ショボい魔法だと言われて追放されたけど幼なじみとどうにか生きてます

桁くとん

前編 1  バーレル男爵の憂慮





 山の麓のブーノ村は、峠越えの街道の宿場町としてそれなりに賑わっていた。


 だが1年前、山に強大な魔物が住み着いたことによって、街道を往来する商隊や旅人はぱったりと途絶え、麓のブーノ村の宿場町としての賑わいもすっかり寂れ、いくつかあった宿屋と料理店は全て廃業し、鄙びた寒村となっていた。


 もちろんブーノ村周辺を治める領主のリロイ=バーレル男爵も、ただ手をこまねいていた訳では無く魔物の討伐隊を派遣したが、500人の討伐隊の半数以上に死傷者を出して撤退せざるを得なかった。

 討伐隊を返り討ちにしたのは、巨大なグリフォンだった。

 1年前につがいで街道脇の山に棲み付いたのが確認されたが、討伐隊はグリフォンを恐れ狂暴になったその他の魔獣を排除して巣と思われる洞穴を探そうとし苦戦していたところ、巨大なグリフォンに空から攻撃されて壊滅したのだ。


 領主のリロイ=バーレル男爵は頭を抱えた。


 自領で動員できる軍の半数を投入した討伐隊が返り討ちとなり、軍の立て直しには相応の時間と資金がかかってしまう。

 元からブーノ村に駐留させていた警備兵部隊も討伐隊に加えていたが、その損害は大きく、グリフォンの影響で狂暴化した魔物の群れに夜な夜な襲われるブーノ村を守り切ることが難しく、ブーノ村の被害は拡大しているとの報も入ってきた。


「まったく、どうすればよいのだ……」


 寄親のホーデン伯爵に呼び出されたバーレル男爵は、近く隣国との戦争が始まりそうなので軍備を整えるようにとホーデン伯爵から指示を受けた。

 最もホーデン伯爵もバーレル男爵領のブーノ村付近の街道に魔物が出たことは報告され知っている。苦しい時にさらに出兵のための兵を出せということがどれほど酷なことなのかも。

 だが、この国の領土の大半を占め、突出した力を持つ王家からの命令には嫌でも従わざるを得ない。


 ホーデン伯爵の屋敷まで出向き、バーレル男爵が話を聞かされた際に、今回の出兵は王家が異世界から多くの勇者候補を召喚し、彼等の力を使って隣国を侵略しようとしているのではないかと専らの噂だ、とホーデン伯爵はバーレル男爵にそっと耳打ちしてきた。


「国内も治まっておらぬというのに、浮かれたことよ」


 寄親のホーデン伯爵も嘆息していた。

 王家の専横には苦い思いを抱いている。

 

「その、勇者候補殿のお力を、我が領境の魔物に当ててもらうようには参りませぬか」


 バーレル男爵は、多くの勇者候補がおられるのならば、お一人くらい我が領の苦難の排除に力をお借り出来ないかと藁にもすがる思いでホーデン伯爵に申し出てみたが……


「無理であろうな。王は王家の損得のみしか見ておらぬゆえ、我らのごとき小身の些事に、虎の子の勇者候補をお貸しになるとは思えぬ」


 ホーデン伯爵に苦い顔で言われると、バーレル男爵はそれ以上のことは言えずに伯爵の屋敷を退出する以外になかった。




 悩めるバーレル男爵は夕食もふさぎ込みがちだ。


 彼の妻のケイトがそっと労わりの言葉をかけても「ああ」とか「ありがとう」とか生返事を返すのみだ。


 そんな中、彼の娘のアンナとチュニーは元気いっぱいにお喋りをしながら夕食を頬張っている。


「これ、二人とも、貴族の娘ともあろうものがはしたない! 口に物を入れておしゃべりするのは止めなさい!」


「まあ良いではないかケイト、二人ともまだ幼いのだ」


「あなたがそうやって甘やかすから、二人ともこんなお転婆になってしまって。このままでは良い縁談に恵まれなくなりますわ」


 ケイトは二人を淑女に育てようと躍起なのだが、バーレル男爵は8歳と6歳の二人には、まだまだ自由にのびのび育って欲しいと思っていた。


「二人とも、今日は何か楽しい事でもあったのかな?」


 バーレル男爵はアンナとチュニーには悩み、疲れた顔は見せられぬと思い、二人に優しく訊ねた。


「お父様、今日ね、広場にいたお姉ちゃんとお兄ちゃんに遊んでもらったの!」

「そうそう、凄いんだよ、そのお姉ちゃんたち!」

「毛糸の大きな輪っかがね、色んな形になるの!」


 大道芸人だろうか? だが、こんな時期にこんな辺鄙なところにやってくるとは思えないが。ブーノ村の山の街道に魔物が出るというのは既に他の都市部の庶民には噂になっており、商隊も大きく他領を迂回するようになっているのに。


「何者なんだい、そのお姉ちゃんたちは?」


「えーっとね、町の中心広場でね、何て言うの、ああいうの」

「うーんと、モノゴイ! 芸を見せてお金を貰うの」

「お金はあげられないけど、食べ物を渡したら物凄く喜んでくれて、色々見せてくれたの! ほら、お父様、これ見て」


 6歳で年下のチュニーが服のポケットから何かを取り出してバーレル男爵に渡す。

 バーレル男爵が渡されたものを手に取って見ると、紙屑だ。


「お父様、それ、凄いでしょ? 鳥の形になってるんだよ」


 なるほど、よく見るとポケットに入れたため折れ曲がってしまっているが、伸ばしてみると羽を広げた鳥の形になっている。ご丁寧にクチバシまで折ってあるとは。


「お姉ちゃんたち、ブーノ村まで行こうと思ったけど、食べる物がなくて広場でモノゴイしてるって言ってたの」

「お腹が膨れたから出発するって言ってバイバイしたの」


 一連の話を聞いていた二人の母親のケイトは「まったく、侍女のエミーったら、そんな下賤な者たちに二人を近づけるなんて、𠮟っておかなければ」と機嫌が悪いが、バーレル男爵はその者たちに強く興味を持った。


「ケイト、アンナとチュニーも侍女のエミーのことも、あまり強く叱らないでやってくれないか。もしかしたらこれは神のお導きかも知れん」


 バーレル男爵はそう言って食事を中座し、家宰兼執事のトレバーに、その二人を探して召し出すように伝えた。



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