第13話:予定と宿命の差異
薬品と珪藻土の匂いが染みついた地下室。時刻は深夜を過ぎている。眼前の机上には、分解された
ジャックは上手く潜り込めただろうか。
幾つかのアドバイスをあげたにせよ、ぶっつけ本番なのに変わりはない。カタコンベの中の髑髏の一つになる可能性だって大いにある。
自分は彼の前職を鑑み、ただ信じて待つほかない。
散弾銃が半ば組み終わった頃、地下室の換気口から一匹の蛾が舞い降りてきた。
真っ白な翅に文字のような文様が書き込まれた異様な蛾だ。大きさはA4の便箋程もあり、藍色の複眼と長い触覚でくりくりと辺りを探っている。
この蛾の種族名は
幅広く、真っ白なその翅に特殊な筆ペンで文書を書き込み、野に放てば、帰巣本能により巣と定めた場所へと戻ってゆく。
どれだけ距離が離れているにせよ、その触覚と複眼により位置情報を探り、巣へと戻る。一説によれば天体から観測しているという話もある。
いずれにせよ、魔術師によって生み出されて魔法生物であるにも関わらず、解明されていないというのは皮肉と言う他ない。
ヤシマは書いてある暗号に目を走らせる。几帳面で実に読みやすい筆記体だ。少し文字が小さすぎるのは内容の濃さを鑑みれば、妥当だろう。
大まかな内容は、革命派の所在とアジトの構造、規模、行動規範、そして何より直近の彼の行動計画だ。実に興味深いことが書かれている。
曰く、ギル・ストーナーの奪還の奸計が図られている。計画は未だ、情報収集等の事前準備の段階であるが、遠からず実施される。そこにジャック自身も介入し、もって入団試験とするようだ。
ヤシマはほくそ笑んだ。ギルが革命派なのは端から割れていた。水薬の文字通りの水増し販売が革命派の資金源であることも把握していた。これで確証が取れた。
おあつらえ向きではないか。本来の計画に幾つか変更が必要だが、改善といって差し障りのないものが期待できる。
本来の予定はこうだった。ギルを手段を択ばず(つまり、多少の電撃を用いたということだが)説得し、逆スパイとして取り込む。そして、釈放し、ジャックに手を貸すよう仕向けるつもりだった。
だが、それよりも良い。
上手くいく手段は連中の救出劇に大演出を加えてやろう。三流ジャーナリズムも聖なるセールスマンもインモラルな大道芸人も、全て動員してやろう。歴史的な一大事に変えてやる。
それには、連中が襲撃してくるタイミングを固定しなければならない。そのために、出来ることは何か?
正解は単純だ。此方からおあつらえ向きの日を提示してやればいい。ギルを外に出し無防備な状態に晒してやればいいのだ。
口実は何だって良い。収容者に奉仕活動をさせるという名目でも、何でもだ。護衛は無能な公爵の騎士たちに依頼しよう。責任はすべて押し付けてやろう。
そして、ギルを外に出し、わざと連中に救出させる。革命派の欺瞞に満ちた輝かしい勝利。領主側の恥に塗れた敗北。そして、飛ぶように売れるBremsen誌。
一石何鳥になるだろうか、少し皮算用してみれば、胸が高揚してくる。暗い喜びが湧きあがってくる。脳にじくじくとした甘い疼きが溢れてくる。
結果は後のお楽しみだ。
ふと、文章の最後の一行が目に入る。
『アナタの目的は何なのでしょうか?』
その言葉を頭の中で嚙み砕きながら、ヤシマは組み上がった散弾銃に弾を込め、照星を覗いた。その先には月の光が漏れ出る換気口がある。その手前には不格好な一枚の抽象画が掛けられている。
月光に照らし出される奇妙なスパゲッティの化け物。それは、ヤシマが自身の記憶を元に描いたものだった。
ヤシマはその絵画に向け、在りもしない引き金を引き、銃声の声真似をした。消音器を付けたような銃声が鳴る。
「目的は唯一つ。問題の最終的解決よ」
散弾銃を手元に引き戻しながら、そう独り言をつぶやいた。背後には、何百丁もの同型の散弾銃が掛けられていた。
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