第15話:盛大なる取引
迫りくる軍勢。常人ならパニックになる情景だ。その迫力と恐怖は、五感と表現し得ない六つ目の感覚まで圧迫し、襲い掛かってくる。
だが、中隊長も公爵おつきの貴族崩れであるとはいえ、軍人だ。戦場に駆り立てられたことは少なからずある。
すぐさま音の方へ視線を向け、丘上から突撃してくる革命派の一団を確認すると、号令を発そうとした。馬の手綱を引き、剣を抜き放った。
なかんずく反応が良すぎるばかりに彼は気付くことが出来なかった。悪辣な女看守が向けた殺人的な指先を。
指先から電光が走る。ギルに流した電流とは比べるもなく強烈な電圧と電力。オームの法則に乗っ取り、人体を黒焦げにするに足るワット数。
中隊長の声を出そうと張り詰めた喉が痙攣し、まかれた舌は以上に反り返り、気孔へと突っ込んだ。心臓は跳ね上がり、拍動を止めた。焼けた肉の匂いが香った。
意識は一瞬にしてぶっ飛び、馬に身を持たれかけた。騎士との間に存在する大仰な革製の鞍のおかげで馬は辛うじて生き残っていた。だが、異様に興奮している。
ヤシマは息絶えた中隊長のテノール声を真似て、意気揚々と号令を発した。
「丘上に向かって撤退!!囚人共は作業続行!!」
この上なく、無責任で非情な号令。おまけにヤシマは隊長の馬の尻を鞭で一打ちし、項垂れた隊長もろとも走りださせた。
囚人たちを監督していた騎士たちは面白いほどに命令を遵守した。隊列を形成しながら、隊長のケツを追いかけた。律儀に撤退の二文字を聞き逃さず、武具や甲冑を脱ぎ捨てるものすらいた。
当然といえば当然であるし、彼らが精強であると言われれば、否定はできないだろう。軍隊とは命令をいかに手早く実行できるかが存在理由だ。そういう一つの生き物なのだ。
騎士たちは脇目も降らず、丘を駆けのぼり、革命派と衝突した。
相手は百戦錬磨の退役兵軍団だ。おまけに無骨な装甲車じみた馬車を調教したワニの魔物に牽引させてすらいる。
結果は明らかだ。
騎士たちはワニの魔物の大あごに両断され、槍によって突き殺された。装甲馬車から射出された魔法と矢は正確無比に騎手を撃ち抜く。騎馬から転げ落ちたものは歩兵のフレイルや馬の蹄によって潰される。
一方的な虐殺だった。瞬く間に一個中隊が肉塊へと変えられた。
革命派はなおも勢いを殺さず、突っ込んでくる。時間は残されていない。
馬車へと駆け寄るヤシマ。鋭く鞭を打ち鳴らし、ギルとスタインベックに合図を出す。
合図を受けた二人は素早く行動に移った。
ギルは先程ヤシマから受け取った金色の指輪を指にはめる。茫然と突っ立っている他の収容者に対し、準備していた睡眠魔法をかけた。その効果はすさまじいもので、ばたりばたりと次々に収容者は倒れていく。
馬車の中で待機していたスタインベックは、馬車の中から女の死体を放り出した。ヤシマに背格好が酷似したもので、ぱっと見では全く見分けがつかない。
道化師の死霊術により、死体はまるで生きているかのように動き出し、馬車の御者台へと腰を下ろした。
ヤシマは馬車の陰へと隠れると、スタインベックから収容者用のツナギを受け取り、それに袖を通した。隠していた墨を取り出し、灰色の髪を黒に染めた。
そして、スタインベックと共に用水路の中へと飛び込む。ふちに寄りかかるように狸寝入りを決め込む。
間一髪、革命派たちの放った矢がヤシマの身代わりに命中する。突撃してきた騎馬の手斧が叩き込まれる。身代わりの頭部が砕かれ、御者台から吹き飛ばされる。音を立てて、地面へと落下する。
ギルは其処に命がけで割り込んだ。身代わりへと火炎魔法を放った。肌を焼き、人相が分からないようにしてやった。
そして、叫び散らした。これ見よがしに。少しばかりの本音を含めながら。
「ヤシマを殺ったぞ!!!!!!」
当の本人は、寝たふりをしながら吹き出しそうになった。子供じみた悪戯心が刺激された。
「そうだ!ヤシマを殺ったぞ!!!!!」
ヤシマは声色を変え、濁声で野次を飛ばした。ギルがふざけるなという顔つきで此方を見ていそうだが、知ったことではない。これはショーなのだ。
ギルが用水路に視線を向けていると、馬に跨ったビゴットが彼の横へとやってきた。使い込まれた革鎧を着こんだその様は正しく歴戦の勇士といったところだ。
彼は馬を飛び降り、ギルへと抱き着いた。
「おお、ギル!よく無事だったな!あの電撃は君の手柄か!?」
ギルはビゴットの背を叩きながら、言った。
「久しぶりだな、ビゴット。そうだ。隠し持ってた指輪で焼き殺してやったんだ。ついでに他の収容者連中たちは眠らせておいた。犯罪者どもを野放しするわけにもいかないからな」
「英雄という言葉が陳腐に聞こえるな」
ビゴットは快活に笑った。
「お世辞は良い。馬車を奪って、さっさとずらかろう」
「少しは余韻に浸らせてくれても良いじゃないか。確かに、戦術的に正しいのは間違いないが、戦争というのはそればかりでは成り立たん」
そう少し不満げに言いながらもビゴットは直近の手斧を持った兵士を呼び寄せた。
「おい、ジャック。騎士共の捨てた装備を全てかっぱらえ。馬車に乗せろ。それから撤退だ」
革鎧とフードに身を包んだジャックは手早く敬礼し、他の兵に命令を伝達した。
「アイツは新入りか?」
ギルは興味深そうに聞いた。実際の所、彼がヤシマのスパイであることは分かり切っていた。だが、こういう何気ないことの積み重ねで疑念を抑制することが出来る。その逆もまた然りだが。
「そうだ。入団試験を兼ねて副隊長をやらせている。勿論、彼の腕を見込んでの配役だ」
そういって、ビゴットは指揮へと戻り兵達を手足のように操った。ジャックはその補佐をし、ギルは適当な騎士の馬を拾ってそれに跨った。
革命派の一団はアリの如く騎士たちの武具をかき集め、馬車に乗せ、走り去っていった。熟練の追剥でもこうはいかないだろう。
一方で、狸寝入りを決め込むヤシマは在る一つの重大な課題に直面していた。
この件を法務官にどう報告するべきかだ。
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