第18話:愛と死、退廃と清廉。全ては一体。
隊商のリーダー。ディズ・ケンジントンは気の良い笑顔で、彼の最大のお得意様に語りかけた。背景には麦畑が煌々と燃え盛っている。
「えげつないやり口ですなぁ、ヤシマ殿」
灰色髪の女ことヤシマはうんざりした様子で牛追い鞭を腰のベルトへと戻す。
「なんとでも言ってくれて結構よ。偽善者になるつもりも道義を語るつもりもないもの」
ディズは楽しげに笑った。紙タバコを取り出した。ヤシマが吸っている代物と酷似している。
「さりとて、道理は捨てていない。貴方のそういう所が好きですよ。ヤシマ殿」
そう宣いながら、ディズは胸元から小さなオイルライターを取り出した。四角いボディと閉じ蓋。ホイール式の発火装置。火縄は油の伝う金属管は表面張力を利用した。俗にジッポーと呼ばれる品だ。
ディズが荒れた親指でホイールを回すと、啜り泣く様な音と共に火花が散り、火が灯った。
「無闇にそれを吸わないで、と忠告した筈だけど?」
ヤシマはディズを睨みつけた。だが、一瞬遅かった。彼は既にそのLSD入りのタバコを咥えてしまっていた。
「ハハハ、こんなこの世のものとは思えない煉獄の如き光景を前に、コレを吸わない何て愚かですよ」
紫煙を吐き出しながら高らかに笑うディズ。LSDタバコを持った右手を振ってみせた。
「コイツの顧客の宮廷画家や芸術かぶれの貴族どもだって同じ様に考えるでしょうよ。顧客に寄り添うのが商人の基本です」
目の焦点を揺れる焔に這わせながら、ディズは語った。
「でも、本当に焼いて宜しかったので?原料は此処の麦畑から産出していたのでしょう?」
ヤシマは呆れた様に自分もタバコを取り出した。これは唯のタバコだ。
一方のLSDは、麦角菌の生成するアルカロイドであるリゼルギン酸の誘導体。純度に固執しなければ、精製するのにそう手間は掛からない。幾つかの薬品と濾紙、それとバーナーがあれば十分だ。伊達に卒論でアルカロイドの精製をテーマにしてはいない。
精製したそれらを芸術家かぶれの連中に高額で流通させたのだ。数世紀早いヒッピー・ムーヴメントを巻き起こしてやったのだ。おかげでこの世界の美術史は無茶苦茶になっているに違いない。
笑える話だ。ヤシマはそう心中で嘯きながらタバコへ魔法で着火した。
「もう良いのよ。どうせ在庫過剰だったしね。何より、これからは薬でラリれる時代じゃ無くなる」
「顧客が減るのは勘弁してもらいたいモノですがね」
「平和の土壌は乱世の種子を育て、乱世は平和の種子を育てる。誰も逃れ得ない。貴方も、私も、別の世界の住人だって同じ」
「それなら、可愛い顔して大人しくするのが最善なのでは?私では大分無理が有りますが」
ディズは揺れる視界と明滅する色彩の中で呟いた。
「小さい何かは変わっていく筈。多少マシになるものあれば、酷くなるものもある。なら、変わる事を変えられないというなら、誰も逃れ得ないなればこそ、マシになる様に変えるべき」
ヤシマはぶつぶつと語った。
「そうではないかしら?」
ディズは何だか感動した様な面持ちで拍手した。
「正しく救世の英雄でいらっしゃいますね。着いていきますよ、其処に利潤が存在する限り」
「あら、私はそんな事しないわよ。私がするのは堰を切り、洪水を引き起こすところまで。後は、一目散に逃げ出すわ」
ヤシマはイジの悪い笑みを浮かべ、ディズは堪え笑いをした。背後では、麦畑が煌々と燃えている。
「銃の撃鉄は準備出来たかしら?」
「ええ、勿論。細工師に急ピッチで作らせました。後は、本体へはめ込み、流すだけです」
ライターのホイールが火花を散らす。灰色髪の女は謡う。
「2億丁もの銃に弾丸を装身し、かの様に悪魔は叫んだ。狙え!撃て!と」
「何処の歌ですか、それは?」
「常に何かを変えようと躍起になり、何も出来ない国の歌よ」
『ジャングルを走り抜けろ』。プログレッシブロックの先駆けたるCCRの代表曲。ありし日の米国の栄光と失墜の間に流れていた曲。
走り抜けた先に何が待つのか、誰にだって分かりはしない。
曲を載せた夜風が、燃え盛る麦畑に更なる息吹を与えた。
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