前編 2  イトウ・ノゾミとカトウ・ユウタ





「リロイ様、言われた者どもをお連れしました。こちらに待たせております」


 家宰のトレバーに先導され、バーレル男爵は館の応接間に入る。


 幸いなことに男女はバーレル男爵の館のある町から然程さほど離れてはおらず、街道上を男がトボトボ歩き、女がそれを待ちながらも元気いっぱいで歩いているところを発見された。

 召し出せとは言ったものの、その者たちがバーレル男爵が想像している身分だとすれば、一応下賤げせんの者としてではなく客人として遇する必要があると考え、丁重にな、とも付け加えたため、こうして応接間で応対する。


 客人用ソファに座っていた男女が、先導するトレバーが扉を開けると同時に飛び上がるように立ち上がり、後に続くバーレル男爵に対し王国式の一礼をした。

 バーレル男爵はそれを手で制し、ソファに座るように言うと、家宰のトレバーにも退室するよう伝える。


 トレバーが退室したことを確認すると、バーレル男爵はまず礼を述べた。

「昨日は、私の二人の娘と遊んでいただいたようで、感謝します。私はリロイ=バーレル。この辺りの領主を務めるバーレル男爵家の当主です」


 バーレル男爵が礼を言い名乗ると、女の方がまた飛び上がるように立ち上がり、凄い勢いで頭を何度も下げながらしゃべり出した。


「えっ、あの子たち領主様の娘さんだったんですか! す、すいません、普通に、普通に遊んでしまって、しかもお昼ご飯恵んでもらっちゃって、その、あ、ありがとうございました! ……ほら、ゆーたくんもお礼言って!」


 女が男の腕を引っ張り立ち上がらせる。

 男は両目ともに髪の毛で隠れ表情が読めない顔で、おずおずと「あ、あ、あ、ありがとうございます」と頭を下げた。


 女の方はイトウ・ノゾミ、男の方はカトウ・ユウタと名乗った男女はバーレル男爵が再び座るよう勧めると再度来客用ソファに腰を下ろした。


 バーレル男爵は、他愛もない世間話を二人に振りながら、二人の様子を観察する。

 イトウ・ノゾミもカトウ・ユウタもよく見れば16,7歳の若年のようだ。


「あなた方が着ている服、この辺りではあまり見かけないようですが」


 バーレル男爵がそう尋ねると、イトウ・ノゾミが「こ、これはそのう…セーフクといって、私たちに支給されたものというか……」と歯切れ悪く、でも手振りを交えて忙しなく答える。

 カトウ・ユウタはバーレル男爵が話しかけてもうつむき加減で縮こまっているだけで答えようとしない。


「あ、すみません、御領主様、ゆーたくんはその、極端な人見知りで、初対面の人とはなかなか話せないんです……悪気はないんです」


 イトウ・ノゾミがそう申し訳なさそうに答える。


 バーレル男爵は、単刀直入に尋ねることにした。


「さて、お二人にわざわざこちらまで出向いていただいたのは、他でもありません。お二人にお尋ねしたいことがあったからです」


 バーレル男爵の言葉に、二人はビクッと身を固める。


「私の推測ですが、お二人は王家が召喚したと噂になっている、勇者候補の方々なのではありませんか?」


 イトウ・ノゾミとカトウ・ユウタは身を固め俯いたまま答えようとしない。

 おそらく、ここでそうだと答えたら王家に連れ戻されるのではないかと恐れているのだろう。


 バーレル男爵は、わらすがる思いで心情を吐露とろした。


「もし、もしお二人が勇者候補様であるのなら、どうか、どうかブーノ村の街道に出た魔物退治に力をお貸しいただきたい! 我が領で出せる最大限の討伐隊は返り討ちにあってしまい、とてもすぐに立て直すことは出来ないのです! こうしている間にもブーノ村は被害を受け続けている……無能な領主と嘲笑あざわらってくださってもいい、王都にいる筈の勇者候補様がこの辺境におられる理由も詮索したりは致しません、どうか、どうか……」


 頭を下げて頼むバーレル男爵を見て、イトウ・ノゾミが「ご、御領主様、そんな、あ、頭を上げて下さいっ」とあわあわする。


 なおも頭を下げ続けるバーレル男爵の様子を見ていたカトウ・ユウタは「希美のぞみちゃんは勇者候補かも知れませんけど……僕はそんな大それたものじゃないです」と蚊の鳴くような小声で言った。


「ゆーたくん、自分のことそんなに卑下しちゃダメだよ!」


「だって、本当のことじゃないか……」


「何言ってんの! あんな他人のこと見下す人たちの言う事なんて気にすることないよ! ゆーたくん、あたしの能力引き出してくれるじゃない!」


 バーレル男爵の下げた頭の上で、イトウ・ノゾミとカトウ・ユウタが言い争いだした。


 カトウ・ユウタはイトウ・ノゾミとは普通の小声くらいの声量で話す事ができるようだ。


希美のぞみちゃんは昔から強いから、僕の気持ちなんてわからないよ……」


「私、強くないよ! ちょっと実家が拳法道場ってだけじゃない!」


「家が隣だからって、僕も希美ちゃん家の道場に通わされたけど……僕なんて全然上達しなかったもん……」


「……でも、ゆーたくん、技の理解とかは早かったじゃない!」


「理解出来たって、自分で出来なかったら意味ないよ……」


「意味ある! だって私の動きに合わせてきちっと強化させてくれるじゃない! あんなの、多分ゆーたくんじゃなかったら無理だよ!」


「まあまあ、お二人とも、一度落ち着きましょう」


 下げた頭の上でずっと言い合う二人をさすがに見かねて、バーレル男爵は二人をなだめた。


「あ、す、すみません、御領主様」イトウ・ノゾミはあわあわする。

 カトウ・ユウタはますます身を縮こまらせた。


「申し訳ありません、客人にお茶すらお出ししないで」 


 バーレル男爵は手元のベルを鳴らし外に控えるメイドに人数分のお茶を持って来させる。


 お茶を飲み一息ついたところで、バーレル男爵は二人にもう一度頼んだ。


「先程のお二人のご様子、やはり勇者候補様だと推察いたします。伏してお頼み申します、どうか魔物討伐にお力をお貸しいただけませんか!」


 イトウ・ノゾミはカトウ・ユウタをちらっと見た後、バーレル男爵に「わかりました、元々そのつもりでしたから」と答えた。





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