第1話:ポーション泥棒
かび臭い詰問部屋。一組の男女が机を挟んで向かい合う様に座っている。
男の方は、草臥れたツナギのような服を着た初老の偉丈夫。女の方は、革のベストで身を固めたキツイ目付きの看守然とした女だ。
「水薬一本で生死が分かれちまうのさ、文字通り死活問題だ。分かるか?」
ツナギ姿の偉丈夫。ポーション盗難事件の容疑者は言った。
まるっきり開き直っているようで、机の下で足を組み、手枷のはまった手で顎髭を弄繰り回していた。
冒険者という生命のやり取りで飯を喰う職業特有のふてぶてしさが漂っていた。
この拘置所で看守長をやっている女。ヤシマは、出来る限り相手を刺激しないよう問うた。
「それは良く分かってる。でも、こっちも事情徴収が仕事なの。貴方が魔物と殺し合うのと同様にね。だから、仮に
ヤシマは後悔した。少し、言葉選びを間違えたかもしれない。
「一緒にするんじゃねぇ」
現に、冒険者はうざったそうに言った。不貞腐れている様だった。代わりに、なだめるようにヤシマは返答した。
「まあ、確かに公務員とフリーランスじゃ全く別物ね」
冒険者は訝し気な表情を浮かべた。
「公務員?」
不可思議な当惑、少しの苛立ちが感じ取れた。冒険者という職業に就くものは未知を嫌うようだ。手元の羊皮紙に書かれた資料には、“魔術師”とジョブの欄に書いてある。なおさら、未知が憎いだろう。
ところで、この場合、冒険者という
眼前では冒険者も当惑している。此方も馬鹿な思考を振り払う。
「気にしないで頂戴。それで、どうやって水薬を盗み出したの?それも三ダースまるごと」
ヤシマは資料にちらりと目をやり、男の名を呼んだ。
「説明してくれる、ギル・ロバート?」
フルネームを突然呼ばれると、人間というのは得てして、何かしら突飛な反応を見せるものだ。だが、ギルも冒険者だ。踏んできた場数が違う。使い古された釣り餌にかかるほど間抜けじゃない。
それは、あくまで微小な変化だった。濛々と生えた髭の下。ひび割れた唇が少しばかり歪み、黄色い歯が顔を覗かせる。ギルは卑屈に笑い、不敵に此方を見据えている。どす黒い希望が覗いている。
「睡眠魔法で全員眠らせてやったのさ。サンドマンもご満悦の寝入りっぷりだったよ」
ギルは眠りの妖精サンドマンになぞらえて、自慢げに語った。
サンドとはつくが何も砂で出来ているわけではない。向こうの世界のケルト神話だかにも、登場していたのではなかろうか。自分も早く仕事を終えて寝たいものだ。
くだらない郷愁を無視するように、ギルは自慢話を続けた。飄々と、これ見よがしに。
「俺は三箱分の
ギルはコミカルに“お手上げだ”というポーズを取った。お決まりの降参のジェスチャーだ。
しかし、奥底に嫌味と打算が見て取れた。本当に万策尽きた輩の醸し出す雰囲気を知る者からすれば、少し胡散臭い。
ヤシマも売り言葉に買い言葉で返してみる。
「貴方、その見た目で高位の睡眠魔法を使えるレベルの魔術師なの?てっきり、
ギルの肉体はボロ服の上からでも分かるほどに見事に鍛え上げられていた。おまけに顔は強面、髭は山羊髭でテキサスの貧乏白人みたいだ。少し、差別的に過ぎる表現かもしれないが、此処は異世界。アメリカは存在せず、人権意識も無いに等しい。
「ふざけたこと抜かしてんじゃねぇ。これでも、この辺りじゃかなりの高位の魔法使いだぜ。冒険者になる前は軍にいたしな。なめんじゃねぇや、お嬢ちゃん」
「つまり、私なんか一瞬でヤッちまえると?」
とびっきりに挑発的に言ってやった。乗ってくるだろうか。
「そうは言っちゃいねぇよ。第一、杖か指輪か宝石か、いずれにせよ媒介になる魔道具がなけりゃ魔法は使えねぇさ」
ギルは卑屈な笑みを浮かべた。だが、魂胆を隠しきれていない。
ヤシマも微笑み返した。何かを察したような顔だ。両手にはめられた皮手袋を確認した。銀糸で真円が刺繍された高価そうな黒の手袋だ。
「勿論、知ってるわ。私も魔術師の端くれだもの」
ギルは厭らしく笑った。手枷のはまった手で髭を仕切りに扱いた。
「へえ、どおりでそんな細っこいナリで、看守なんざ出来ているわけだ」
ヤシマは微笑みを更に深い笑顔へと変え、椅子を引いた。半立ちになり机に手をついた。
「その通り。ところで、看守の審査基準って知っている?」
