8



散々泣いてふと我に返ると、泣いている場合じゃなかったことを思い出した。






「…大丈夫?」




心配そうに覗き込んでくるその顔も、真さんにしか見えない。







「真さん…じゃないの?」


「真さんって、だぁれ?」




その言葉で、俺の虚しい期待は打ち砕かれた。






「じゃあ、誰なの?っていうか…何なの?」




犬?人間?それとも、それ以外の何か?






「わかんない」


「わかんないって…」


「だって昨日まで犬だったんだもん」


「昨日まで…?」


「お花がいっぱいのところで会ったでしょ?」




お花がいっぱい…脳裏に浮かんだのは、あの事故現場の光景だった。


まさか、本当に…?






「やっぱり、あの時の犬なの?」


「うん!」


「どうやって、ここまで来たの?」


「わかんない。気が付いたらあのドアのところにいて、人間になってたの。だから、あのボタンを押したんだけど、そしたら犬に戻っちゃった」




あのインターホンを鳴らしたのは、この人だったのか…。


気が付いたら人間になってここにいたって…そんな話、信じるなんて無理がある。






「…ここに来ちゃ、ダメだった?」




覚えたての日本語みたいに、辿々しく聞いてくるその顔は、不安に満ちている。






「いや、ダメとかじゃなくて…」


「…犬に戻ったら、飼ってくれますか?」


「あの…」


「犬に戻れたら、また来てもいいですか?」




その不安に満ちた表情が、これまた真さんそっくりで、俺の中に、最低な考えが浮かんだ。






「いいよ。そのままで、ここにいて」


「え…?」


「名前は?」


「あ…えっと……無い…」


「だったら、マコってどう?名前。それから、俺は飼い主じゃないし、マコは、ペットじゃない。


今日から、友達ってことで。ね?」




純粋に、単純に、泣いて喜んでくれたマコとは裏腹に、俺の心は酷く冷めていた。






マコト、と呼ぶのは、あまりにも最低だと思ったから、マコにした。


マコは、真さんとは違う。


見た目はそっくりだけど、性格も、話し方も、全然違う。


きっと彼は真さんの生まれ変わりなんかじゃなく、別人なんだろう。




それでもこの時の俺は、マコの中に、マコの奥に、真さんの姿を見ようとしていた。


もう二度と会えないはずの人に、再び会える奇跡。


そんなドラマや映画でしか見ないような奇跡が、俺のもとにもやってきたんだと思った。






マコは、きっと気付いていた。


俺のそんな気持ちを、全て見透かしていた。






それでも、絶えることのなかったあの笑顔に、俺はどれほど救われただろう。






この日から始まった二人の日々は確かに、鮮やかに、それでいて優しく、色付いていた。




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