第11話:端麗すぎる人形劇
黄昏の路地裏。貧民街との境目。喧騒からも隔離されたこの空間に存在するのは三人だけ。
いや。訂正だ。正確には、酔っ払いの絶叫は響いてくるし、三人のうち一人はダッチワイフだ。公職にいる人間が余り適当なことを言うべきじゃない。
ヤシマは前方に佇む赤い服を着た道化師に問いかけた。
「ここが、アンタの家?屋根すらないとは恐れ入ったわ」
路地裏の袋小路には二組の椅子と幾つかの木箱が置かれていた。それ以外は廃墟じみた建物に囲まれるばかりだ。
「ファンが多いのも辛いな、ジェシー?」
『そうね、スター。人気者は辛いわ』
「その洒落はちょいと寒すぎないか?」
一人と一体は頼まれてもいない一人芝居を始めた。
「少し貴方の人形さんに興味があるのだけど、近くで見せて頂けないかしら」
ヤシマはこれ以上なく淑女的に頼んだ。ブロードウェイ級だ。
『キャー、エッチ!』
「こいつは由々しき事態だ!」
ジェシーがわめき、スタインベックが野次を入れた。実にわざとらしく。おしどり夫婦の漫才を見せられている気にさせられる。端的に言って需要はない。
ヤシマはうんざりという表情を浮かべ、道化師と人形に歩み寄った。
「おひねりは上げるわ。痺れるほどにね」
ヤシマの腕から電光が走った。瞬きする間もなく、ジェシーの胴体に到達し、炸裂した。
佇む黒焦げの人形。スタインベックはその光景を法然と見詰めた。強烈な肉の焼ける臭い。ジェシーから漂う、そう黒焦げのジェシーから。余りにも精巧な人形から匂うのだ。
予想通りだ。吸い込んだ空気を一息に吐いた。
「良い匂いね。スタインベック・ゲイシー?」
スタウンベックは黙り込み、佇んでいる。
「焼ける肉の匂いなんておかしいわね。人形からそんな匂いがするなんて」
スタインベックの視線がヤシマへと向く。白いドーラン、笑顔の赤い口紅、黒い隈取り。黒く大きな瞳がヤシマを覗き込む。
「先に言っておくわ。死霊術は違法よ。火炙りの極刑が定例。知ってる?」
死体での腹話術。悪辣な冗談だ。しかして、死霊術が前提なら有用ではある。何より、安上がりだ。とっ捕まることを覗けば。
スタインベックが漸く口を開いた。
「殺す」
ワオ、誰がこの言葉から笑いを生み出せるだろうか。ダブルミーニングどころか勘違いすら難しい端的さだ。洒落も何もあったものじゃない。
だが、殺意は本物だ。スタインベックはジェシーに触れる。ジェシーがひとりでに身を起こす。蠢きだす。
酷い嗄れ声でジェシーは言った。
『殺す』
ジェシーが飛び掛かってくる。あり得ない角度で関節を曲げ、殴り掛かってくる。背骨が回転する。拳から骨が飛び出す。人間離れしたバックハンド・パンチ。
指先から電光が走る。ジェシーに直撃する。だが、止まらない。彼女は既に死んでいる。心臓麻痺も呼吸停止も、細胞壊死も既に生じている。それでも、動いているのだ。禍々しい死霊術によって。
「アッシュの気持ちが漸く分かったわ。右手にチェーンソーをとりつけたくなるのも当然ね」
この世界で不条理は腐る程、経験したが、今日のは一等酷い。まるで悪い冗談だ。
こういうのを解決する手段は一つしかない。
ヤシマはリズミカルにステップを踏み、後退する。人間離れした連撃をこざかしく躱す。人形とのタップダンスだ。
踊りのしめは、木箱を用いた一撃。壁際に据えられていた朽ちかけの木箱を拾い上げ、ぶん回し、ジェシーの顔面に叩きつける。
ゾンビには殴打だ。相場はそう決まっている。
木箱が砕け散る。ジェシーは軽やかに受け身を取り、宙を舞う。スタインベックを庇う様に彼の眼前へ降り立つ。
言っては何だが、奴は酷い腰抜けのようだ。ライトノベルの主人公じみている。それを差し引いても、操作の腕はピカイチだ。それは間違いない。スタインベックに射線が通らないように戦わせている。
ゾンビを倒すにはどうするべきか。簡単だ。
ヤシマは懐から件の引き金の無い散弾銃を取り出す。これこそが、答えだ。
「『引き金の無い弩銃でどう戦う』」
スタインベックの感情の無い平坦な声。ジェシーの地の底から響くような嗄れ声。二つの声が不気味に重なる。
ヤシマは意に介さず、銃口をジェシーへと向ける。
「こうすんのよ。人形フェチ野郎」
ヤシマはストックに電撃を流し込む。引き金がないのは電気信管が発破方法だからだ。ストックに仕込まれた金具から電気信管へと電流が伝達され、炸薬に点火。硝酸セルロースと硝安の混合爆薬は人体の破壊に十二分な初速を生み出す。
正しく
飛来する鋭利な鉄屑は立ち尽くすジェシーの体に殺到し、食い破った。絞りの存在しない大口径の散弾銃は最低な集弾性を誇る。頭に、左肩に、鳩尾に、あらゆる位置に散布する。
ジェシーは目も当てられない様相と化した。深刻な損傷だ。死蝋化した肌の下。傷の赤い斑が刻み込まれ、肉や筋繊維が露出している。左腕に至っては、皮一枚で辛うじて付いているだけに過ぎない。
ヤシマは手際よく再装填する。散弾銃を中折りし、実包の残りカスを排出する。代わりに、厚紙で作った実包を二本ぶち込む。銃身を元に戻す。軽妙な可動音だ。
スタインベックは状況を理解しようとして混乱している。初めて銃声を聞いた原住民のような反応だ。初見殺しというやつなのだろう。
だが、容赦はしない。奴は異常者だ。
銃口をスタインベックに向ける。
「ジェシーと同じようになりたくないなら、拘置所まで来てくれる?」
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