴れ狂うことがあるのを知ってる?」
「見た事は無いが、有名な話だな」
『知り合いの農民が突き殺されたわ。品評会で一位を取った名牛にね。お笑いよ』
「そうね。アレは麦芽病の原因になってる生き物が、分泌する物質が牛に幻覚を見せるから引き起こされるの」
スタインベックとジェシーはわざとらしくガクガクと頷いた。心底どうでも良さそうだ。
「それを抽出して、幾らかの手を加え、金持ちの芸術家かぶれに売り込んだの。彼らは死ぬほどにインスピレーションに飢えているから、最大の顧客なの。金も腐る程に持っているしね」
ヤシマは空へピースサインを捧げた。ラヴ・アンド・ピース。数世紀早めのムーヴメント。
『金持ちの道楽って分からないモノね。で、稼いだ金はどこに行ったの?』
「色々よ。部品の発注、袖の下、物品の購入。特に、薬品ね」
『貴女って、看守なの?錬金術師じゃなくて?』
「さあね。その人が何足るのかなんて、神ですら分かりはしないわ。スタインベックは腹話術が得意な道化師で死霊術師だし、うちのジャックは看守で脱走兵、ギルは冒険者で革命派、マウリスは元徴税官の偽修道者でセールスマン」
ヤシマは死体の山を見据えた。
「個人が定義されるのは死んだ時だけ。『オーケー、君は腐った肉の塊』てな具合にね」
☻
その日撮影された写真は、“ビル・アケム村の惨劇”として、世界初の写真として、語られることとなる。
余りにも悪名高い、革命の引き金である。
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