第14話:全世界共通の産業


 囚人を用いた労働はあらゆる現代国家において一大産業だ。


 その規模と基本理念は現代の奴隷制度と揶揄される程のもの。思想の違いによらない全世界共通の産業だ。共産主義だろうが、資本主義だろうが、労働力は安いに越したことはない。特に、消費者足りえない囚人たちに関しては特に。


 では、それが異世界においては例外であり得ようか。

 いや、そんなことはない。それどころか、この世界では刑が確定される以前に、労働を命じることすら容易い。法務官の胸先三寸で処遇が決まる。

 そういうわけで、ヤシマは法務官に進言し、認可と兵力を貰うことに成功した。そして某日、治水工事のために収容者たちを駆り出した。勿論、それ以外に目的は色々とあったわけだが、表向きはそういう事だ。

 これは画期的な新事業なのだ。


 よく晴れた青空の下、ヤシマは飛び切り悪ぶって鞭を振るっていた。拘置所の収容者たちを労働へと駆り立てていた。

 空気は澄み、小高い丘を背にしたこの牧草地帯は、治水工事の真っただ中であった。幅五メートルほどの用水路には農業に十分な水質の水が流れている。

 澄んでいるとはいえ、じかに飲めば腹を下すのは間違いない。


 収容者たちは久方ぶりの日光を浴び、かなり嬉し気に見えた。その眼には脱走を図る希望の光も讃えている。

 事実、この日脱走計画が行われることは間違いない。ジャックがこの労働事業の情報を流し、決行日をこの日に決定させた。そう噂蛾には書かれていた。

 曰く。騎馬と装甲馬車で強襲。ヤシマと護衛の騎士団を制圧し、ギルを収容。此方の所有する収容者輸送用の馬車も強奪する予定らしい。

 

 こちらの護衛の騎士団といえば、領主から借り受けた一個中隊で、馬鹿みたいに数だけはいる。それこそ、小さな村一つ分ほども。

 数はいるに越したことはない。そういう考え方もある。


 だが大仰な兵力であるのは確かで、少なからず弊害も存在する。

 というのも、領主から借り受けているとはいえ、彼らは騎士階級だ。王国が徴収している軍団とは生まれが違う、貴族の端くれだ。

 つまり、ヤシマのような平民にへいこらするわけもなく、指揮権は丸々、中隊長のものだ。ヤシマの立場も此処では、奴隷に鞭振る奴隷頭と何ら変わりはない。

 

 この中隊長というのが、頭に羽飾りのついた甲冑を被っている無頼漢だ。剣の腕はいっぱしだが他に褒めることはない。おまけに、本名は称号やらなんやらで頭痛がする程長いので、ヤシマは勝手に“鶏野郎”と呼んでいた。

 当然のことながら、この鶏野郎はヤシマと一言も口を聞こうとしない。


 仕方ないので、ギルを話し相手に呼びつけてやった。


「何でしょうか、看守長。鞭の振りすぎで、下着でもズレたので?」

 

 ギルは自身の禿げ頭を撫でさすり、ヤシマの方へとやってきた。山羊髭は変わらず、収監されていたにも関わらず、いまだ壮健さを保っている。彼との敬語を使い下品な冗談を言える程度には深まっていた。

 それもこれも、度重なる説得と電撃のおかげだろう。彼はとても素直で、此方の意図を良く汲み取ってくれる。悪態の切れ味は変わらずだが。


「ようやくこの日が来たわね。お天道様はまぶしい?労働は楽しい?」


 ヤシマは意地悪気に宣い、鞭を手元に戻した。もう片方の手はジャケットのポケットに突っ込まれている。


「勿論、最高さ。期待を裏切らない働きを見せてやるよ」


 ギルが生意気な笑みを浮かべ、山羊髭を弄った。


「あら、そう。せいぜい頑張りなさい」


 そう言って、ポケットに入れられていた方の手を取り出し、ギルの汗ばんだ肩を叩いた。ギルは作り笑いを浮かべ、その手を払う。何かの感触を確かめ、作り笑いは真実の笑いへと変わる。


 じゃれつく二人の手の間でナニカが光った。降り注ぐ陽光が反射した一瞬だけの輝き。黄金の光だ。


「何をくっちゃべっている!」


 威圧的なテノールが響く。鶏野郎の声だ。中隊長が馬上から慇懃に声を掛けてきたのだ。意外にも恫喝するに限っては、この男も口を聞くようだ。


「ああ、これはこれは。中隊長殿。本日は御日柄も良く、労働のすばらしさについて語り合っていたところです」


 ヤシマは貴族御用達の慇懃な一礼をして見せた。そして、厭味ったらしくこう続けた。


「騎士様は労働に励んだことがありませんので?」


 鶏野郎が何かを言い返そうとした。若しくは、貴族らしく上品に嗜めようとしたのかもしれない。

 

 だが、丘上から響く轟音により、それはかき消された。男たちの絶叫。馬の嘶き。蹄の音。魔物の唸り。車輪が轍を地面に刻み込む音。その全てが一緒くたに響き渡った。

 丘上に視線を向ける。二十騎近い騎兵と軽装の歩兵、射手と魔導士が満載された装甲馬車、それを牽引するは分厚い鱗に覆われたワニの魔物。

 それらが美しい矢じり状の陣形を組み、突っ込んでくる。


 ヤシマはほくそ笑み、革手袋に覆われた指先を中隊長へと向けた。

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