9
あれから一ヶ月。
この奇妙な同棲生活にも漸く慣れてきた。
最初は遠慮ばかりしていたマコも、今は肩の力が抜けて、時々は我儘も、言うようになった。
「マコ!帽子被って」
「うん!」
「今日はハンバーグにしようか」
「やったぁ!」
耳を隠すための帽子を被って夕飯の買い物に行く。
マコの食の好みは、真さんよりは、俺によく似ていた。
「マコ、ビール取ってきて」
「はーい!」
その返事は子供っぽいけど、年齢的にはもうすぐ二十八になるらしい。
皮肉にも、真さんと同い年だった。
「乾杯!」
「カンパーイ!」
二人の晩酌タイムは、真さんとの恒例の時間だった。
マコも、それに付き合ってくれている。
真さんは、とても酒に強かった。
俺が潰れてしまうような量を飲んでも、殆ど素面のままだったりして、同じ量を飲んで、俺だけが介抱してもらうなんて情けない事態が何度もあった。
マコは、そこも、真さんより俺に似ていて、俺たちの晩酌は、まるで老夫婦のようにまったりとしている。
「おやすみ、マコ」
「おやすみ、圭くん」
マコには、下の名前で呼んでもらっている。
真さんは、幾ら言っても恥ずかしがって、俺のことを、名字から取ったヤスという仲間内でのアダ名でしか呼んでくれなかったから。
一緒に暮らしてみれば、やはりマコは真さんとは違う人間なのだと思い知らされる部分が多くて、ふとした瞬間にマコの中に真さんを感じることはあるけど、段々その回数は減ってきている。
俺は、そんな日々の中で、気が付けばいつの間にか、笑えるようになっていた。
マコのしたこと、言ったことに笑っている時、俺は、真さんのことを、一瞬、忘れている。
何もかも忘れて、ただ目の前の穏やかな現実に笑っている。
もしかしたら、俺はこのまま、真さんを忘れてしまうかもしれない。
そう考えると、恐ろしくなる。
忘れたくなんかない。
忘れられるはずがない。
忘れるなんて、最低だ。
真さんは今も、この世界のどこかで苦しんでいるかもしれない。
天国なんてこの空の上にはなくて、知らない場所で、一人で怯えているのかもしれない。
真さん…
大丈夫、俺は真さんを忘れたりなんてしない。
一人になんてさせない。
自殺なんてしたら、真さんに合わせる顔が無いから、だから生きてる。
そうだ。
俺は、死ぬために生きていたんだ。
いつか真さんのところに行くために。
そのことを、忘れかけていた。
ごめんね、真さん。
もう少しだけ、待っててね。
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