研修
ナタリアは、フィロの剣を見上げながら更に地を踏み加速する。
短剣を先頭にして、矢のように突きすすむナタリアを、フィロは冷静に観察していた。
「速い……だが、これなら!」
すでに間合いは詰まり、大剣の振りおろしでは間に合わないと判断したフィロは剣を手前に引き寄せて、ナタリアの刺突を剣の柄でぶつけるようにして受け止める。
堅い木材と金属がぶつかり合ったような甲高い音で火花が散り、重量差で負けたナタリアは衝撃で弾かれる。
バランスが崩された瞬間を、フィロは見逃さなかった。
大人の身長も軽々超える大剣の斬撃が振り下ろされ、ナタリアは斜め後方にステップを踏むように距離を取る。
空を切った大剣が固い地面にめり込むように突き刺さり、真っ白な空間に爆発音が響いた。
直後、空間内にビィーッという電子音が鳴り渡る。
『もしもーし、こちらで、無許可の武想戦闘が観測されたんですがー?』
事務的なアナウンスを聞いて、かぼちゃとヌルメラが青ざめながら顔を合わせる。
「まずい……ですわ! あの、これは誤解ですの! 事故ですの!」
「そうだよ。入ったばかりの新人がやったことだから。あと、ヌルメラがやれって言ったことだから!」
「ちょ、かぼちゃさん!? なんてことを……」
『とにかくこのことは、記録しておきますからね。それと新人の……フィロさんとナタリアさん、武想を納めてくださいねー!』
フィロとナタリアは、戸惑いながらそれぞれの師匠に顔を向け、かぼちゃとヌルメラが黙って頷いたのを見て武想を下ろす。
闘志を失った瞬間に、二人の武想は空間に溶けるように消滅した。
二人の武想解除が確認されたのか、耳をさくようだった電子音も静かになった。
「うん、しらけちゃったね……まあこういうこともあるよ」
「困りましたわ……こんなことで減給されたくないですわ!」
「大丈夫だよこれぐらい。それに、これで二人とも有名人だよ。やったね」
◇
言葉を失い見守っているフィロとナタリアに、かぼちゃは笑顔で親指を天に突き立てた。
「さて、じゃあ仕事の説明を……ヌルメラ、説明して」
「はぁ……かぼちゃさん。まあ、良いですわ」
ヌルメラは、適当な性格のかぼちゃに呆れながら、仕方ないですわと説明を続けた。
「私たちの仕事は……いろいろありますが、一番多いのは、依頼者の世界から、目的の記憶を探し出すこと、ですわ」
「そう、例えば……こんな感じにね」
かぼちゃが指を鳴らすと、景色がガラッと切り替わる。
そこは、四方を高い壁に覆われた、箱庭のような空間だった。
苔の生えた柔らかい地面が広がっており、片隅に盆栽のような、大きな木が生えている。
空間の中心に立つかぼちゃは、フィロに向かって手を向けた。
「さて問題です、フィロ。ここはどんな場所でしょう?」
「ここは……? どんなと言われても、平和な世界だとしか……」
「う〜ん……ある意味、正解? ここは、うちの社長の世界を切り抜いて作った場所でした」
かぼちゃの説明を聞いて、ヌルメラが驚いた表情を見せる。
「かぼちゃさん、いつの間にこんなものを……?」
「言葉で教えるより、効率良いと思って。危険因子は除去してあるから、安心して」
かぼちゃは一呼吸して、視線をフィロとナタリアの方に戻す。
「実際の世界は、こんなに狭くないんだけどね。私たちの仕事は、こういう場所で依頼者の記憶を探すこと」
「そうですわ。こういう場所の場合、あの大きな木がそれですね。あの場所まで依頼者を誘導することが……」
ヌルメラの説明の途中で、不思議そうな顔をしたナタリアが片手を上げた。
「あの、先輩方? 聞いた話だと危険な仕事とは思えないのですが?」
「そうだぜ、かぼちゃ先輩。ツアーガイドに、戦闘力が必要とは思えないんだが……?」
「フィロ、それは違う。確かにうちの社長ぐらい温い人の記憶なら安全だけど……」
「そうですわ。人は大なり小なり、負の感情を持ってますの。記憶に潜るということは、それらと真正面から向き合うと言うことですわ」
「例えば……映像だけど、こんな奴とか。見覚えあるでしょ?」
かぼちゃが再び指を鳴らすと、空間が歪み、半透明の獣が現れた。
それは、フィロが入社試験で遭遇し、ナタリアが討伐した熊の獣の姿だった。
「こいつは……」
「私が倒した、熊?」
「ちなみにこれを後から調べたら、うちの社員の人間関係の悩みが具現化した獣だったんだって」
「ええ。メンタルチェックした社員の世界でさえ、これぐらいは出現しますわ。ですから二人には、早急に闘う力が必要でしたの」
「そんなわけで、説明終わり。ここからは、仕事の説明をするからよく聞いてね。……ヌルが」
「ええ、そうですの……私がですの?」
「私が話すより効率的だから……フィロ、ヌルメラ先生の話を、ちゃんと聞くんだよ?」
「あ、ああ。よろしく頼む、ヌルメラ先生」
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