俺、もう引けない 

「…なんで?…いるの?」

孝司は、唖然としている。

「劇的だろ」

孝司は勢いよく、パブロの方を見た。

「謀ったな…」

孝司は、口角をあげた。

パブロはフンっと笑った。

「行ってきなよ」

孝司は走り出した。



「誰かくる…?」

駿太が、後ろからくる足音に気がついた。

春乃は言われた方向を見ると、孝司がいた。


「春乃」 

孝司は息を切らせて言った。

「…何?」

春乃はそっぽをむいた。

駿太は春乃の態度で、孝司が元彼だとすぐに気がついた。

「春乃、困ってるから、やめて」

駿太が間に入ろうとした。

「黙れよ」

孝司は駿太を睨みつけた。

春乃は孝司がそんなにきつく言うのを聞いた事がなかったので驚いた。


「春乃を取り返しに来た」

「物じゃありません」

春乃は孝司の方を見ずに言った。

「春乃は俺と一緒にいなきゃだめ」

「何それ。傲慢すぎるでしょ」

「そうだね」

「…もう、行くね」

春乃は、孝司の横を通って行こうとした。

「行かないで!」

孝司の声があまりにも大きかったので、春乃はびっくりした。

「行ったらやだ…」

孝司は子供のように言った。


「ねぇ、もう帰りなよ」

駿太が呆れたように言った。

「だから黙ってよ」

「黙れないでしょ。彼女が、困ってるんだから」

「誰がお前の彼女だよ!」

「春乃がだよ」

「…」

春乃は孝司の方を見なかった。


「俺、勉強の仕方を変える。春乃と会う時間ちゃんとつくる」

「ふーん。そんなのできないじゃん」

「勉強の時間減らす」

「じゃ、医者になれないじゃん」

「なれるよ。勉強時間減らしてもなれる。小学校の頃から猛勉強してきたから。だから、今、死ぬほどやらなくてもなれる」

「…もう、どうでもいいよ…」

「良くない」

「もう、好きじゃない」

「俺は好きだ!」


「俺は好きだよ。ずっと一緒にいたい!」

「ほんと、もうやめなよ」

駿太が言った。


孝司は駿太を無視した。

「春乃、一緒にいてよ」

「嫌」

「何で?」

「いたくない」

「理由を聞いてます」

「言いたくない」

「子供かっ」

「…しつこい」

「ごめん」

「謝るなら、言わないで」

「だって、好きだから」

「拒否します」

「拒否できません!」

2人の言い合いが続いた。

駿太は、春乃はこんなふうに喧嘩するんだと、初めて知った。


「ほんとにもう行くから」

「何で?」

「話がないから」

「こっちはある!」

「一人で喋ってれば?」

「ひっど!」

春乃は自分でも酷いと思った。

「彼氏なんか好きじゃ、ないくせに」

「好きですけど」

「俺を好きだった頃より、好きじゃないでしょ」

「…そんなことない」

「俺といた時と顔が違う」

「そんなの知らないでしょ」

「知ってる。見たことあるし」

「怖いんだけど」

「俺といる時の方が楽しそうだった!」

「気のせいでしょ」

「違う」

「…」


駿太は、2人の様子を見て、何も口を出せずに黙っていた。


「…お願いだから…。帰ってよ…」

春乃は泣きそうな顔で言う。

「…」

春乃はめったに泣くことがない。

孝司はその顔を見ると黙ってしまった。

「もう…傷つきたくない…」

「ごめん…」

「もう、限界だった…」

「うん…」

「駿太といると楽なの」

「…!」

「もう、孝司とは…」


「俺、春乃と別れてからも、毎日春乃の事考えてた」

「…」

「自分から、追い込んだくせに、悲しくて」「…」

「春乃が隣りにいてくれないと、辛い…」

「…」

「勉強の量減らす。春乃との時間は絶対つくる。一緒にいたい」

「…もう…遅い…」

春乃はまた泣きそうになりながら言った。

「春乃、大好きだよ…。春乃の事、一番大事に思ってる」

「…」


「ごめんね、困らせて…」

孝司は、辛そうな春乃の顔を見て申し訳なく思った。

春乃はずっと下を向いたままだ。

「春乃、こっち見て?」

春乃は首を振った。

「春乃、俺の事、好き…?」

「…」


「彼氏の事好き?」

「…」


「ごめんね、春乃、俺、もうひけない」

「…」

「諦められない」

「…」

「今日は、帰るね…」

「…」

「ちゃんと送ってもらってね。」


孝司は、一歩引いた。

春乃からは、目を離さなかった。

一瞬、春乃が孝司を見た。

孝司は久しぶりに、春乃の目をみた。

それは、春乃も一緒ですぐにお互いの気持ちが分かった。

ただ、そう単純でもいられなかった。

春乃は孝司を置いて家の方向に走って行った。

駿太が、後を追いかけた。

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