中編 2  イトウ・ノゾミのお願い



「それで、その後はゆーたくんと一緒に山の動物を狩ったりして、時々村人に頼まれた魔獣退治をしたりして、い、今に至るってわけです。

 実は、ブーノ村のことも噂は小耳に挟んでいて、その、た、退治したら礼金もらえるかな、なんて。えへへ」


 昨日のイトウ・ノゾミはそう言って笑っていた。


 カトウ・ユウタは、話の途中でバーレル男爵の二人の娘、アンナとチュニーが広場で遊んでくれたお姉ちゃんとお兄ちゃんが来ていると聞きつけ、遊んでほしいとせがまれて、応接間の窓から見える庭で遊び相手になっていた。

 バーレル男爵がその様子を見ると、カトウ・ユウタはポケットから毛糸の輪を出し、あやとりをアンナとチュニー見せていた。


「昨日、ご領主様の娘さんたちに色々見せて楽しませてたのって、殆どゆーたくんなんです」

 ゆーたくんは優しいんです。人や動物だって傷ついてるのを見るのは嫌なたちで、だから私が前に立って戦おうって思ったんです、とイトウ・ノゾミは続けた。


 バーレル男爵はポケットから昨日6歳の娘チュニーから渡された紙で折った鳥――折り鶴を出してイトウ・ノゾミに見せ、「これは……?」とたずねた。


「それもゆーたくんが。ゆーたくんはけっこう手先が器用なんですよ」


「そうですか……実はお二人が召喚された勇者候補ではないかと思ったのはこの鳥がきっかけです」


「そ、そうなんですか?」


「ええ。実は紙は貴重品でね。紙をこのように使うなんてなかなか貴族でもできません。しかも紙は何かを書き残しておくためのものと誰もが思っています。工作の材料として見る者はほとんど居ないのです」


「し、知らなかった……娘さんたちが渡してくれたので、つ、つい……申し訳ありませんでしたっ」


 あわあわしながら頭を何度も下げるイトウ・ノゾミ。あまり頭を下げるので、イトウ・ノゾミのかけているメガネが床に落ちてしまうんじゃないかと心配になる。

 バーレル男爵はそれを制止するのはもう何度目かわからない。


「いにしえに勇者様と数十人の勇者候補様が召喚された時、勇者候補様の内から野に下った方々が数人おられ、その方々は貴重な紙を折って色々な物を作られた、と聞いております。ですから私は、わらにもすがる思いでお二人を探させたのです」


「そ、そうだったんですね……じゃあ、ゆーたくんが導いてくれたみたいなものです。わ、私はあんまり手先が器用じゃないし、折り方も忘れちゃってるし、か、紙ヒコーキくらいなら折れるんですけど」


 紙ヒコーキとは? とバーレル男爵は疑問に思ったが、それよりも、魔物討伐の打ち合わせを急ぎたいと考えた。


「イトウ様、申し訳ないのですが、明日、さっそく魔物討伐に向かっていただきたいのですが、よろしいでしょうか」


「は、はい。それは構いません。元々今日か明日にはブーノ村に行ってる予定でしたから。ご領主様、討伐隊が魔物に壊滅させられたとのことですが、魔物の正体は何なのですか? 兵士は姿を見たのでしょう?」


「……つがいのグリフォンです。ですが雄1頭に我らの討伐隊はやられました。おそらく、雌は子を身籠みごもっているのでしょう。雄はそれを守ろうとしたのではないかと思われます」


「グリフォン……戦うのは初めてです。で、でも何とかしてみます」


「どうかお願いいたします。私どもに出来ることは何でもさせていただきますので」


「ご領主様、な、なら一つだけお願いがございます……いや一つ……ううん、欲張っちゃだめっ」

 

 そう言ってイトウ・ノゾミは自分の頭を軽く叩く。


 やはり随分と落ち着きのない少女だ。可愛げとも言えるが、頼りないとも思える。

 バーレル男爵は呆れを表情に出さないように気を使いながら言った。


「イトウ様、幾つ言ってもらっても構いません。私に出来る事ならば」


「え、い、いいんですか?」


「ええ」


「なら一つは、討伐したら礼金は弾んでください。……でも、こっちはご領主様の台所が苦しかったら、ちょっとだけでもいいんです。も、もう一つは絶対絶対、何があってもお願いしたいこと、なんですけど」


「何でしょう?」


 イトウ・ノゾミは照れ隠しの笑顔ではなく、表情を引き締めた。


「私が戦っている間、絶対にゆーたくんを守れる人を最低一人ゆーたくんに付けて下さい。絶対に、守り切れる人を」


 イトウ・ノゾミはしっかりとバーレル男爵の眼を見据えて言ったのだった。






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