今は、優しくしたくない

時刻は午後9時。

湊は、仕事が終わり、足早に自宅に向かっていた。

(やべ、雨降りそ…)



「湊くん」

湊は声のする方へ振り返った。

「え?!…佐和!?何してんの?こんな時間に…」

「塾の帰りだよ」

「え…、塾ってこんなに遅く終わるの?!」

「だいたい、皆そんな感じだよ?」

「……」

「どうしたの?」

「……」

「?」

「…家まで送ってく」

「え、いいよ。いつも1人だから」


湊は佐和を見た。

(相変わらず細…。襲われたら確実にアウトじゃん…)

「送ってく。家、どっち?」

「いいって。もう少しだし…」

「どっち…?」

「…あっち」

湊は佐和が指差す方へスタスタ歩いて行った。


佐和は湊に追いつき、横に並んで歩き出した。

「湊くん、ありがとう」

「ん」

「優しいね」

佐和の言葉に湊は少し考え込んだ。

「普通…、いや優しいかも…」

「あはは」

「佐和には、…今は、優しくしたくないんだけど」

「何で?」

「……」

「私に嫌われたいの?」

湊は無言だった。


「…佐和は、何で俺のこと…」

湊は困った顔で言った。

「格好いいから」

「はぁ…。じゃぁ、他にもいるでしょ」

「こんなに見た目も性格も格好いい人いないよ」

「性格は良くないよ」

「腹黒だし?」

「…知ってたの?」

湊は目を丸くした。

「知ってるよ。小学校から見てたし。孝司に対する態度とか」

「…そういえば、佐和って、実はしっかりしてるもんね。ちゃんと観察されてたか」

「してたよ」

佐和は、笑った

「じゃ、格好良くないのわかるよね?」

「格好いいよ?」

「どこがだよ…」

「妹思いな所とか」

「それは確かだけど…」

「私や孝司にも優しいし」

「別に普通だよ」

「頭もいいし」

「普通だって…」

「面白いし」

「つまんないよ…」

「指が長くて、声も好き」

「そんな男はいくらでもいるよ」

「えーっと…」

「あははっ。めっちゃ絞り出してんじゃん」

「色白な所とか…」

「なんじゃそれ。…俺の、いい所なんて数知れてるよ」

「…いいトコだらけだと思うけど?」

佐和は不思議そうに湊を見た。

「佐和は、俺の事…好きだから、悪いところが見えてない…」

湊はの言葉が尻窄みになった。

「湊くん」

「?」

佐和は湊の顔をじっと見た。

「以外…」

「何が?」

「可愛いんだね…」

「……」

湊の顔はポカンとしていた。

「あ…、ごめ…」

「…何で?」

「…え、だって…。こんなにハイスペックなのに…。自信なさそうだったから…」

「…恥ず」

「ごめん」

「いや。俺は表面状の自信しかないから…」

湊は曖昧に笑った。

「もったいないね」

「え…」

「あ、ごめん」

「いいって。気にしないよ」

湊は笑った。


「幻滅したでしょ?」

「そんなんで幻滅しないよ」

「もう言っちゃうけど、俺、すごいうじうじしちゃうし、自分にも自信ないし、なのに偉そうにしちゃうし…」

「……」

「全然格好良くないでしょ?」

「そうやってちゃんと私に話してくれるのが格好いいよ」

「…しつこいなぁ」

湊がフッと笑った。

「ごめん」

「いや、羨ましいよ…」

「?」

「あ…、何でもない」

「何?」

「なんでもない」

「何?」

「言わない」

「…なに?」

「言わないって」

「自分ばっかりずくるない?」

「何が?」

「私は告白してめっちゃ恥ずかしいのに、湊くんだけ何も言わないで」

「そんなの…知らないし…」

「こんな年下の私だけ恥ずかしい事言わせて、ずるい」

「佐和が勝手に言っただけじゃん…」

「罪悪感とかないの?」

「…あ…」

「あるよね?」

「もうっ!佐和、意外とめんどくさい!」

「じゃぁ、教えて?」

佐和はニッコリ笑って言った。


「…」

「何?」

「俺は…好きな人にずっと好きって言えずにきたから…」

「そうなの?」

「うん…。だから、佐和が、羨ましい…」

湊は自信がなさそうに下を見た。

「へぇ」

「……」

「何で言えなかったの?」

「…好きな子には、好きな人がいたから…」

「…入る余地がなかった?」

「ないね」

「そうか」

「…それに、どうやっても俺のこと友達以上には好きじゃないのわかるしね…」

「言わないから相手も気づかなかったんじゃ…」

「…言ったところで何も変わらないよ…」

「だとしても、言わないから、どんどん自分が傷ついていったんじゃない?」

「?」

「無駄に期待したり。無駄に落ち込んだり」

「それはある…」

「今でも好きなの?」

「うーん…」

「告白してきたら?」

「できない」

「今更だから?」

「 そう」


「ま…、告白しない方が私は嬉しいけど。うまくいったら困るし…」

「結局お前はそうか」

湊は笑った。

「でも、辛そう」

「…別にいいよ」


「でも、息苦しそう…」

「そうでもないよ…」

「溺れなくていい所で、溺れてる感じ…」

「ははっ。そうかもね」

湊は軽く笑って言った。

「私が、助けてあげる」

「助かる気しない」

湊は佐和の方を見ないでフッと笑った。

「頑張って引きあげるよ」

「…佐和には無理」

「…根性だけはあるよ」

「根性だけね」

佐和は真面目な顔で湊の目をじっと見た。

「…9歳も下の子に無理だよ」

「好きだよ」

「…ごめん」

「好き」

「…ごめん」

「湊くんが好き」

「だから…」

湊は好きと言われすぎて照れた顔をした。

「ちょっと元気でない?」

「…複雑…」

「好き」

「あははっ。もうわかった」

湊は思わず笑ってしまった。

「元気でた?」

「…はい」

湊はようやく佐和の顔を見た。

「元気でたよ」

湊の言葉に佐和は笑った。


「じゃ、送ってくれてありがとう」

「こっちも。何か話したらスッキリした…」

「良かった」

「ありがと」


「湊くん」

「何?」

「話したらスッキリしたんだよね?」

「?うん…」

「話して良かった?」

「え、まぁ…」

「じゃ、お礼は?」

「え?ありがとう…」

「デートして?」

「…デートはだめだ」

湊はキッパリと断った。

「じゃ、何か奢って…」

「…何…?」

「ランチは?」

「…いいとこついてくるね」

湊は悩み始めた。

「じゃ、いいの?」

「うーん、ま、いっか…」

「やった」

「…やっぱ、やめようかな…」

「もう、ダメ」

「他にしてほしい事ないの?」

「じゃ、付き合って。遊びでもいいよ」

「ダメ」

「ケチ」

「わかった。ランチね…」

湊は深いため息をついた。

佐和は心底嬉しそうに笑った。


「佐和がこんなに強引だなんて知らなかった」

「嫌?」

「ううん。羨ましいって…」

「好き?」

「好きな人いるって…」

「…ランチ楽しみにしてる」

「…土曜日でいい?」

「うん!」

「早く終わらせたいし」

「もうっ!」

「早く処理したい」

「処理言うな」

湊は怒る佐和を見て笑った。

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