第12話:間のおけない恋人
おなじみの詰問室。今日のゲストは、最高に愉快な道化師こと死霊術師のスタインベックだ。相方の黒焦げ死体人形ジェシーには隣の部屋で寝てもらっている。
ドーランの落ちた彼の顔は、日焼けした案山子のように味気の無いものだった。だが、顔立ち自体は整っており、女性にはこちらの方が持てるかもしれない。
ヤシマは会話を切り出そうと、他愛ない質問をした。
「好きな料理は何?死霊術師さん」
スタインベックは掠れ声で答えた。
「少なくとも此処の飯じゃないのは、間違いないだろうね」
ジェシーの声色で続ける。
『あの小麦で出来た管みたいな食べ物は結構いけたわ。中がうつろで食べた気がしなかったけれど』
死体はなくとも、腹話術はやめないようだ。
「あれはマカロニね。管の部分と穴の部分からなっているけど、腹の中で消化されるのは後者。至上最も空虚な食べ物ね」
ヤシマはそううそぶきながら資料をペラペラと捲った。
「皮肉ばっかりで答えてくれなさそうだし、私が当ててあげるわ。スタインベック・ゲイシー」
革手袋の指先をパシリと鳴らし、言った。
「“羊の腸詰の薬膳煮~オリーブ仕立て~”」
疑問と含み笑いを添えながら、ヤシマは続けた。
「ずいぶんと小洒落ているわね。どこの料亭の看板メニューかしら?」
ヤシマはスタインベックをねめつける。スタインベックはドーランが浮かべていたような笑みでそれに返した。
「調べてみたら、ずいぶん昔に潰れてしまった高級料亭みたいね。貴方みたいな道化野郎がそんな場所に入り浸れていたのは、そこでショーを受け持っていたから。それなりに客寄せにようだけど…」
ヤシマはスタインベックの手枷の鎖を摘まみ上げた。
「疑問なのは、どうして貴方がここまで落ちぶれているかってこと」
鎖が微かにこすれ合う。耳障りな金属音。
「知り合いにお願いして探してもらった。Bremsenの記事なんだけれどね。料亭の看板娘と芸人の不貞について書かれている号があるの。かなり前の記事だけど何か知ってる?」
スタインベックの表情はなおさら落書きじみてくる。
「料亭の人にも少し話を聞いてみようとしたけれど、例のスキャンダルと流行り病のせいで完璧に潰れてしまっていたわ。それも十年近く前に。」
ヤシマは童歌のように言った。
「彼女の名前はジェシー・メンデス。芸人さんと不貞して、風邪をひき、十年前に墓の下。おどけもせずに、眠ってる」
微笑み。嘲笑。何とでも取れる笑み。
「そのはずよね、ジェシーの相方さん?」
ヤシマはラジオのボリュームを調節するように手枷の鎖を巻き取った。
「俄然、興味が湧いてきたわ。墓暴きに出掛けたくなってきた。十年前のロマンスの終着点を探しにね」
スタインベックは顔を青ざめさせた。ジェシーの声色で言った。
『アナタ何がしたいの?』
「何って?犯罪者を問い詰めているのよ。この部屋の名前を知ってる?詰問室よ。つまり、そういうこと。サイコ・キラー」
スタインベックが地声で叫んだ。
「違う!僕は殺しちゃいない!」
「はいはい。その類の台詞は聞き飽きたわ。コメディアンならもっと他にないの?」
スタインベックの表情が潤んだ。声色はジェシーに変わり、しな垂れ、女じみた態度に変わった。
『私がお願いしたのよ。彼と永遠に添い遂げるために』
ヤシマは口をへの字に曲げた。
「ありふれちゃいるけど、容疑者が被害者の声を代弁するというのは斬新かも」
この男の頭がおかしいのか、死体になってもストックホルム症候群は発症するのか、彼女もスタインベック張りに頭がおかしかったのか、全てが妄想なのか。どれだろうか。もしかすると、全て正しいのかも。
まあ、何はともあれだ。
「OK、スタインベック&ジェシー。貴方たちが二重人格だろうが、霊に取りつかれていようが、どうでもいいわ。でっち上げにせよ、結末は一つだけだから」
ヤシマは一呼吸置いた
「死霊術師は火炙りよ」
スタインベックの表情が青ざめた。正しく死体だ。
「そうすれば、仲良く貴方たちは灰になり、聖職者たちに小便(聖水)を掛けられ地の底に埋められる。どう、たのしそうでしょう?」
ヤシマはスタインベックの手枷を引っ張った。顔を寄せた。
「でも、ね。まだこのことは知れ渡っていない。憲兵も通していない。私が個人的にやったこと。あくまで、現行犯の暴行罪で検挙しただけ」
ヤシマは墓穴より深く暗い笑みを張り付けた。
「取引はお好き?」
頭上のランプの灯が揺れた。
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