第2話:脛に傷ある看守


「ヤシマ看守長。この聴収書どうなっているんですか⁉」


 事務室のデスクの傍に立った、二等看守のジャックが問い詰めてきた。

 上背は160半ば程だが、がっしりとした体格をしている。不精な短髪と少年じみた顔立ち。それとは裏腹の目付き。鋭く、冷たく、不屈の意志を感じさせるものだった。


 頭が切れすぎるのが玉に傷だが、総じて優秀な部下だ。だからこそ、ヤシマは丁寧に答えることにした。


「どうなってるって? 見た通りよ。『当人は他者への直接的攻撃を避け、犯行に及んだ動機もギルドが依頼への正当な報酬を拒んだことから生じた困窮が要因である。以上のことと、彼自身のこれまでの冒険者としての貢献を鑑み、監獄への収監及び、その他の実刑は見送るべきである。』そういうことよ」


「書いてあることは理解できます。ですが、理解できるのと、納得できるのは別物です」


「どうして、納得できないの?」


「詰問室で火炎魔法をぶっ放した輩でしょう!?」


「先に手を出したのは私の方よ」


「奴は魔道具を隠し持ってた」


「結果論的にはね。でも、下手を打てば不祥事になって、困るのは私たちの方よ。相手は名声ある冒険者。後ろにどれだけ人が続くでしょうね?」


 ジャックは何か言いたげにヤシマを見た。当人は気にせず、続けた。


「それにね。懲役や実刑を避けられたとしても、彼がギルドに冒険者ライセンスを取り上げられるのは決まっているようなものよ」


「ギルドの系列店から盗んだからですか?」


「その通り。彼ら以上に身内意識の強い組織もそうないわ。殆どヤクザみたいなものよ」


「ヤクザ?」


「遠い、どこかの国の盗賊じみた連中の総称よ」


 ヤシマは机上に置かれた革製のポーチを手に取りながらうそぶいた。


「で、それって彼が下手に豚箱にぶち込まれるより大変でしょ。働かなきゃ飯は食えないし、個人で依頼をうけるにしてもギルドから嫌がらせを受けるわけだし」


「それが分かっていて、どうして盗みなんてしたのでしょうか?」


「曰く、高いポーションが買えない新人が毎日のように死んでいくから、配ってやろうとしたって。彼は言ってたわよ。本当かどうか知らないけど」


「義賊であると?」


「後からなら、何とだって言えるものよ。まあ、聴収した感触としては、少なくとも誰かの為では有ったように感じたけどね」


「報告書になぜそう書かないので?」


「書いたところで意味がないからよ。それよりはギルドの不当な搾取を槍玉にあげてやった方が向こうも厳罰化しにくいって判断」


「やっぱり、恩赦を与えてるじゃないですか」


 ヤシマはいたずらっぽい笑みでそれに返した。


「もしかして、また名刺をあげたんですか?」


 ジャックが責めるように言った。


「そうね。名刺をあげて、釈放されたらまたここに来るよう言っておいたわ」


「どうしてそこまで」


「広範囲対象の睡眠魔法なんて使える魔術師を逃す手はないでしょう?それに、結構潔い性格が気に言ったしね」


 ヤシマは分厚いパルプ紙の名刺をくるりと回した。この世界にパルプ紙はまだ普及していない。特注品だ。それだけで『私からの紹介だ』と実証性を持たせることが出来る。


「おまけに私って、電撃魔法以外は下手糞だから…」


 ジャックは口を挟もうとした。


「しかし・・・」


 ヤシマはそれを許さない。


「貴方も同じ穴の貉でしょう? 元脱走兵君」


 ジャックは押し黙った。痛いところを突かれたという表情を浮かべた。確かに、過去の件を引き合いに出すのはアンフェアかもしれない。だが、それでもだ。


「もっと重大なことがある。板屋が最近になってしきりに革命派関連の事件を書き立ててる」


 板屋とは市街地の巨大な掲示板を管理し、ジャーナリズムの真似事のようなことをしている連中だ。

 多くは領主の息が掛かっている。大通りの正規の掲示板に書き込めるのは息のかかった連中だけだ。その他は路地で細々とやっている。


 革命派は文字通りの連中だ。いつの世だって、白が気に食わない黒がいるものだし、逆もまたしかりだ。違うのは、どちらがどの程度優勢か。そのぐらいだ。


「どんどん騒がしくなっていくでしょうね?」


 そう言って、ヤシマは拘置所の窓の外を見た。眼下には中世的な建築の街並みが延々と広がり、人々の喧騒が聞こえていた。

 バスタード拘置所と称されるこの建物は、この街における唯一の収容施設にして領主の城を覗けば最大の建造物だ。

 毎日のように憲兵が容疑者を此処へ連行し、看守が軽い拷問じみた事情徴収を行い、書類を作成し、領主の城に定住する法務官へと書類を送付する。

 そうして、刑が決定され、鞭打ち等の実刑なら街の広場で、囚役ならば首都の方にある監獄へと輸送される。


 法の精神?三権分立?知ったことではない。


 脳裏に浮かぶのは、前世の世界で行われたという封建制とその終焉だ。

 革命の火が瞬いた時、この場所がどうなるのか、火を見るより明らかだ。


 最早、この王国は終わりを迎えつつある。誰にも止め難い時代の潮流だ。法、行政、宗教の腐敗。たびたび生じる飢饉。不満を他所へ傾けるための対外戦争。ありきたりで、これ以上なく最悪な八方ふさがり。


 ヒトは過ちを繰り返す。どの世界でも。


 ふと、ギルとの事情徴収のことを思い出した。除隊処分を受けた後、どうして冒険者になったのか問うた時のことだ。

 冒険者という職は、命知らずか止むにまれぬ者達の行き着く先だ。盗賊と冒険者の違いは、人から奪うか、魔物から奪うかでしかないと言われる程なのだ。実際、最底辺の選択である。


 彼はこう答えた。


「そうする外なかった」


 つまり、必然。誰しもが認識できるが、したがらないモノ。それを直視したからだと彼は言ったのだ。

 個人的には嫌いじゃない。私だってそうだ。出来ることを成し、今の地位にいる。そのための電撃魔法。詠唱を不要にするこの手袋の考案。拷問術の訓練。積み重ねてきた悪徳。殴り、蹴り、肌や肉を焼いた。


 全て、必然。そう思い込む他ないのだ。


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