第3話:女看守長


 窓の外を眺めながら黙り込むヤシマ。それをジャックは呆然と眺めていた。


 彼女の外見。狼の毛皮を思わせる灰色の短髪。切れ長の目付き。エッジの利いた眉。引き締まった顔立ち。それとは裏腹に、口や目元は常に皮肉気に歪んでいる。

 すらりと長い脚は均整の取れた筋肉が付き、ズボンの上からでもはっきりと分かる。どうしようもない事だが、其処につい目線が行ってしまう。


 服装は大抵同じだ。厚革と金属板で補強されたベスト。大儀そうに羽織っている紺色のオーバージャケット。下は長ズボンと半長靴。 

 そして、細工を施された黒の革手袋。

 本人はミスリル銀の糸で刺繍しただけだというが、其処には何かしらの未知の機構が組み込まれていることは間違いなかった。

 現に、不必要な程に銀糸が真円状に何重にもまかれ、用途不明の金属板すら内部に埋め込まれている節があった。

 

 なんにせよ、それが彼女の魔法の早撃ちの源であることは間違いない。どうして、それを世間に発表しないかは全くの謎だが。


 不思議な女性だ。雇われて以来、そう思わされ続けている。

 第一、その経歴が謎だ。足跡を辿れるのは、この拘置所の看守になった所までだ。前任の看守長に見出されたという話までは聞けている。それ以前の経歴を話すことはない。生まれも育ちも不明。

 噂では、著名な錬金術師であるラバイヤック・デストレの娘だとか言われているが定かではない。


 私生活も謎だ。大概は拘置所の地下に籠り、何かを作るか、容疑者連中と話している。時たま外出するのも、町の掲示板を確認しに行く以外には、定期報告で城に昇る程度だ。 


 雰囲気も捉えどころがない。一見して、全てを見通しているかのようですらある。だが、どこか卑屈で、自信なさげにも見えるのだ。

 まるで、負け知らずのイカサマ師が一度のポカで豚箱にぶち込まれた後のようだ。


 謎、謎、謎。全く意味のない長ったらしい思考だ。


 ジャックは浮かんだ疑問を頭から振り払った。何はどうあれ彼女が恩人で信頼のおける上司であることは変わりない。

 気を取り直して言った。


「この書類で本当に提出いたしますが、ギル・ロバートの件はこれでよろしいのですね?」


 やっと、本題に戻った。ヤシマも漸く深慮から帰ってきたようで、ジャックをその抜け目ない瞳で見据えて言った。


「ええ、それで無問題よ」


 ジャックはいつもの調子に戻ったことを喜んだ。


「了解いたしました」


 それだけを述べ、その場から立ち去ろうと踵を返した。だが、そこで背後から声が掛かった。


「革命派の件も引き続き頼むわよ」


 ジャックは背後へ振り返り、敬礼した。


「了解であります、看守長」



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