楽し気に言いながら、ギルへと身を近づけ、ギルの眉間へ手を向けた。
手は中指と人差指を合わせ銃の形にしている。ありふれたジェスチャーだ。西部劇の主人公がやるような気障なヤツ。
「おい、なんなんだよ。いきなり?」
ギルはヤシマの不可解な行動に困惑の表情を浮かべた。
当然の反応だ。この世界に銃はない。あるのは剣と魔法だ。だが、それでも違和感と嫌な予感を覚えたのか、禿げあがりつつある眉間に酷いしわが寄った。
「こういう事よ」
そう言って、手袋に仕込んだ回路に魔力を込めた。心臓の拍動に意識を向けるように魔力の脈動を感じ取るのだ。そして、解き放つ。
電光が弾ける。炸裂音が鳴る。ギルの絶叫が響き渡る。
「痛かったかしら?」
ヤシマはとぼけたように質問する。ギルは一瞬の昏倒から我に返ると、すさまじい怒りにより直ちに我を失った。凄まじい形相で睨みつけた。
「ナニしやがる!!!!!」
「いや。看守の採用基準の実演よ。問いの答えは“電撃魔法が使える”でした。と、そういうこと」
「ふざけんな!」
ギルが怒り狂ったように立ち上がる。ヤシマは立ち上がり半歩下がる。ギルは手枷ごと腕を突き出し、呪文を叫んだ。
「「Ply th Msc Led Zeppe!!!!」」
ギルのごつい手のひらから、火炎が噴き出す。初級の火炎魔法。比較的に速射出来る呪文。
詠唱の瞬間、ヤシマは机を蹴り上げる。火炎を阻むように跳ね上がるオーク材の机。
火炎は机の表面を黒焦げにし、勢いが逸れ、天井を焼くに終わる。当然だ。木製の盾に防がれる代物なのだから。
机の横から飛び出すヤシマ。ギルの眉間に再び銃口を突き付ける。ギルも此方に手のひらを向けている。緊張が走る。
手袋には、先ほどの数倍の電圧と電力の電撃魔法が込められている。一撃で頭が吹っ飛ぶ威力だ。死んだら、その時考えれば良い。
ギルは強烈な視線をヤシマに叩きつけながら、息を荒げている。見開かれた瞳孔。滴る脂汗。驚愕を隠せていない。まだ電撃に痺れているかのように、ひくついた声で言った。
「どうして詠唱無しで魔法が撃てる?」
ヤシマは厭らしい笑みを浮かべた。先ほどのギルの顔がマスコットに見えるほどに、そこに込められた悪意は数段上を行っている様だった。
「どうして魔道具を持っていないはずなのに、魔法が撃てるの?」
オウム返しのように問いかけるヤシマ。
「ケツの穴に杖でも隠しているの?場末の男娼がア〇ルに梁型を詰めてるみたいに?」
電圧を上げられたように、ギルの表情が一段と歪む。
そして、今度こそ“お手上げ”というように、黒焦げの天井を仰ぎ見た。腕を下し、再び椅子へ、どかりと腰を下ろす。瞳に何も写さず、髭へともぞもぞと手をやった。
ぶちりと髭が千切れる音が鳴り、ギルは髭の茂みから一つの指輪を取り出した。精巧な彫刻の入った黄金の指輪だ。
「それが、魔道具?」
「そうだ」
「ウチの連中に髭の中まで確認しろと言い含めておかなきゃいけないわね」
「ヤバい時の為にゃ、こうやって髭に括り付けておくもんさ。帝国兵共に捕まった時にもこいつのおかげで助かったね」
ギルは負け惜しみのように続けた。
「つまり、これに気付かなかったアンタらはオーク並みだってことさ」
ヤシマは“お手上げ”というポーズを取った。右手は銃の形のままだ。
「ぐうの音も出ないわ」
ヤシマはそう言って、指先から火花を散らせた。空中放電の鋭い音。漂う独特のイオン臭。
「勘弁してくれ」
ギルは頭を押さえた。禿げあがりつつある頭皮をさすった。
ヤシマは微笑み、机を元にの位置へ蹴倒し、椅子へ腰を下ろした。
「さて、事情徴収の続きをしましょうか。更に協力的になってくれることを願うわ」
焦げ臭さとオゾン臭の漂う奇妙な閉鎖空間で、容疑者と法の執行者は少しずつ前進的な関係を築いていく。焦げとイオンの香りとそれぞれの立場は異なるにせよ、これはもう一つの世界でも同様だ。
徴収は思った以上に手早く進んだ。ギルの性格が竹を割ったという程ではないにせよ、潔いモノだったこと。
そして、何より電撃魔法のおかげだろう。
この世界に人権など無いに等しいが、物事は常に二面性を帯びているものだ。非情さは効率を生む。会社のリストラと同じだ。
郷に入っては郷に従え。
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