中編 1  ショボい魔法







 二人を屋敷に召し出した翌日。

 バーレル男爵は、イトウ・ノゾミとカトウ・ユウタと共に馬車に乗り、早速ブーノ村近くの山の街道へ向かった。


 バーレル男爵は馬車に揺られながら昨日の二人との会話を思い出していた。



 イトウ・ノゾミとカトウ・ユウタは、魔物討伐の依頼を引き受けると言った後、自分たちが何故バーレル男爵領に来たのかを話しだした。

 当然バーレル男爵は二人のことを王家にらさない、との約束の上でだ。

 と言っても主に話したのはイトウ・ノゾミで、カトウ・ユウタは相変わらずうつむいて身を縮めているだけだったが。

 二人はやはり勇者候補だった。


「元、勇者候補ですけどね、お、追い出されましたから」



 二人の通う高校という、この世界の学園のような学び舎で、突然教室の床から光があふれたかと思ったら、クラスメイトらと共に神殿のような場所にいたという。

 そこにいた神官たちに彼らは囲まれ、この世界を救うために勇者になって欲しいと言われたそうだ。

 その後、各人の適正を見ると言われ、順番に光る石板に右手をかざすよう促された。


 光る石板には各人のステータスが映し出される。

 イトウ・ノゾミは武闘家。LV18(MaxLV85)で、スキル欄は実家の道場で教えている伊藤流拳法の技が並んでいる。


 「い、今はその時よりもLVは上がってる、と、思うんですけど」

 イトウ・ノゾミはそう言ってはにかみながら、バーレル男爵に続きを話す。


 元々クラスで友人と言える存在がイトウ・ノゾミ以外にいなかったカトウ・ユウタは、イトウ・ノゾミの後について石板に手をかざした。

 カトウ・ユウタは一般人LV1(MaxLV20)と表示される。まず、その時点で居並ぶ神官たちに失望された。露骨に舌打ちする者もいた。


「……いにしえの召喚記録によれば、召喚された勇者候補は、最低でも何らかのジョブになっているはずなのに……とんだ魔力の無駄遣いだ」

「全く……今更一人だけ元の世界にも戻せぬ」


 神官たちのひそひそ話す声とは対照的に、クラスメイト達は露骨にカトウ・ユウタをバカにした。


「うわ、ダッセー、一般人って」「一般人で良かったじゃない、元の世界じゃ落第寸前だったんだから」「待て待て、こういう場合、何かスキルがとんでもないって相場が決まってるんだって、どれどれ……『部分筋力強化』? なあ、そっちの人、このスキルって何か強力なのか?」


 石板の横に佇む神官にクラスメイトが尋ねると、その神官は「スキル名の通り、部分的に筋力を強化するスキルのようじゃ。補助魔法としては『全身筋力強化』が普通じゃからレアではあるな。じゃが、自分には使えんようじゃし、使いどころは果たしてあるかの?」と映し出されたステータスを横目で見ながら無表情を装いつつ答えた。


「それよりも、その小僧はスキル欄が殆ど無いのう。他の者は最低10個はスキル欄があり、これからレベルアップするごとにスキルを覚えていくはずじゃが、その小僧はスキル欄が3個しかない。レベル上限も低い、スキル獲得数も少ない、どうしようもないのう」その神官の言葉を聞いたクラスメイトたちは、露骨にカトウ・ユウタから距離を置いた。


 イトウ・ノゾミだけがカトウ・ユウタの側にいた。

「だ、だって、ゆーたくんは幼なじみだし、それにそんな能力とか、結局使い方次第だと、思いましたし」


 召喚されたイトウ・ノゾミ、カトウ・ユウタとクラスメイトたちは、勇者候補を鍛えるためということで様々なダンジョンに挑戦させられた。

 イトウ・ノゾミはカトウ・ユウタと常に行動を共にした。


 神官やクラスメイトにバカにされたカトウ・ユウタの唯一の補助魔法『部分筋力強化』だが、集団戦闘中に他のクラスメイトに使用しても、殆ど効果はなかった。

 直接戦闘を行う前衛職の戦士や重騎士に使っても、一部分だけの筋力強化は却って動作のバランスを崩してしまうからだった。「邪魔だからかけんな」「効果持続も短いし意味わからん」不評どころか疎まれた。


 だが、イトウ・ノゾミに対してだけは、カトウ・ユウタの『部分筋力強化』は絶大な影響を与えた。


 イトウ・ノゾミの使う伊藤流拳法は、イトウ・ノゾミの祖父が八極拳と心意六合拳をアレンジした拳法である。

 肘を使った打撃技や背中からの体当たりなど、一撃一撃が重い。

 そして最初から力を込めて打撃技を出すのではなく、当たる瞬間にグッと力を込める。この脱力と張力が攻撃威力を生むのだが、カトウ・ユウタの『部分筋力強化』により、打撃を繰り出す部位の筋力を当たる瞬間強化することでイトウ・ノゾミの攻撃力は爆発的に跳ね上がった。


 非常に能力相性が良かったのだ。


 他のクラスメイトが何合も斬りつけないと倒せない敵も、イトウ・ノゾミの肘からの右回し蹴り虎身連攻の連続技は一撃で敵をほふった。


 持続時間が僅かに数秒のショボい魔法『部分筋力強化』は、同時に複数個所を強化することは出来ないが、瞬間的に強化する部位を術者のカトウ・ユウタが意識することで連続的に切り替えることができた。

 虎身連攻の場合は踏み込む右足、肘を突き出す左上腕、足を回す腰部、最後に左大腿と一連の攻撃の間に4か所の筋力を瞬時に切り替え連続で強化していくのだ。

 

