俗な女看守
ワニ肉加工場
Epi & prologue :本当にすべきことは何もしないこと
昔々、どうしようもなく廃れた国に、ヤシマと名乗る一人の女看守がいた。
彼女は、公爵領の拘置所を任されただけのなんてことはない地方役人だった。日々、ろくでもない容疑者たちの調書を取り、法務官へと送付し、連中を刑の執行まで拘留する。それだけの存在だ。
そう、そのはずだったのだ。だが、彼女は確かに全てをひっくり返したのである。国を、時代を、人々をも。
彼女の逸話はよくこの様に表現される。
『堰を切り、一目散に逃げだした』と。
後世の歴史家によっては、彼女の存在自体を疑う説も少なくない。
それも当然だ。彼女が何処で生まれ、如何にして地方役人に上り詰め、腐った大木を切り倒すように王国を打ち壊したか。どれも定かではないのだ。
彼女の存在自体が、ある種の陰謀だとすら言えるかもしれない。
そう、偶然というには余りにも出来過ぎていた。
☺︎
[Bremsen記者対談記録]
「こんにちは、Bremsen紙のサキ・ブルースです。本日はお会いして頂き誠に有難う御座います」
「いえ、全く構いませんよ。私が、かの有名なFBI初代長官のジェイズ・フーヴァーになったみたいで笑えますから」
「?」
「こちらの話ですよ。どうぞ、インタビューを始めてください」
「では、単刀直入に聞きます。一連の噂は本当ですか?貴方があの“ヤシマ”であるというのは」
「へえ、あの“ヤシマ”ですか。では、逆に質問させてください、貴方は彼女の何を知っているのでしょうか、彼女が何を何処でどうしたと?そもそも存在すら怪しまれているのに、何を問えるというのですか?」
「一般に知れ渡っていることと、私の知識は大して変わり有りませんよ。彼女はどんでもないゲスの看守で、革命の撃鉄を自らの手でお越し、自ら引き金を引いた。そして、死んだ。喜劇じみてね」
「それで終わりで良いじゃありませんか。どうして私のところまで?」
「面白い筋から情報が入ったんですよ。それには貴方がヤシマであるという証左が事細かに書かれていた。だから来たんです」
「陰謀論以外の何物でもありませんね。ジェイズ・フーヴァーがマフィアの存在を否定し続けた様に、私は否定することしかできません」
「貴方は“ヤシマ”ではない、と?」
「ええ、勿論。ですが、私は少々歴史に造詣がありましてね。他の人々より彼女について詳しいという自負があります。それを今から語りますので、ある匿名の女性からの証言として載せてみたら、良いんじゃないかしら?」
「見返りは?」
「貴方の面白い筋というのを教えて下さい。そんな馬鹿げた話が何処から出てきたのか大いに気になるものです」
「それは…」
「オーケー。取引成立です。出なけりゃ、豚箱行きですよ。私はあの“ヤシマ”かもしれない女、何ですから」
私は黙り込む他なかった。彼女には文字通り有無を言わさぬ気迫があった。それこそ悪徳看守の様な。
「思い出す限り、事の始まりはポーション泥棒の詰問だったわ。随分とふてぶてしい奴でね…」
女は楽しげに語り出した。
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