第9話:暗鬱な煽動者


 地下墓地の中。萎びたライ麦パンのような臭いと橙色のランプの光に満たされている。


 そして、反響するのは胸を打つようなバンジョーの音色。哀愁の塊のような兵隊歌。スティーラーズ戦役の遺物。乾ききった血糊と泥の香りを漂わせ、記憶の隅でぶつくさと愚痴をこぼす。そんな曲だ。

 

 吹き溜まりのような場所だ。


 ジャックは地下墓地の中を歩きながら、思った。無粋で無理のある平和の策略が生み出した吹き黙り。誰も彼もが、その存在を信じず、直視せず、片付けようとしなかった。その結果だ。


 フード男が足を止め、周囲のお仲間たちに合図を送った。

 男たちは一つ頷くと、散開し、それぞれの持ち場へと戻っていった。組まれていた方陣が解かれたようで、手際の良さは軍隊じみていた。

 フード男は向き直り、フードを外し、軍隊式の敬礼をした。


「ごきげんよう、ジャック。私の名はビゴット・クローヴィス。第八師団の大隊長。階級は少尉。そして、その全てに“元”が付く」


 ビゴットは不精髭を生やした五十過ぎ程のいかつい男だった。身体は壮健で、目には活力が満ちている。彼を構成するあらゆる要素が軍人であることを肯定している様だった。


「君の所属は何処だった?ジャック」


 ジャックは自身のフィールドジャケットの腕章を見せた。

 ビゴットはそれを一見すると、感慨深そうに髭をさすった。


「“ウェッジ”か。大層なところにいたものだな。私は、君に敬意を表するべきか、それとも同情すべきか、それともその両方を繰り返すべきだろうか…」


 ジャックは彼の言い回しや声の調子に違和感を覚えた。疑問を呈した。


「フードの有無でそこまで言い回しやら雰囲気やらが変わるものか?」


「与太者を演じるのが中々、上手いだろう? このご時世に流行るのは冷笑主義だ。あれの方が通りがいいのだよ。常に、適したモノを使わなければならない」


 ビゴットは微笑んだ。


「君が古巣でそうしてきたようにな」


 ジャックは顔を見据えて言った。


「俺がやってきたのはそんな大層な事じゃない。ただ、不愉快なだけだ。敵の中に入り込み、探して、殺す。それだけだ」


見敵必殺サーチ・アンド・デストロイってわけか」


「此処は兵隊崩ればかりがいるような印象を受けるが…」


 ビゴットは快笑した。


「類は友を呼ぶのさ。此処を立ち上げたのは俺と古巣の仲間たちだが、そのあとに色んな所から集まってきた。」


「俺と同じようにか?」


「お前は少し特殊さ。それに、生きている“楔”にお目にかかったのは久しぶりだ」


 そう感心したように言うと、ビゴットは嬉し気に指を鳴らした。兵隊歌に調子を合わせていた。


「さて、お互いのことも良く知れたことだ。本題に入ろう、ジャック。今の世界をどう思う?」


「酒場で言った通りだ」


 少しだけ嘘だった。少なくとも、拘置所とヤシマに関してのことについては。


「ああ、あれは名演説だった。あそこにいた連中の九割がたが同じように考えていただろうが、それを言語化するのはどうしてか難しい。だから、そういう連中は言葉にならない代わりに、此処に行き着く」


 少しの哀愁を含ませながら、ビゴットは苦笑した。


「カタリストにな」


 勿体ぶった一言。そして、こう続けた。


「俺はお前を此処に迎え入れたいと考えている。演説は上手いし、気立ても悪くなさそうだ。それに、強い。大事なことだ」


「お前以外はどうなんだ?」


 至極当然の疑問を投げかけるジャック。


「トマスの奴をボコボコにした…ああ、トマスってのはあの墓守みたいな奴のことだ。で、あの出来事は少なくとも此処の連中に良くも悪くも一目置かせることに成功したのは間違いない」


 おどけたような調子で語るビゴット。


「つまり、良くて半々ってところだ」


「どうすればいい?」


「単純な話だ。信用に値するナニカを差し出せば良い。労力、指一本、財産、何でも良い」


「労力とは?」


「それなりに手間で、手のかかる仕事をやってもらう。バスタード拘置所は知ってるか?」


 嫌な予感がした。ヤシマの顔がチラついた。


「小高い丘のてっぺんにある胡乱な建物のことか?」


「その通りだ。じゃあ、あそこでふんぞり返ってる女のことは?」


「ヤシマとかいう女看守長か」


「そうだ。あのラバイヤックの娘だとか、口から生き血を滴らせる吸血鬼だとか噂されているサディストだ。拘置所に籠って顔を見せず、電撃魔法と拷問が得意」


 どこからか野次が飛んだ。「タマを電撃で焼かれるらしいぜ」「灰色髪のベッピンって話だぜ」「変わった形の弩銃を持ってるとさ」


「そう、奴だ。奴の元から仲間を救い出す手伝いをして欲しい」


 ジャックは頭を捻らせた。直近でこいつらの仲間と思わしき奴を捕まえただろうか。


「名前は?」


「ギル・ストーナー。冒険者を兼任してた奴だ。水薬泥棒でパクられた」


 表情を歪め掛けてしまう。露骨な反応を見せてしまいそうになる。ギル・ストーナー。先日、ヤシマが恩赦を与えようとしていた冒険者だ。睡眠魔法で客を眠らせ、高級ポーションを大量窃盗しようとした男だ。


「板屋の記事で見た気がするな。確か、高級ポーションを盗んだとかで捕まったと。もしかして、ポーションは此処の活動のために?」


 ヤシマの供述書は全て嘘っぱちだったということだ。ヤシマが騙されたのか。彼女がでっち上げたのか、それとも…

 脳内で思考が交錯する。顔に出ないよう苦心する。


「さあ、どうだろうな」


 ヤシマが何を求め、何を成そうとしているのか皆目わからなくなってしまった。

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