 これはカトウ・ユウタが伊藤道場に通い、自分は強くなれなくてもイトウ・ノゾミの戦い方を何度も見てよく知っていたことが大きかった。

 イトウ・ノゾミがどの技を出し、どういった技に変化しようとするのか。その技を出す瞬間に打突部位に『部分筋力強化』をかける。瞬間的にその判断をするのだ。 

 実は相当に難易度が高いことをカトウ・ユウタは行っていた。

 

 ただ、イトウ・ノゾミがどれだけの攻撃力を発揮しようと、それを引き出すカトウ・ユウタへの周囲の目が変わることは無かった。


 それは、カトウ・ユウタは結局自分自身を守る力が無いことが原因だった。


 ダンジョンで多数の敵と乱戦になると、どうしても前衛が全ての敵を叩くと言う訳にはいかず、後衛にも攻撃が来る。後衛は最低限自分を守る程度の攻撃力と防御力が無いと苦しい。

 カトウ・ユウタは何度も戦闘不能の深手を負い、都度つど回復魔法のリソースを割くことになるため、後衛を務める女子生徒からも嫌がられた。




 そしてある日、最後通告がなされた。


 勇者候補である召喚されたクラスメイト達の世話係の神官が冷たい声で言う。


「カトウ・ユウタ。お前は我らの王家にとって不要だ。命は取らん。どこへなりと去れ」


 カトウ・ユウタはそう言われても何も言い返しはしなかった。

 自分の無力さは自分が一番よく分かっていたのだ。


「……す、すみませんでした……」


 聞き取れないほどか細い声でカトウ・ユウタは謝った。


「ゆーたくんが謝ることなんてないよ! か、勝手に呼びつけて勝手に期待を押し付けて、いい迷惑なのは、こっちなんだよ!」


 イトウ・ノゾミはそう大声で抗議した。

 これまでの扱いで『勇者候補』なんて持ち上げた言葉を使ってはいても、戦いのコマとしてしか自分たちを見ていないというのは、隠す気が本当にあるのかというくらいにじみ出ていた。

 そして、イトウ・ノゾミは、カトウ・ユウタを役立たずと断ずるこの神官たちが、本当に何もわかっていない、と腹が立った。


「イトウ・ノゾミ。お前は見どころがある。そんなお前が何故そんな役立たずを庇うのだ」


「な、なんでって、ゆーたくんは幼なじみだし、ずっと一緒だった! み、見捨てるなんて出来ない! それに、ゆーたくんは本当は凄いのに、数値しか見てないあなた達にはわからないんだよ!」


「ほう、そうかな? 動きがわかった者しか強化できぬなど、意味が無い。全体強化であれば動きを知らずとも簡単に味方を強化できる。それに比べれば役立たずとしか言えぬ。

 その役立たずを庇うと言うのであれば、共に出て行くがよい、イトウ・ノゾミ。

 お前は確かに攻撃力の面では召喚勇者候補の中でも1,2を争う強さだ。だが、戦いとは戦闘力だけで決まるものではない。現に、模擬戦ではロクに勝てておらんだろう」


 確かに、クラスメイトとの模擬戦では相手に相当なダメージを負わせてしまうのではないかと気にしてしまって全力を出せなかったイトウ・ノゾミの勝率は良くなかった。

 だが、戦闘力だけを見ていないと言いつつ、模擬戦の勝敗数を持ち出すこの人たちは、結局数値でしか他者を見ていない。本当に危険なことなんかには気づきはしないのだ。だが、その点はかえって良かったとイトウ・ノゾミは思った。


「そのような甘い輩は、要らん。その証拠に、おまえの仲間たちも誰もお前たちを止めんだろう。皆わかっているのだ、強さとは己次第、他人を助けるなぞ思い上がりだとな」


 イトウ・ノゾミと仲の良かった数人の女子生徒は心配そうにこちらを見ていたが、他のクラスメイト達は無関心か、暇そうに早く終われという顔をしていた。


「いいよ…希美ちゃんは皆のところに残ってよ……僕一人で出て行くから……」


 イトウ・ノゾミにしか聞き取れない小さな声でカトウ・ユウタは言うと、神殿の出口に向かってトボトボと歩き出す。


「希美、クラゲなんか放っといて私たちと一緒にいよ? ね?」


 カトウ・ユウタの後を追おうとしたイトウ・ノゾミに、背後から友人の中田恵子の声が聞こえた。

 クラゲはカトウ・ユウタの仇名だ。目を完全に隠してしまう程長いマッシュルームカットを揶揄やゆして一部の女子の間ではそう呼ばれていた。


 中田恵子も、やっぱり変わった。

 イトウ・ノゾミはそう思った。

 中田恵子は、少なくとも伊藤希美の前で加藤佑太のことをクラゲと呼んだことはこれまで無かった。

 伊藤希美が加藤佑太のことを幼なじみのよしみで気にかけていることは知っていたから。

 それくらいの配慮はしてくれる子だったのに。


 最初から決めていた。

 けど、中田恵子の声が決定的だった。中田恵子もいつの間にか変わってしまったのだ。

 人に対する気遣いを、無くしてしまった。

 勇者候補と持ち上げられ、自分たちの力に徐々に酔い、染まってしまった。

 そんな人の優しさを失ってしまうようなところには居られない。

 いや、残った場合のことを考えると、ただ悲惨なことにしかならないのは明らかだった。


 イトウ・ノゾミは一度振り返り、神官の後ろにいるクラスメイトを見た。


「じゃあ、またね」


 そう言ってほほ笑むと、振り返らずに真っ直ぐカトウ・ユウタを追った。




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